キツネのお面のハンター


「もし戦わないなら、このネコ譲ってもらってもいいっすか?」


 お祭りなんかでたまに売っている、キツネのお面。

 白地のお面に、赤色や金色の線でキツネの顔が描かれた民芸品だ。


 グレージュのパーカーに、黒のジーンズ。

 どこにでもいそうなカジュアルな服装に、キツネのお面だけが浮いて見えた。


 戸惑っているのは帆乃夏ほのかだけではない。

 アームモニターに表示されているコメント欄も同様に混乱していた。


〇誰だコイツ

〇しらね

〇助けにきてくれた?

〇早すぎる。仕込みじゃね

〇いや、どうだろ。状況を理解できてなさそうだぞ

〇ジャガーゴイルを仕込むのは無理だろ

〇つか、ネコて

〇ジャガーはネコ科だけども

〇席譲って、くらいのテンションで草


 どうやら映像を見ていた人たちも、このキツネのお面を被った人がどうやって現れたのかわからないでいるようだ。


 帆乃夏はジャガーゴイルとキツネのお面を交互に見比べて、


「あ、はい。どうぞ」


 ほとんど無意識にそう返事をしていた。

 お面の人はペコリと小さく会釈をして「あざっす」と言うと帆乃夏に背を向けて手に持ったナップサックをまさぐりだした。


 今なお、帆乃夏には状況が全くつかめていない。


「グオオオオオオオオォォォォォッ!!!」


 お愉しみの時間(?)を邪魔されたジャガーゴイルが、大きな雄たけびを上げた。

 ダンジョンの壁を反響して空気がビリビリと震える。


 先ほどまでとは違い、ジャガーゴイルから殺気が放たれているのがわかった。


 なぜ、そんなことが理解わかるのかって?

 だって足が震えて立てないんだもの。

 いやもう震え方が尋常じゃない。

 さっきも体は震えていたけど、全く比べ物にならない。

 マッサージガンくらい激しく震えている。

 たぶん、ちょっと漏れたし。


 このお面の人が何者かはわからない。

 だけど、こんなバケモノをどうこうできるとはとても思えなかった。

 きっと自分は、この見知らぬお面の人と一緒に命を落とすのだろうと帆乃夏は覚悟した。


 その時、


「うるさいな」


 そう小さくつぶやくと、男は右手をスッと前に出した。


 ガンッと硬いものが砕けたような音が響きわたった。

 目の前にいた死神の、頭部の真ん中に穴が空いていた。

 まるで体に小さなトンネルでも開通したかのような、それはそれはキレイな穴が空いていた。


 こっちから穴の向こう側が見える。

 トンネル掘削用のドリルでも使ったのかな? サイズは小さいけど。

 なんてバカなことを考えてしまうくらい見事に丸い、とてもキレイな穴だった。


 さっきまで帆乃夏のことをいやらしい表情で見てきた獣の顔。

 こんなに大きな穴が空いてしまっては、もはや表情を伺うこともできない。


 ――いい気味だ。


 血がふき出したりしないところを見ると、やはりジャガーゴイルの体は『彫刻』に近いのだろうか。だとすれば、帆乃夏の電撃が無効化されたことも納得がいく。


〇は?

〇は?

〇は?

〇何これ

〇なにが起きた?

〇わかった、フェイク動画だ

〇フェイクでこんなリアルな穴って作れるもんなの?

〇最新のVFX技術を駆使すれば余裕よ。知らんけど

〇どう見ても本物にしか見えん


 すっかり止まってしまっていたコメント欄が、息を吹き返したように流れ出した。それでも、そのコメントの多くはこの状況に疑問を投げかける内容ばかりだった。


 それもそうだろう。

 現場にいる帆乃夏でさえ、いまだに夢かもしれないと思っているほどだ。

 パソコンやらスマホやらの端末画面を通して映像を見ている視聴者が、にわかに信じられないのも当然である。


〇ジャガーゴイルがどうやって倒されたか見てたヤツいる?

〇いきなり穴が空いた

〇空間ごと削り取られたみたいな穴だな

〇そんなスタンドいたな

〇なにか投げたっぽいんだよな


 帆乃夏にもそう見えた。

 仮面の人が右手を前に出した瞬間、一瞬だけど光がジャガーゴイルに向かって飛んでいった……ような気がする。

 ナップサックから取り出した何かを、下手投げでスローイングしたのだと思う。


 突然のことだったし、帆乃夏は特別に動体視力が高いわけではないから、確信は持てないのだけれど。


〇あー、ね

〇なんか投げたらジャガーゴイルの体に穴が空いた、と

〇いやいやいやいや、そうはならんやろ

〇なっとるやろがーごいる

〇ちゅまらん


 そうこうしているうちに、ジャガーゴイルの巨大な体がズンと音を立てて横に倒れ、地面へと溶けていった。

 キツネのお面の人は、地面に残された濃い灰色の魔石と、なにやら腕輪のようなものを拾っていた。


〇待って待って

〇いま、アイツなんか拾ったよね

〇パッと見た感じ腕輪っぽいけど、なんだアレ

〇ドロップ? もしかしてドロップアイテム?

〇ジャガーゴイルのドロップアイテムってなによ

〇たしか大爪とかじゃなかったか

〇じゃあ、アレはなによ


 なにって。

 通常ドロップじゃないんだったら、答えは一つしかないじゃないか。

 あの腕輪(らしきもの)はレアドロップだ。


 アイテムをドロップすることすら珍しいダンジョンで、稀にしか起こらないといわれるイレギュラーが発生して、それを倒したらレアアイテムがドロップするって。


 どれほどの確率だろうか。

 計算するのは面倒くさいから、誰か答えが出たら教えて欲しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る