Chapter 1-7

 京太きょうたは刀を鞘に納める。金属音が庭に鳴り響く。

 紗悠里さゆりが彼の近くに駆け寄る。


「若様、ご無事で」

「ああ、問題ねぇよ。足が汚れちまったくらいだ」


 京太は足袋だけで庭に出ていた。見やれば、白い足袋の裏は土で黒くなっている。


「すぐに替えをお持ちします」

「いや、それより出られるヤツに声かけてくれ。こいつの仲間を探して、向こう・・・に帰してやらなきゃならねぇ」

「かしこまりました。すぐ準備いたします」


 紗悠里は頭を下げ、足早にその場を去っていった。


「で、お前は大丈夫か」


 京太の視線が朔羅さくらに向けられる。

 朔羅はどうにか身を起こし、頷く。


「私は大丈夫だけど……」


 朔羅は庭に倒れ伏す陣牙じんがへと視線を落とす。

 血を流して倒れる彼奴はもう、動き出す様子はない。


「死んでる……の?」

「……ああ」

「殺した、ってこと?」

「ああ。剣を抜いてやり合ったからな。当たり前だろ」

「そっか……」


 朔羅は目を閉じ、両手を合わせた。

 魔を払ったことはあっても、人を殺したことはない。相手は鬼だったが、朔羅はもう、その垣根を感じていなかった。

 だからと言って京太を責めるつもりはない。種族の違いではない。住む世界が違うのだ。


 陣牙という鬼の背景は何もわからないし、知りたくもない。ただそれでも、せめて彼の魂がまともに成仏できるよう、朔羅は手を合わせて黙とうを捧げることにした。


 その姿に思うところがあったのか、京太も朔羅に倣って手を合わせ、目を閉じた。

 しばらくして、京太は目を開ける。朔羅もほぼ同時に目を開けた。


「……よし。じゃあ行くぜ。お前の仲間を助けてやらなきゃな」

「う、うん。でも場所が……」

「任せな。鬼はヒトの血の匂いにゃ敏感だから……よっ!」


 と、京太は朔羅を抱き上げる。


「しっかり掴まってな」

「えっ? えっ? ええっ!?」


 戸惑う朔羅をよそに、京太は地面を蹴った。

 屋根の上に跳び上がると、そこから一足飛びに塀を越え、霧の中へと入っていく。


「……こっちか」

「ちょ、わわっ!」


 京太は彼にしかわからない感覚を頼りに、霧の中、木の上から木の上を跳んでいく。

 朔羅は振り落とされないように必死で京太にしがみつく。もうちょい、怪我人だからもうちょい優しく!


 やがて京太は木の上から地面に降り立つ。そこは霧の薄い空間だった。見覚えがある。

 見やれば、そこには倒れ伏す魔払いの生徒たちと、朝町あさまちの姿があった。


「先生! みんな!」

「こいつぁひでぇ。だが息はあるみてぇだぜ」

「えっ? 本当!?」


 朔羅の声に反応してか、うめき声がした。

 それは朝町のものだった。彼は木の幹を背に座り込んだ状態で気絶していたが、目を覚まして顔を上げる。


「朔羅、さん……?」

「先生! 大丈夫ですか!?」

「……なんとか、ね。朔羅さんも、無事でよかった……。ほかのみんなは、治癒魔法で、応急処置はしておいたけれど……。早く、病院に……」


 そこで、朝町の意識は再び途切れた。

 力なく顔を伏せてしまった彼を前に、朔羅は焦ることしかできない。


「は、早く連れて行かないと、みんなが……!!」

「慌てんな。もうすぐウチの野郎どもも来る」

「――若!」


 と、そこへ霧の奥から駆けてくる集団があった。

 姿を現したのは、いずれも厳つい容貌をした強面の鬼たちだった。


「お前ら! こいつらを頼む! こっからなら向こうに連れ出すよりウチの方が早ぇな……。よし、ウチに連れて帰って手当てだ! 急ぐぞ!!」

「ウス!!」


 京太の号令で、強面の鬼たちは朝町たち魔払いを担ぎ、踵を返して駆け出す。


「朔羅、もう少し辛抱しな。手当てが済んだらお前も含めて全員、向こうに帰してやる」


 そう言って、京太は再び木の上にまで跳び上がる。そして京太の家まで戻り、魔払いたちの手当てが行われるのだった。


     ※     ※     ※


 翌日、朔羅は寮の自室で目を覚ました。


「……あれ?」


 どうやってここまで戻ってきたのか、記憶がない。

 京太に抱きかかえられ、朝町たちを見つけたところまでは覚えているのだが。


「うーん……?」


 首を捻るも、何も思い出せない。なんだか頭がふわふわする。

 仕方がないので、部屋を出る。身体の痛みもほとんどなくなっていた。


「おっはよー、さくらん。いつの間に帰ってきてたの?」

「昨日は大変だったみたいだね。新聞読むかい? それか、お茶でも淹れようか」


 談話室で雪乃ゆきの美貴みきに出迎えられる。

 いつもの日常。そこでようやく、帰ってこれたのだという実感が湧いてくる。


 朝食を摂り、身支度を整えて寮を出る。春の陽気が降り注ぐ。桜の木々が満開になっていた。昨日のことがもう遠い昔のように感じながら、見上げる。


 ――そこには、制服姿の少年がいた。


「よう。すっかり元気になったみてぇだな」


 彼は木の上から朔羅の前に降り立つ。

 その姿は昨日よりもどこか幼く感じた。

 なにより、頭の角がない。


「なっ、なっ、なっ……なんでここにいるの!?」

「なんでって、俺もここの生徒だからだよ。よろしく頼むぜ、先輩?」


 ええええええええええええー!? と、朔羅の声がこだまする。


 風に乗り、桜の花びらが空へと舞い上がっていった。







 Chapter1 The Ogre And The Cherry Blossoms END

 To Be Continued...

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