Chapter 1-6

 朔羅さくらが事情を話し終えるまで、京太きょうたは腕を組んだまま黙ってそれを聞いていた。


「――っていうわけなんですけど……」

「なるほどな。『扇空寺せんくうじ』の鬼、ね。そいつぁ結構」


 どうやら陣牙じんがのことは京太の中で印象に残ったようだ。鬼同士、何か気になるところがあるのだろうか。


 京太は立ち上がる。


「んじゃ、お前の仲間を助けに行ってやらねぇといけねぇな」

「えっ、でも……」


 なぜ鬼である京太が、人間の手助けをしてくれようと言うのか。彼が悪い鬼でないことはもうわかっている。だがそれでも、今日出会ったばかりの朔羅にそこまでしてくれる理由が思い当たらなかった。


「別にで何が起きてようが知ったこっちゃねぇがな。ダチが困ってんだ。助けてやらねぇわけにはいかねぇだろう」

「えっ、私たちってもう友達なの!?」


 ちょっと認定早すぎやしないか。


「嫌かい?」

「別に嫌じゃない……ですけど」

「そいつぁ結構。敬語も要らねぇよ。呼び捨てでいい。んじゃ、お前はもうちょっと寝てな。あとは俺に任せろ。何、ここぁ厳重な結界で守られてる。霧の迷路を抜けてここまで来れるやつぁそういねぇ。安心して寝てな」

「で、でも……!」


 相手は『扇空寺』という強大な鬼だ。いくら京太が強くても危険だ。


「心配要らねぇよ。次に目ぇ覚めるころには、全部終わらせといてやる。だから――」

「――若様!」


 と、そこへ襖が勢いよく開き、血相を変えた紗悠里さゆりが戻ってくる。彼女は荒い息を整える間もなく、続ける。


「たった今、陣牙と名乗る鬼が攻め込んできて……現在応戦中です!」

「……そうか。来やがったか」


 京太は眉間にしわを寄せる。先程の彼の言を信じるなら、ここは厳重な結界に守られているはずだ。しかしそれを破ってここに来た――?

 その原因を、京太は既に勘付いているようだった。


「どうやらお前、ダシにされたみてぇだな。野郎の狙いは最初っから、この家だったってわけだ」

「えっ……それって一体――」

「ご名答」


 正面の襖が斬り倒される。姿を現したのは灰色の鬼。陣牙だ。その灰色はしかし、今は返り血で赤く染まっている。

 彼奴は口元に笑みを湛えて続ける。


「出口を探すため、その人間の女を利用させてもらった。鬼では決して解けぬ霧の迷路、厄介極まりなかったぞ」

「そうかい。で、わざわざ『扇空寺』を名乗ったのはどういう了見だ?」

「知れたこと。貴様らをおびき出すエサよ。しかし食い付きが悪くてな。この俺自らが出向いてやったのだ」

「そりゃご苦労なこった。だが丁度いい。こっちもてめぇを探しに行こうとしてたとこだ。その看板・・の代金とダチの治療代、てめぇの首で払ってもらいにな!」


 京太はその瞬間、一息で陣牙との距離を詰めていた。神速の飛び蹴りが陣牙を襲う。これにより吹っ飛ばされた陣牙は、横の障子を突き破り、庭の方へと放り出される。


「紗悠里、刀を取って来い。朔羅、お前は隠れてろ」

「でも!」


 朔羅はなおも言い募る。自分には何もできないかもしれない。それでも、自分は魔払いだ。一度逃げ出した身で何をと思われるかもしれないが、もう逃げたくはない。友達だというのなら、放っておけないのはこちらも同じだ。


「いちいちうるせぇな。だからその身体で何ができるってんだ。いいから大人しくしてろ」


 朔羅はそれを無視して動こうとするが、身体は痛むばかりで自由に動いてくれない。それでも立ち上がると、京太のそばに歩み寄る。


「あなた、丸腰でしょ……。これ、使って」

「こいつぁ……」


 朔羅の手に、一本の巨大な鎌が現れる。京太の身の丈を越えるほどのそれを京太に渡して、自身はその場に崩れ落ちる。

 京太はそんな朔羅の身体を支えて、座らせる。


「わかった。ありがとな、朔羅」


 微笑み合う。そして京太はそっと朔羅の身体を横たえると、庭で立ち上がる陣牙へと向き直る。

 彼奴はにやりと笑い、こちらを見つめていた。

 それぞれが、それぞれの獲物を手に構える。

 庭の鹿威しの音が鳴る。瞬間、両者は足を踏み出した。


 激突。

 斬りかかるのは同時。刃と刃が重なり、切り結ぶ。更に幾度もの剣戟を交えて、そのたびに鈍い金属音が鳴り響く。


 その最中、京太は後退して距離を取り、大きく横に振り被る。間合いを詰めようとしてきた陣牙に対し、その瀬戸際を見切って鎌を振るう。

 しかし陣牙もそれを見切っていた。振るう刀で鎌の刀身を弾き飛ばす。弾き飛ばされた鎌は京太の手を離れ、あらぬ方向へ飛んで行ってしまう。


「ちっ――!!」


 更に追いすがり振るわれる陣牙の剣を、京太は寸でのところで回避。後ろに飛びずさる。


「今のを避けるか。だがこれで終わりだ」

「はっ。そいつぁどうかな」


 廊下の方から音がする。駆けてくる音は大きくなり、部屋の前で止まる。


「若様、これを!」


 紗悠里だ。彼女の手には大きな刀があった。彼女はそれを、庭にいる京太に向かって投げる。

 それに強く反応したのは陣牙だ。京太と戦っていることも忘れたかのように、宙を舞う刀に手を伸ばそうとする。


「それだ! それを俺に寄越せ!!」

「はっ、やっぱりこいつが狙いか」


 だが、それよりも早く動いたのは京太だった。

 京太は紗悠里の投げた刀を掴み取り、鞘と柄に手を掛ける。


「残念だが、こいつぁ俺にしか抜けねぇんだよ。『扇空寺』の鬼にしかな!!」


 抜き放つ。白銀が月下に煌めく。透き通るような刀身に、真っ赤に染まった京太の眼が映る。

 これが本当の鬼なのだと、朔羅は直感した。


 あれが本当の、『扇空寺』の鬼。


「扇空寺組頭領、扇空寺京太。推して参る」


 名乗りを上げる京太に、陣牙は狂ったように斬りかかる。


「刀を寄越せぇっ!!」

「やらねぇよ」


 大上段から斬りかかる陣牙の身体は、しかし京太を前にして回転し、地に落ちる。何が起こったのか、朔羅にはまったく見えなかった。

 立ち上がろうとする陣牙に、京太は刀の切っ先を突きつける。


「で。ウチの学校の生徒が行方不明になってるってのは、てめぇの仕業か?」

「……知らんな。俺は俺の領域に入ってきた者を切り捨てていただけのこと!」


 陣牙は刀を振るう。無造作に振るわれたそれを京太が避ける間に、彼奴は飛び退き距離を取った。


「そうかい。ならもう用はねぇ。――往生しな」


 京太は陣牙へと歩み寄っていく。対して陣牙は咆哮を上げ、京太へと正面から斬りかかる。


 交錯。

 両者の位置が入れ替わる。次の瞬間、陣牙は血を噴き出してその場に倒れ伏した。

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