Chapter2 魂の葬送

Chapter 2-1

 『異界・・』。この世とあの世の狭間にあるとされる異世界。鬼の住処であるそこには、ヒトは決して立ち入ってはならないとされている。


 その中に、うっそうと生い茂る竹林に囲まれた家があった。

 ここには『天苗あまなえ』という名の一族が暮らしている。囲炉裏を囲んでいるのは、その一族に名を連ねる三人の鬼だった。


 バチバチと音を立てて揺れる炎を眺めながら、三人は思い思いに佇んでいた。


「……物足りないな」


 ふと呟いたのは、この家の当主である壮年の鬼だ。やや痩せこけた印象のある男で、頭には二本の角が生えている。


「何が? まさか、あれだけ食ってまだ腹減ってんの? 親父はとことん悪食だねぇ!」


 呵々と笑いながら声を上げたのは、少年と言った年頃の若い鬼だ。片膝を立てて座る彼の頭部にあるのは、壮年の鬼によく似た二本の角だった。


「量が、じゃなさそうだね、父さん」


 そしてもう一人、眼鏡をかけた若い鬼が言う。彼の頭部にも、二人とよく似た角があった。


「正解だよ、千咲ちさき。量は充分だ。満ち足りている。けれど質が悪い。もっと上質な魂を喰らわないと、他家を圧倒できるような力は手に入らないな」

「……だろうね」


 父の言葉に、千咲と呼ばれた若い鬼は眼鏡のつるを押し上げる。

 彼ら『天苗』の一族には、ヒトの魂を喰らって自らの力に換える能力がある。その中でも父・黄泉よみはとりわけ高い能力を持ち、これまでにも既に多数の魂を喰らっていた。

 ただ、その質が問題なのだ。

 ここ最近は若い魂を喰らってきた。肉や野菜がよく育ち、瑞々しいものが好まれるように、魂も若いものの方がよい。しかし魂の場合はそれだけではない。「魔力」と呼ばれる、魔法使いたちが持つ特殊な力。これの性質がよいほど、より力が得られることが判明したのだ。


 黄泉が求めているのは、より魔力の濃い魂なのだった。


「ふーん。あれがいいんじゃねぇの。兄貴、あんたんとこにいるんだろ? 『神隠しの踊り子・・・・・・・』ってヤツ」

「……そうだね」


 千咲は弟の言葉に、ややあって頷く。それは、あまり気乗りしないという意思表示だったのかもしれない。


「どうした、千咲」


 その様子に、みかねた黄泉が口を出した。

 千咲は首を横に振り、答える。


「……いや。ただ、その子に手を出すとなると、魔払いが黙ってなさそうだからね。ちょっと面倒なことになるかもしれないと思っただけだよ」

「魔払いねぇ……。だったら俺も手を貸そうか? 面白れぇことになりそうだし」


 笑う弟の言葉を、黄泉が咎める。


「遊びでやるわけじゃないぞ、双刃そうは。だがまあ、それもいいかもしれないな。多少面倒事になったとしても、その魔払いとやらの魂も喰ってやればいいだけのこと」

「けど父さん、あまり目立つのは――」

「――他家に咎められるか? ならちょうどいい。全力で叩き潰してやるだけさ」


 不敵に微笑む父を前に、千咲は小さく息を吐くのだった。

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