Chapter 1-3
なんだか美味しそうな匂いがする。
それに釣られたかのように、
目を開ける。するとそこにあったのは、知らない天井だった。
戸惑いながらも身を起こそうとする。しかし、途端に全身が痛んだ。
「痛っ……!」
顔をしかめながらもどうにかして上半身を起こす。周囲を見回す。
そこは六畳くらいの一室だった。四方は襖で囲まれており、床には立派な畳が並べられている。朔羅が暮らす寮の部屋が洋室のためだろうか。どこか格式高く感じてそわそわしてしまう。
と、そこで襖がゆっくりと開いた。
「ふぁっ……!」
朔羅は思わずびくりと身体を震わせてしまう。
「これは失礼しました。お目覚めでしたか」
襖を開けたのは割烹着姿の女性だった。長い黒髪が艶やかな美人だったが、その両こめかみから生える角が彼女が鬼だと示している。そんな彼女は朔羅の姿を認めると、うやうやしく頭を下げた。
「え、あっ、えと……」
ここがどこなのかもわからず、彼女が誰なのかもわからず、朔羅は戸惑うしかなかった。
女性は頭を上げると、そんな朔羅を安心させようとしてか微笑んでくる。
「お加減はいかがですか? 酷いお怪我でしたから、まだ無理はなさらないでくださいね」
女性はわきに置いてあったお盆を手に、入室する。
お盆には塗り薬のようなものと包帯が乗っていた。女性は朔羅のそばに正座すると、朔羅の身体に巻かれていた包帯を外していく。
そこでようやく、朔羅は自身の状態を自覚した。白い寝巻に着替えさせられていた彼女は、その全身を包帯と湿布薬で包まれていた。
「あの、私の制服……セーラー服なんですけど、それって……」
再び周囲を見回すが、それらしいものは見当たらない。
逃走中にボロボロになってしまったが、あれは朔羅にとっての一張羅だ。一体どこへいってしまったのか。というか、着替えは誰が。まさか、あの鬼の男性では……!?
「制服はお洗濯をさせていただいております。乾いたら修繕させていただきますね。それと、お着替えはわたくしがやらせていただきましたのでご安心ください」
顔に出ていたのか、朔羅の内心はすべて見破られていた。微笑みかけてくれる女性の言葉に、ひとまずは安心する。見ず知らずの女性に迷惑をかけていることには変わりはないが。
包帯を換え終わると、女性は立ち上がる。
「少しお待ちくださいね。若様をお呼びいたします。食事もお持ちいたしますね」
そのまま、女性は部屋を出て襖を閉めた。足音が遠くなっていく。
室内に静寂が戻ってくる。
しまった。ここがどこなのかを聞くのを忘れていた。女性が何者なのかも。そして、ここまで運んでくれたであろう鬼の青年のこともだ。
それから程なくして足音。襖が開く。姿を現したのは、件の鬼の青年だった。
彼は朔羅が身を起こしているのを認めると、微笑みかけてくる。先程の女性は柔らかな印象だったが、彼の笑みは不敵で挑発的だった。
「よう。目ぇ覚めたか。身体の調子はどうだい?」
入室する彼は、朔羅のそばに腰を下ろす。
「は、はい。手当てしてくださってありがとうございます! あ、あの、それでここって……」
「ん? ああ、俺の家だよ。っと、そうだ。まだ名乗ってなかったな。俺は
鬼の青年――京太は握手を求めて右手を差し出してくる。
これに応えつつ、朔羅は自分も名乗る。
「さ、朔羅です。よろしくお願いしまちゅ……っ!?」
「……朔羅か。いい名前じゃねぇか」
噛んだ。盛大に語尾を噛んだ。彼は気を遣ってか聞いていないフリをしてくれたが、微妙な空気になってしまう。
そこへ再び襖が開き、先ほどの女性がやってきた。傍らには膳を乗せたお盆がある。
「お待たせいたしました。本日のご膳です。お口に合えばいいのですが……」
「あ、ありがとうございます」
助かった、と朔羅は内心で胸をなでおろす。見やれば京太もふうと息を吐いていた。
しかし、いい匂いの正体はこれだったか。朔羅の前に台が置かれ、その上にお盆が乗る。
途端にお腹が空いてきた。白米、みそ汁、たくあん、焼き魚というシンプルなメニューだったが、一つ一つがとても美味しくて、量以上に胸がいっぱいになる。
あっという間に平らげた朔羅は、両手を合わせる。
「ごちそうさまでした! 美味しかったです!」
「お粗末様です。では、下げさせていただきますね」
女性は食事台を片付け、お盆を手に部屋を後にした。
再び京太が口を開く。
「あいつぁ
「今のご飯も紗悠里さんが?」
「ああ。美味かったろ。ウチのもんがみんな毎日メシ食えてるのはあいつのお陰さ」
へぇ、と朔羅は感嘆する。
「いいなぁ、あんな美人さんに毎日ご飯作ってもらえるなんて」
「だろ? なんなら明日の朝飯も食ってくかい?」
「食べたいです! あ、でもそうしたら寮に連絡しないと……って、そうだ!」
「どうした?」
「私、急いでたんだった! どうしよう、早くしないと……!!」
朔羅は立ち上がろうとするが、痛みに呻くだけで身体は動かない。どうしよう。焦りばかりが募る。こんなことをしている場合じゃなかった。早くしないと。早くしないと――。
気が急くばかりの朔羅の肩を、京太が掴んだ。
朔羅は彼の顔を見やる。彼の表情からは笑みが消え、真っ直ぐに朔羅を見つめていた。
「落ち着け、朔羅。その怪我でどこ行こうってんだ。まずは話してみな。
「それ、は……」
少しだけ落ち着きを取り戻した朔羅は、訥々と話し始めた。
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