Chapter 1-5

「さくらん、いってらっしゃーい」

「気を付けるんだよ」


 そして夜になり、雪乃ゆきの美貴みきに見送られながら、朔羅さくらは外に出た。

 妙に明るいなと思って空を見上げると、そこには丸く輝く満月があった。

 満月の夜は鬼に出会いやすいと言われている。朔羅はそれを思い出して固唾を呑むと、朝町あさまちたちとともに校門を抜けてあやかし通りに出る。


 あやかし通りと呼ばれるそこは、昔からあやかしたちの根城として有名な場所だ。


 あやかしを怖がる人間は多い。確かに彼らは人間とは違う生き物であり、ずる賢い者も多い。しかし実際に付き合ってみると気のいいヤツらばかりで、人情味に溢れていて、そして陽気だ。


 今日も通りには提灯の灯りが溢れ、そこらじゅうの屋台からどんちゃん騒ぎが聞こえる。


「こんばんは」

「おっ、先生じゃねぇか! 久し振りだな!」


 朝町は屋台の暖簾をくぐり、店主に声をかけた。店主はねじりはちまきをした一つ目の男だ。おでんの屋台らしく、ぐつぐつと煮込む音とともにいい匂いがする。


「ご無沙汰してます。どうですか、景気は」

「ま、ぼちぼちってとこよ。先生、今夜はどうしたんだい」

「最近、この辺りでウチの生徒を見かけませんでしたか? 実は行方がわからなくなっている生徒が増えてまして、今夜はここで見回りと聞き込みをしているんです」


 なるほど。ここで行方不明者が出たと言っては角が立つ。魔払いはその名の通り、『』を払う者たちだ。それに最も近しい存在であるあやかしたちと上手くやっていくのは、自分たちにとって大きな利益になる。


 店主は頭を捻るが、心当たりはなさそうだった。


「うーん……。いやぁ、見てねぇなぁ」

「そうですか。ありがとうございます、また今度飲みに来ますね」

「おう! 頑張ってくんな!」


 それから聞き込みを続けるも、有力な情報は出てこない。そもそも、校長はどうしてここで行方不明者が出たのを知ったのだろうか。手がかりがあるなら教えてほしかった。


 進展がないまま、あやかし通りを奥へ奥へと進んでいく。


 いつの間にか、周囲には霧が立ち込めていた。少しずつ視界が霞んでいく中、どこからか音がする。


 それは、甲高い金属音だった。キン……キン……と、間隔を空けて鳴る音は次第に大きくなっていく。

 近付いている。


「ふむ……どうやらネズミが入り込んだか」


 低く、どこか艶のある声がした。

 霧の奥から何者かがやって来る。笠を被り、灰色の着流しを身に着けた男性だった。その左脇には一本の刀がある。

 男は笠を取る。その下にあったのは、初老に近い男性の顔。そして。


「教わらなかったかね。満月の夜は鬼に出会いやすい、と」


 両のこめかみから生える、短くも猛々しい角。

 それは朝、新聞で見たばかりの指名手配犯だった。


扇空寺せんくうじ陣牙じんが……!!」

「知ってもらえているとは光栄だ。さて、それでは死合おう。ここまで来たのだ、覚悟はできているだろう?」


 キン、と再び金属音が鳴る。その正体は刀の鍔から発せられる音だった。

 刀が抜かれる。その瞬間、周囲の霧が切り払われるように晴れる。

 そこで朔羅たちはようやく、自分たちがいる場所があやかし通りではないことに気付く。


「逃げ場はないぞ。ここは既にこの世ならざる場所、『異界・・』なのだから」


 周囲は無数の木々が生い茂る森となっていた。

 『異界』。それはこの世とあの世の狭間に存在すると言われている別世界である。鬼の住処とされていることから、ヒトが決して立ち入ってはならないとされている。

 そんな場所に、朔羅たちは知らぬ間に迷い込んでしまっていた。


 木々の奥から、瘴気を纏った狼男の群れが顔を出す。


 朝町が声を荒げる。


「みんな、逃げろ!!」


 せきを切ったように、生徒たちが散り散りになって逃げだそうとする。

 しかし、どこに――? 迷いが生まれたことで朔羅だけが動けなかった。それが運命を分けたか、逃げ出した生徒たちは瞬時に距離を詰めてきた狼男どもにやられてしまう。


 倒れ伏す生徒たち。残されているのは朝町と朔羅だけだ。


「朔羅さん!!」


 朔羅を狙った狼男の前に、朝町が躍り出る。彼奴の鋭い爪が、朝町の身体を斬り裂く。


「先生!!」

「早く……! 戻って、救援を……!!」

「は……はい!!」


 ようやくそこで朔羅の足が動いた。

 それからのことはよく覚えていない。ただひたすらがむしゃらに走り、何度も転びながらも前に進んだ。


 するといつの間にか、再び深い霧の中にいた。

 手探りで進み、辿り着いたのは桜が舞う、開けた空間だった。


 そこで、朔羅は京太きょうたと出会ったのだ。

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