第2話:出立、そして戦闘
これは、とある行商人から聞いた話である。
北方にある国、アルテントの最北の町カルナート、その町から更に北に行った森にある村の更に奥
そこに彼女は暮らしているらしい。
氷雪の魔女、不老長寿の美しい魔女。
白銀の雪の如き透き通った美しい肌、全てを凍りつかせ時を止めてしまいそうな程蒼く美しい髪。
高位の魔女のみが纏うことを許される青みがかった白銀の衣に、深淵の如き黒の尖り帽子を被っている。
氷雪の魔女は、助けを求める者に救いを与え・・・共に苦を背負ってくれる。
不治の病をも直す万能の薬を作り、自らの下に救いを求める者を必ず救う。
白銀世界に住まう女神・・・白銀の女神である。
「・・・さ・・魔女・・さま・・・・・魔女様」
カルム君の声が聞こえて、はっと目が覚めました。
どうやら、作業を終わらせた私はそのまま、暖炉の傍のお気に入りのソファーで眠ってしまって
いたようです。
目を覚ました私と目が合ったカルム君は、あまりスッキリとしていなさそうに
「おはよう」
と言ってくれました。
私も、おはようございますと言って、体を起こします。
それにしても・・・昨日、とても暑い場所で作業をして大量の汗を掻いたというのに・・・。
まあ、魔法で軽く体を洗ってから、カルム君のお母様の容体を見に行くとしましょう。
私は、カルム君に何時でも出発できるようにしておいて下さい、と言うと・・・自室に向かいました。
自室の更に奥にある場所、魔法の実験及び練習場で、私は水と火の魔法を使って体を洗います。
何時もなら、家の外にあるお風呂で・・・自分で調合した石鹼で体を洗うのですが、今日は状況が
状況なので・・・我慢します。
体を洗い終わると、風の魔法を使って全身を乾かします。
魔法の実験場を出て、自室で新しい服に着替えてから外に出ると・・・いい匂いが鼻孔を擽りました。
食堂の方へ向かうと、カルム君が何やら料理を作ってくれていることが分かりました。
昨日も、お母様から家事を任されていると言っていましたし・・・お料理も上手なんでしょうか。
私は料理しているカルム君にゆっくりと近づき、何を作っているのか聞きました。
「カルム君、何を作っているのですか」
私は、顔を鍋に近づけて匂いをしっかりと嗅ぎ、思案を巡らせます。
幾つかの香辛料と・・・ハーブの匂い、それに懐かしさを感じる。
「雪兎の煮込み、ですね」
私がそう言うと、カルム君はゆっくりと頷きました。
それと同時に、勝手に料理をしてしまったことを謝罪してきたのですが・・・カルム君はお料理上手
だそうですし、時間もあまりないので、料理を作ってくれたことに対して感謝していると伝えました。
それにしても、雪兎の煮込みなんて何時振りでしょうか・・・。
お師匠様が最後に作ってくれた時以来ですかね。
はぁ、雪兎自体はこの辺りよく取れるのですが私には処理する技術がありませんからね・・・。
カルム君が使っているこの雪兎の肉も、お薬屋さんのレベロさんにお薬を卸しに行った帰りに
たまたま、お肉屋さんのジェイロさんに出会って、前のお薬のお礼だと言ってくれたものですし・・。
カルム君に美味しく料理してもらえるなら本望ですね。
私も何か・・・ああ、お皿の用意くらいならできますし、ここは多少でも出来る大人の雰囲気を
出さないとですね。
「カルム君、お皿の用意しておきますね」
私がそう言うと、カルム君ははいと返事をして、お料理へ意識を集中させました。
私は、後ろの棚からお客様用のお皿を二枚取り出して、食堂の机に並べます。
続いて、引き出しからスプーンを取り出して、お皿の横に並べました。
その頃には、しっかりと煮込まれた美味しそうな雪兎の煮込みが出来ていました。
ああ、今日は昨日と同じく冷え込みますし、アレを調味料の一つとして使っておきましょう。
「カルム君、最後にこの調味料を入れてくれますか」
私はそう言うと、調味料の置いてある棚から 赤い液体の入った小瓶 を取り出して、カルム君に
渡しました。
カルム君が、不思議そうな顔をするので、小瓶の中身について説明します。
小瓶の中身は、烈火草を薄めて錬金術で作った特殊な液体と組み合わせて完成させた、薬の一種です。
特殊な液体は、魔法で作られた水で・・・薬の効能を高め、効果を増幅させる上、効果時間も
伸ばしてくれる、非常に素晴らしい一品です。
ああ、その薬の効果は『体温の上昇』です。
外は昨日と同じくらい寒いですし、安全策はしておくに越したことはないでしょう。
私の話を聞いて納得してくれたカルム君は、何の迷いもなく薬を雪兎の煮込みに入れました。
それはさて置き、カルム君の作ってくれた雪兎の煮込みは本当に美味しかったです。
過酷な環境で育った雪兎の大半は、筋肉質でとても硬いのですが・・・よく煮込まれているお陰か
柔らかく、味もしっかりと染みていて美味しいです。
お師匠様が作ってくれた時もそうでしたが何をどうやったら、雪兎のお肉をここまで柔らかく
出来るのでしょうか・・・。
私も、一人暮らしをしている以上、ある程度の料理は出来るのですが・・・雪兎のお肉を柔らかく
することが、どうやっても出来ません。
後でカルム君に聞くとしましょう。
私達は、食事をし終わると軽く食器を洗い、その後直ぐに家を出ました。
「忘れ物はありませんね、カルム君」
私がそう問うと、カルム君は頷きました。
まあ、かなりしっかりとしている子ですし、問題はないでしょう。
私の家と村までは、徒歩数時間分の距離があります。
でも、この森は過酷な環境であるため、時間通りに村に辿り着くわけではありません。
天候が安定している日でも、子供一人で来るには少々危険な道のりです。
それを昨日の様な天候で・・・。
でも、レベロさんの言い分も正しいのです。
とても危険な状態の人を置いて、私の下まで来るのは危険ですし・・・。
カルム君は、時々お外で仕事をすることもあると言っていましたし、それは村の皆が知っている
ことです。
カルム君のお父様は、何年か前に亡くなりました。
それ以来、カルム君のご家族はお母様と、カルム君とシエルちゃんだけで
切り盛りしてきました。
本当にいい子です。
そんな良い子のカルム君を、悲しませるようなことをしてはいけませんね。
絶対にカルム君のお母様を救って差し上げます。
私は、心の中でもう一度強く決心しました。
・・・そんなことを考えていると、思わぬ存在に出くわしました。
この森は、氷風山脈の南側に位置しています。
伝承によると、氷風山脈の北側には多数の『氷霧龍(アイスフォッグドラゴン)』が生息しており、その氷霧龍(アイスフォッグドラゴン)を支配する
『古代(エンシェント)氷霧巨龍王(アイスフォッグジャイアントドラゴンロード)』が存在するらしいのです。
強大な龍(ドラゴン)の魔力の満ちるこの地は、魔物にとっては生きづらい土地であるため
殆どの魔物が寄り付つかないのですが・・・。
自らの魔力、力に自身のある魔物は好んでこの地を訪れます。
特に、気候も関係して氷系統の魔物が多いです。
そして、今私たちの目の前にいるのは『地獄(ヘル)』です。
不死者(アンデット)の中で最も危険な存在です。
女性の様な容姿に3~4mはある巨体、死者の腐肉の下半身に、生者の様な上半身。
正に、生と死の混沌・・・死の番人です。
私は咄嗟に、カルム君と木の陰に隠れました。
相手は不死者(アンデット)の中でも最も危険な存在・・・死の番人と恐れられる存在。
私一人なら、逃げ切ることも出来たかもしれませんが、カルム君と二人でとなると・・・難しいですね。
あの者を放って置くと、村に被害が出るかもしれませんし、ここは・・・。
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