レアドロップ


「おしおきの時間よ、覚悟なさい。痺れさせてあ・げ・る」


〇ビリビリ~~!!

〇ビリビリ〜〜!!

〇ビリヤニ〜〜!!


 コメント欄に全く同じワードが並んだ。

 まるでアイドルのライブのような、お決まりのレスポンス。

 途中、ちょっとふざけたコメントを入れて滑っているヤツも含めて、いつもの予定調和であった。


 コメント欄に『ビリヤニ〜〜!!』と表示されたのとほとんど同じタイミングで、しなったムチが五匹いるスモウルフのうちの一匹へと伸び、ピシャッと音を立てて跳ねた。


「ギャンッ!!」


 スモウルフは悲鳴をあげると、身体をビクビクッと震わせてそのまま地面へと倒れこむ。


「まだよっ。もっといい声で鳴きなさいっ!」


 返す刀、もといムチが別のスモウルフへと襲いかかる。

 ピシッ! バシッ! とムチが跳ねるたびに、スモウルフの身体も跳ねるように痙攣する。五匹のスモウルフが地面に横たわるまで、ものの一分と掛からなかった。


 ダンジョンに漂う魔素を長い時間浴びた人間は、固有スキルと呼ばれる超常能力を発現することがある。


 スモウルフを倒した『電撃』は帆乃夏ほのかの固有スキル。

 自然現象ナチュラルタイプと呼ばれる、ハンター向きのレアスキルだ。


 まるで人智を超えた力に覚醒したかのようだが、魔素によって生じる能力はダンジョンの外では急激に力を失ってしまう。

 帆乃夏の電撃も、ダンジョンの外ではビリビリグッズくらいの強さしか出ない。


〇女王様ーーー!

〇ほのりん、痺れるーー!

〇うらやま

〇わかる

〇俺もモンスターになりたい


 コメント欄はさっきの女王様プレイで盛り上がっていた。


 本当にいいネタを見つけた、と帆乃夏はほくそ笑む。

 配信を始めた頃はチャンネル名のとおり、ほのぼのまったりと雑談しつつダンジョンでモンスターを狩っているだけだった。


 そんなある日、ダンジョンを配信しながら探索していたらムチを拾った。

 ちょっとふざけて女王様のマネをしてみたらなぜか好評で、それからというものスパチャでリクエストが飛んでくるようになったのだ。


 今ではすっかり定番のショーだ。

 以来、チャンネル登録者は増えるし、スパチャは貰えるし、良いことづくめだ。



 帆乃夏はバックパックからサバイバルナイフを取り出して、スモウルフを一匹ずつ仕留めていった。動けなくなったモンスターにトドメを刺すくらい、女子大生の帆乃夏でも簡単にできる。


 力尽きたスモウルフの身体は地面へと溶けるように消え、後には魔石と呼ばれる薄灰色の小さな石だけが残された。スモウルフだと魔石一個がだいたい200円くらいだから、この数分でざっと1,000円を稼いだことになる。

 あ、スパチャも入れたらもっとだ。時給換算して心の中でニッコリ笑顔。

 もちろん表では、アイテムがドロップしなくて残念という表情を忘れない。


「さすがに、そう簡単には出てくれないかぁ」


〇あ、もどっちゃった

〇またモンスター出たらリクエストしよ

〇ドロップはオマケ、狙うものじゃないから

〇次、いってみよー


 魔石はモンスターを倒せば必ず手に入る。

 だから今回の企画にある『アイテムドロップ』の対象にはならない。


 といっても、アイテムがドロップしたら企画が終わってしまうから、早々にドロップされても困るのだけど。


 それからも帆乃夏はスモウルフを中心に、次から次へと狩りを続けた。

 ときどき女王様のマネを挟みながら。


 スモウルフのノーマルドロップは『迷宮狼の毛皮』だ。

 大きさは手のひらサイズ。

 素材として専門店で買い取ってもらうことになるが、金額は1,000円くらいにしかならない。

 弱いモンスターの素材系アイテムは利用価値が低いからだ。

 魔石を集めた方がよほどお金になる。


 195、196、197、198。

 まもなく二百匹に到達しようかというタイミングで、スモウルフが消えた場所に魔石以外のものが現れた。


 キラリと光る白くて小さな物体。


「ああああ!! 出ました! 出ましたよ!!」


〇迷宮狼の牙!?

〇レア泥じゃん!

〇牙ってドロップ率どれくらい??

〇たしかドロップ全体の4%とか

〇つまり0.02%

〇ヤバッ、ライブ配信でレア泥はじめて見た


 ほとんどお目にかからないレアドロップの瞬間。

 コメント欄も今日一番の盛り上がりを見せている。


 慌てて駆け寄り、地面に転がっている牙を拾い上げた。

 十センチメートルほどの長さ。鋭く尖った先端はまるで錐のようだ。


 はじめて手にしたレアドロップアイテムに、帆乃夏は思わず見とれてしまっていた。



 そのせいで、すぐ背後まで迫っていた死神の存在に気づくのが遅れてしまった。

 突如轟いた、ダンジョンを揺らすほどの大きな咆哮。無意識に足がすくんだ。


 恐る恐る振り向くと、そこにはトラやヒョウに似た四つ足の石像が立っていた。

 動物園にいるトラくらいのサイズで、存在感が大きい。

 だからこそ、自信を持って断言できる――間違いなくさっきまでは、こんな石像は存在しなかった。


〇これジャガーゴイルじゃね?

〇下層で出てくるモンスターじゃん

〇なんで上層にいるんだよ

〇イレギュラーだ!

〇ヤバい、ヤバい、ヤバい

〇逃げて、逃げてー!!

〇ほのりん、早く逃げて!!

〇誰か近くに探索者はいないの?

〇助けてあげて、強い人!!

〇ハンター連盟に連絡した!!

〇ごめんなさい、見ていられません。抜けます


 ダンジョンとは上層、中層、下層、深層と深くなるにつれてモンスターが強力になっていく。そしてイレギュラーとは本来生息していないはずの場所に現れるモンスターのこと。


 極まれに発生し、多くの場合死者も出る。

 以前、深層のモンスターが中層に出たときの死傷者は、数十人にも及んだとニュースでやっていた。


 早く逃げろ、と騒いでいるコメントを、目の端で捕らえてはいるものの、逃げる余裕なんてどこにもなかった。


 見ていられないと抜けていった人は、きっと帆乃夏がこの後すぐに殺されるとでも思ったのだろう。


 ――ちょうど私もそう思っていたところだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る