配信者デビューしない?

他人のおごりで食う飯は美味ぇ


 豊島区にある私立R大学。

 敷地内にぎっしりと建物が詰まったキャンパスには、赤や黄色に色づいた木々がたくさん並んでいた。


 まだ講義をやっている時間だからか、外を歩いている学生はまばらだ。


 俺は左手に二本の缶コーヒーを持っている。

 一本はついさっき自動販売機で買ったもの、もう一本はアタリが出て取り出し口に転がってきたものだ。


 ポケットに入れていたスマホが震え、メッセージの到着を知らせてきた。


「……軽食堂か」


 このキャンパスには食堂、カフェ、レストランがいくつもある。

 友人から「昼飯を食おう」と呼び出されたのは、その中の一つ『軽食堂』だ。



「おう、翔真しょうま。コッチだ、コッチ」


 軽食堂に入って辺りを見回していると、ピンク色の髪をメンズ用のカチューシャでオールバックにした男が、俺に向かって手招きしていた。


 カラフルな半袖シャツに、丸いサングラス。

 このチャラチャラした男の名は矢上やがみ慎一郎しんいちろうという。


 慎一郎シンとは高校からの付き合いで、かれこれ四年も友人をやっている。


「これやるよ」と片方の缶コーヒーを渡したら、

「いや、俺ブラック飲めねぇし」と突き返された。

「砂糖入れて飲めよ」ともう一度押し付けてやった。


 自動販売機のアタリは正直ジャマだ。

 要る、要らないの前にタイミングが悪い。

 一本だけ欲しいのに二本目が出てくるとか、荷物が増えるだけのありがた迷惑だ。


 いつでもジュースが買えるコイン、とかにしてくれないだろうか。


 渋々といった態度で缶コーヒーを受け取ったシンは、それをそのままテーブルに置いた。


「取りあえず貰っておくけど……お前、ほんとにクジ運いいな。自動販売機のアタリなんてそうそう出ないやつだぞ」

「その場でもう一本っていわれても、そんなに飲めないから嬉しくねぇよ。んなことより、早く食券を買いに行こうぜ」


 缶コーヒーに場所取りをさせつつ、俺たちは食券を買いに席を立った。


 食券販売機に並んでいるメニューはどれも安い。

 ネギ塩豚丼400円。日替わりランチプレート400円。日替わりパスタ500円。


 俺のような奨学金で大学に通う苦学生にとってはありがたい値段設定だ。

 いや、欲を言えばもっと安くなれと思っている。


 だが今日に限っていえば、俺の懐はいつもよりずいぶんと温かい。

 財布から硬貨を取り出そうとするシンの手を、俺は右手で制して言ってやった。


「今日は俺のオゴリだ」

「マジか!? どうしたどうした、宝くじでも当たったか?」

「ま、そんなところだ」


 そう。あれは宝くじに当たったようなものだ。

 上層であんな大物を見つけられるとは思いもしなかった。


「だったら、こっちじゃなくてレストランの方にしときゃ良かったな」

「アッチだったら、オゴリなんて言わずに黙ってたさ」


 あの大きなネコの石像みたいなモンスター……、ジャガーゴイルといったっけ。

 普通は下層に出てくるモンスターなのだと、ダンジョンで出会った女子大生が教えてくれた。


「昨日の稼ぎ、いくらだと思う?」

「なんだ、またダンジョン行ったのか。死んでも知らねぇぞ」

「二、三時間で数万円も稼げるバイト、他にねぇんだから仕方ないだろ。しかも魔石を国に売ったら税制優遇まであるんだ。やらない手はねぇよ」


 世界にダンジョンが発生してから数十年。

 石油・石炭・天然ガスといった枯渇性エネルギーが限界を迎える中、モンスターから獲れる『魔石』に秘められたエネルギーは、すぐに新たな資源として迎え入れられた。


 それはこの日本も例外ではなく、日本政府は早々にダンジョンを調査し、魔石の収集に乗り出した。

 すぐにプロハンター制度が導入され、さらに一般人にダンジョンが解放されるまで長い時間は掛からなかった。


 おかげで翔真はアマチュアのハンターとして、大学生がアルバイトをするより何倍も効率よくお金を稼がせて貰っている。

 

「ふぅん。で、いくら稼いだのよ。5万? 10万?」

「ふっふっふ。なんとざっと30万」


 ジャガーゴイルの魔石がなんと25万円で売れたのだ。

 いつものように上層のモンスターを狩って手に入れた魔石と合わせたら大体30万円くらいの稼ぎになった。


 魔石はエネルギーの蓄積量によって色の濃薄のうはくが違う。

 上層のモンスターから獲れる魔石は薄い灰色をしているものがほとんど。

 だが、ジャガーゴイルの魔石は黒に近いほど濃い灰色をしていた。


 さすがは下層のモンスター。

 いつかは中層、下層と潜ってみたいものだが、深く潜ればそれだけ時間が掛かってしまうから今の俺には難しい。


 誰でも入れるフリーダンジョンは、ほとんどが都市部から離れたところにある。

 昨日行った雲取山くもとりやまダンジョンも、池袋駅から電車で二時間半、更にバスで三十分行ったところにあるから往復だけで約六時間もかかった。


 夜に妹の咲夜さくやを一人にしておくことはできないから、休みの日の朝から家を出てダンジョンで二、三時間ほど狩りをしていたらあっという間に時間切れだ。

 

「……カレーライスも食っていいか?」


 スペシャルパスタの食券ボタンを押したシンが、俺の顔を見ながら追加のお伺いを立ててきた。


「おかわりもいいぞ!」

「よっしゃあ! 今日は食うぞお!!」


 二枚の食券を手に入れたシンは、意気揚々とカウンターへ歩いていく。

 俺はシンの後ろ姿を眺めながら、同じく食券を二枚買った。


 家庭の事情で、ダンジョンでの稼ぎは貯金することに決めているのだが、このくらいの贅沢は許されるだろう。




「んー、食った食った。他人ひとのおごりで食う飯は美味うめぇなぁ」


 結局、更にうどんまで追加で食ったシンが、腹をさすりさすり。三人前も食べているのだから当たり前だ。


「へえ。そりゃあいいな。俺もおごって貰えるのを楽しみにしてるよ」

「任せとけ。今週末のレースは自信があんだよ」

「馬かボートか知らんけど、期待せずに待ってるよ」


 シンの趣味は競馬、競艇、競輪、えとせとら。

 とにかくギャンブルが好きで、週末になるといつも負けた、負けたと愚痴っている。どうやら下手の横好きらしい。


「そういや、お前がよく行ってるダンジョンって奥多摩の方にあるやつだっけ?」

「ん? ああ、そうそう」

「じゃあ、コイツ知ってるか?」


 そう言ってシンが見せてきたスマホの画面には、こんなタイトルが書かれていた。


『【話題沸騰!】ダンジョンライバーの女子大生ほのりんを助け出したヒーロー「お稲荷さま」ってどんな人?【知らないとヤバい!?】』


 ナニコレ。

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