Chapter 1-4

 和国・帝都にあやかし通りはあった。

 そしてそのあやかし通りの一角に、それは建っている。


 国立アヴァロン魔法魔術学園。

 この国において最初にして唯一の、西洋魔術を学ぶことができる国家機関である。


 そしてこの学園には数多の学生寮があった。朔羅さくらはその内の一つ、『螺旋の』に所属する二年生だ。


「おはようございまーふ……」


 朔羅は朝が弱い。寝ぼけ眼をこすりながら談話室へ向かうと、既に起きていた寮生たちに出迎えられる。


「おっはよー、さっくらーん! おやおや、まだ眠そうだねー」

「雪乃は朝から元気だねー……」


 元気よく挨拶してきた彼女は雪乃ゆきの。髪をサイドでひとまとめにした、溌剌とした印象の少女だ。


「新聞でも読んだら? 活字を入れると目が覚めるよ」


 新聞を広げて目を落としていたのは美貴みき。髪を短く切り揃えた、中性的な美人だ。

 ちなみにここは女子寮というわけではないが、住んでいるのは今は女生徒ばかりなので、色々と気を遣わなくて済む。朔羅はこの寮の雰囲気が好きだった。


 新聞を渡され、ぼんやりとその活字の羅列を眺める。

 政治の話、求人広告――その先はなかなかショッキングなニュースが多い。通り魔殺人、超能力者の暴動、そして新たな指名手配犯・扇空寺陣牙せんくうじ じんがを名乗る鬼。


 『扇空寺』。聞いた覚えがあるような、ないような。


「『扇空寺』か。いわゆる御三家って言われてる鬼のことだね。『異界・・』で権力争いをしてる三つの一族。『扇空寺』、『鷲澤わしざわ』、『天苗あまなえ』……だったっけか」

「あっ、そうそう。そんな感じ」

魔払い・・・がそれでいいのかい」


 そうだそうだ、授業でそう習った。とはいえこの時点での朔羅はまだ鬼など見たこともない。覚えていなかったのもさもありなんと言ったところか。

 しかしこの扇空寺陣牙という男、わざわざ御三家が『異界』を出て何をしでかしたのやら。もしなにもしていないのに鬼というだけで指名手配されたのなら、少し同情してしまうかもしれない。

 あとは天気予報だ。今日は秋晴れだが満月のため、外出には注意とあった。


 その後は朝食を摂り、雪乃や美貴とともに校舎へ向かう。


 校舎はこの国にはまだ珍しい、純洋風のデザインだ。諸外国のインターナショナルスクールをモデルに、レンガと大理石で組まれたそれは、一つの芸術品と言ってもよい。


 教室に向かう。朔羅たち二年生のクラスは二階にあった。階段を上って向かってみれば、教室内は少しざわついていた。


「おっはよー!」


 雪乃の挨拶とともに教室に入る。が、クラスメイトたちは朔羅たちを一瞥しただけで、すぐに各々の会話に戻っていく。声を潜めて話すそれは、朔羅たちのことではなさそうだったが、決して気持ちのよいものではない。


「なーにあれ」

「まったく、いつもながら礼儀がなってないね。朔羅、気にしちゃ駄目だよ」

「大丈夫だよ、美貴。もう慣れてるから」


 朔羅たちはそのまま席に向かった。この学校の教室は広い講堂状で、席は後ろに行くほど高い段になっている。決まった席はなく、朔羅たちは後ろの方に三人並んで座った。


 やがて講師が入室し、授業が始まる。やってきたのは西洋魔術の講師・朝町苗木あさまち なえぎだ。彼の講義は実践的で、生徒からの評判がよい。今日も実際に『』と対面したときの戦い方をレクチャーしつつ、実戦形式でレクリエーションが行われた。


 授業が終わると、朔羅は朝町から声を掛けられる。


「朔羅さん、このあと時間はあるかな? 魔払いの生徒たちに話があるんだ」

「あ、はい。もちろんです!」


 朝町は顔もよく、おまけに下級・・とはいえ貴族だ。

 やっかむ視線に晒されながら、朔羅は朝町とともに教室を出た。


「ごめんね朔羅さん。あまり気分がよくなかったよね」

「あ、いえ。もう慣れてますから」


 この国では名字を持てるのは貴族だけだ。そんな中で貴族でもないのに名字を持つ朔羅は、学校では「名字持ち・・・・」などと呼ばれて揶揄されていた。


「……そっか。どうしてもつらかったら言うんだよ。同じ魔払いとして力になるから」

「ありがとうございます、先生」


 やがてたどり着いたのは校長室だった。

 中には複数人の生徒が集まっており、奥の机には校長がかけていた。校長は初老の男性で、朔羅たちが入室すると、白いひげを撫でながら口を開く。


「これで全員ですね。魔払いのみなさん、お集まりいただきありがとうございます。早速本題に入りますが、みなさん既に耳にしているかと思います。ここ数日、あやかし通りにて生徒が連続して行方不明になっています」


 校長の口から語られたそれに、生徒たちはざわめく。朔羅も声は出さなかったものの目を見開いた。

 そうか。朝、クラスメイトたちが話していたのはそのことだったのか。


「魔払いのみなさんには、この事件の解決を依頼したいのです。朝町先生、どうでしょうか」

「もちろんですよ。そのための我々ですから」


 朝町が生徒たちを見回すと、目を合わせた生徒たちは落ち着きを取り戻していき、頷き合う。朔羅も同様に頷いて、次の言葉を待った。

 校長が頭を下げる。


「いつもお任せしてばかりで済みません。どうかよろしくお願いします」

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