北国の氷雪の魔女

ヒーズ

第1章:凍結花 第1話:カルム君

これは、とある行商人から聞いた話である。

北方にある国、アルテントの最北の町カルナート、その町から更に北に行った森にある村の更に奥

そこに彼女は暮らしているらしい。

氷雪の魔女、不老長寿の美しい魔女。

白銀の雪の如き透き通った美しい肌、全てを凍りつかせ時を止めてしまいそうな程蒼く美しい髪。

高位の魔女のみが纏うことを許される青みがかった白銀の衣に、深淵の如き黒の尖り帽子を被っている。

氷雪の魔女は、助けを求める者に救いを与え・・・共に苦を背負ってくれる。

不治の病をも直す万能の薬を作り、自らの下に救いを求める者を必ず救う。

白銀世界に住まう女神・・・白銀の女神である。



「魔女様、お母さんが・・・お母さんが」


私は、いつも通り暖炉の傍で書物を読んでいました。

不老長寿のこの身、書物を読み知識を身に着けることには向いているのですが・・・。

それはさて置き、今私に助けを求めているのは、ネース村のカルム君ですね。

時々、お薬屋さんのレベロに付いてきて、妹シエルちゃんと私の所に童話を読みに来る

とても妹想いの良い子です。

そんな彼が、不思議なことに今日は一人で私の家に来ました。

しかも、なにやら只ならぬ様子です。

私は、動揺しているカルム君を落ち着かせて、家の中に入るように促しました。

一旦、カルム君を食堂の椅子に座らせて、私は鍋で温めたミルクをカルム君に渡しました。

アルテント北方に位置するこの森は、一年中雪が降っています。

毎日寒いのですが、今日は特に冷え込んでいます。

子供一人で来るのはとても危険な日なのですが・・・。

カルム君なら、そのことは理解しているはずです。

なのに、危険を冒してでも私の家に来たということは、それなりの事情があるのかもしれません。

そう言えば先程、『お母さんが』と言っていましたが・・・まさか、カルム君のお母様に何かあったの

でしょうか。

私は、温かいミルクを飲んで落ち着いたカルム君に、事情を聞くことにしました。


「カルム君、こんな日に私の下を訪ねて来たのは何故ですか」


カルム君は、美味しそうにミルクを飲んでいましたが、私の一言で我に返って、ゆっくりと事情を

説明してくれました。


先日、カルム君のお母様がいつも通り仕事に出かけました。

カルム君は、お母様の言いつけを守って、シエルちゃんの面倒を見ていたそうです。

その他にも、お掃除やお洗濯といった家事も行っていたそうです。

私がカルム君に、カルム君は本当にいい子ですね、と言うと恥ずかしそうにしながら

首を横に振りました。

そして、カルム君はお話を続けます。

シエルちゃんの面倒を見ながら家事を行うのは大変らしく、時間はあっという間に過ぎて行きました。

カルム君が気が付いた時には、お外はもうとっくに暗かったそうです。

いつもならお母様が帰って来ている時間だというのにその日は、中々お母様が帰って来なかった。

心配になったカルム君は、シエルちゃんに家で大人しく待っているように言って、お母様を探しに

出かけました。

氷菜や雪菜などの、この地域特有の野菜を売っている八百屋さん、狼や熊、狐などを狩って売っている

お肉屋さん、村唯一のお薬屋さん、お母様の御友人の家。

お母様が村中で行きそうな場所には全て行ったのに、見当たらない。

カルム君は最悪の事態を予想して、急いで村の出入り口に向かったそうです。

すると・・・お母様が倒れていた。

カルム君が駆け寄って、お母様のことを呼んでも反応がない。

お母様の体を触ってみると、体温がかなり低く、長い間外で倒れていたことが一瞬で分かったそうです。

カルム君は近所の人に助けてもらって、お母様を家まで運びました。

そして、お薬屋さんのレベロさんにお母さんを見てもらったそうです。

レベロさんは、最初は氷結草の症状に似ていると言っていたそうですが・・・カルム君は今朝、お母様が

氷結草に触れてしまった時に飲む、烈火草で作った『上温薬』を持って出かけたことを話しました。

レベロさんはそれを聞いた途端、顔を真っ青にして、急いでカルム君のお母様の容体を再確認し・・・

顔を酷く歪めてカルム君にこう言いいました。

「私には如何にも出来ない。明日、氷雪の魔女様の家まで行って、助けを求めなさい。

 私も付いて行ければ良いのだが・・・君の母上に出来る限り付き添っておかねばならない。

 すまないな・・・力になれなくて」

と・・・。

カルム君が話終わる頃には・・・私も険しい表情になっていました。

氷結草は上温薬を飲めば、必ず治ります。

今まで治らなかったと言う報告は一度もありません。

なんせ、氷結草は他の生き物の体温を奪うだけなんですから、烈火草・・・触れた生物の体温を上げる

草の効能を摘出した薬を飲めば、解決するわけです。

しかし、体温を上げる薬を飲んでも治らないと言うことは・・・全く別の病気か、最も最悪なのは

凍結花の場合です。

凍結草から稀に花になる種類が生まれます。

それが、凍結花・・・別名:永久心凍結花。

その名の通り、自らに触れた生物を永久的に心(しん)から凍結させる恐ろしい花。

私も360年前、見習い魔女だった頃に、お師匠様が取って来た物を見たのが最後だったのですが・・・。

当時、お師匠様の助手もやっていた私は、その特性と危険性は何度も聞かされました。

でもまだ、凍結花と決まったわけではありません。

私が直接お母様の容体を確認しない限りは、断定できません。

しかし・・・外の様子を見てみると、強めの吹雪になっていました。

更には、日が沈みかけている上に吹雪のせいで視界も悪い、気温もかなり低い状況。

今日は村まで下りるのは不可能ですね。

それに、私にも準備が必要です。

カルム君には申し訳ありませんが、今日一晩は私の家に泊まっていただきましょう。


「カルム君・・・」


私は、カルム君に外の状況を説明し、今日一晩は私の家に泊まってもらえないか説得しました。


「いやでも・・・お母さんが」


勿論、村で唯一のお薬屋さんのレベロさんが如何にも出来ない病気・・・カルム君が焦るのも十分

分かります。

しかし、私はカルム君の頭を優しく撫でながらもう一度、丁寧に説得しました。

今日は、日も沈み外は吹雪、気温が低い上に視界も悪い。

このまま無理やり村まで下りようとすれば、私たち二人ともが遭難する危険性があること。

私が遭難すれば、お母様を助けることだって難しくなるし、カルム君が遭難してもしものことが

あれば、お母様が悲しむことなど。

私が説得をすればするほどカルム君の表情は不安で満ちて行きました。

焦る気持ち、不安に焦燥感・・・子供にとって、これらの感情が複雑に絡み合う心境は

相当な負担になっているのでしょう。

それ故に、頭の中がお母様のことで一杯になり、不安と恐怖で支配されてしまった。

その内、カルム君は泣き出してしまいました。

これ以上、私が何を言っても逆効果でしょう。

私はカルム君が泣き疲れて寝てしまうまで付き添いました。

意外と、カルム君が寝るのが早かったです。

昨日から休む暇なく色々なことがありましたからね。

それに、村から私の家まではかなりの距離があります。

子供が歩いてくるには、環境が悪いし、距離もある・・・本当に、お母様のことが心配なのですね。

でも今日くらいは、ゆっくりと休んでくださいね。


「おやすみなさい」


私は客室のベッドに寝かせたカルム君にそう言うと、毛布を掛けてゆっくりと部屋を出て行きました。

私も明日の為に色々と準備しなければならないことがあります。

さて、まず最初に地下室に向かいます。

私の家の地下室には保温の魔法を掛けていますので、本来この様な寒冷地で育たないはずの

烈火草などを育てることが出来ます。

私は特殊な魔法の掛けられた手袋をして作業を始めます。

この地下の菜園場には、危険な薬草や毒草が多く植えられており、少しでもミスをしてしまうと・・・。

まあ、この特殊な手袋のお陰である程度の安全は保障されているのですがそれでも危険な物は危険。

気を引き締めて作業を開始しなければなりません。

烈火草を使用した上温薬でも駄目なら、灼熱の大地に生息している強力な薬草で薬を作るしかない。

烈火草の上温薬も、幾つか作っていきましょう。

幾つかの種類の薬を試して、全て駄目なら・・・いいえ、暗いことを考えてはいけません。

カルム君は気温が人体に軽い影響を与える程の状況下、一人で私の家まで来たではありませんか

私だって、もう・・・うん百歳なんですから。

私は一旦作業する手を止め、手袋を外してから、両方の頬をペチペチと叩いて気合を入れます。


「よし」


雪国だというのに熱帯地域の植物を育てている地下室はとても熱く、魔女の調合服を着て

作業するには向いていません。

でも、熱気のお陰か眠気は一切ありません。

明日までには、準備が終わるでしょう。

そうすれば、すぐにでも出発できます。

カルム君のお母様を救ってあげないと。

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