第3話 ついたあだ名は荷物持ち1

【ついたあだ名は荷物持ち1】


 俺の隣の家に幼馴染で同い年のロレーヌがいる。

 大変な美人である。

 そして、彼女はその美貌に比例した能力を持つ。


 身体能力・頭脳ともに抜群で

 ダンジョンにチャレンジした初日に神聖魔法を発現した。


 神聖魔法を発現する人は非常に少ない。

 そのことから、彼女は王国の注目の的となり、

 【聖女】候補として、特に教会から分厚い保護をうけることとなる。


 その彼女は迷宮学園にトップに近い成績で合格した。


 聖女候補のロレーヌは俺同様週末になると実家に帰る。

 その往復に俺は同行する。

 ボディガードを命じられているのだ。


 だが、本当のボディガードは他にいる。

 ラ・シエル教会が3人の手練れをつけているのだ。


 では俺は役にたつのか。

 まだ若く、碌な能力もないのに。


 俺を聖女候補が指名したのだ。

 本来のボディガードたちでは緊張するからと言って。


 しかし、俺はボディガードたるには能力が低すぎる。

 だから、周りは俺をボディガードなどとみなさない。

 俺は彼女の身の回りの世話をするもの、

 つまり荷物持ち、とみなされることとなるのだった。



「おはようございます」


 マット事件のあった翌週月曜日の朝。

 時間はきっかり8時。

 アカデミーの学生は合格し入学すると、

 お祝いとして懐中時計魔導具がプレゼントされる。


 時間を示す魔法と精密な機械、精密な計算式の合わさった

 大変高価な時計だ。


 俺は家を出て隣の家の玄関先に行く。

 すでに3人の女性が待機している。

 彼女たちが聖女候補のボディガードだ。


「おはよう」


 ボディガードの3人はそっけない。

 別に俺を軽んじているわけではない。

 職務に忠実なだけではある。


 しかし、ニコリともしないので俺はいつもちょっと気が引ける。


 これは聖女候補のロレーヌも同じ気持ちだ。

 だからこそ、ムリを言って俺をボディガードに付けさせたのだ。


「おはようございます。本日もありがとうございます」


 やがてロレーヌが家から出てきた。

 彼女が出てくると場の雰囲気が明るくなる。

 何しろ、花しょってるからな。


 彼女の美貌には慣れているが、その明るさは地味な俺には眩しい。


「おおっ」


 途端に周囲からため息が漏れる。

 登校を目撃したいファンが周囲に詰めかけているのだ。


「なんであんなやつが送り迎えするんだ」


「荷物持ちのくせに」

  

 彼女の美貌はこの街では有名だ。

 高等小学校の頃から追っかけがいる。


 だから、彼女にボディガードに指名された俺へは

 厳しい視線が入る。

 

 もっとも、彼らは3m以上は離れている。

 それ以上近づくと結界に弾かれる。 

 結界は彼女の家そのものにもかけられており、

 また、通学中はボディガードがバリアを張り巡らせる。


 これは結構めんどくさいものだ。

 だから、比較的人のいない時間帯を狙って登下校する。


 だって、近くにいる人は結界に弾かれるのだから。

 


「ジョエル、魔石のニュース知ってる?」


 各家庭には通信魔導具が備えられている。

 電信機のようなもので、文字情報で簡単なニュースを配信している。


 文字数は限られるが、最低限の魔石で長期間稼働する。

 スライムの魔石1個で1日は持つのだ。


 ちなみにスライム魔石は1個1sだ。

 前世日本だと1sは1円に相当する。


「おお、読んだぞ。隣国で世界最大級の魔石が取れたって話だろ」


「新しく発見されたダンジョンからね」


 ダンジョンは不思議な空間で魔物が湧く。

 魔物を討伐すると消えてなくなり、魔石を落とす。


 この魔石がこの世界の仕組みを激変させた。

 魔石は前世地球でいうと石油かそれ以上の存在だ。


 石油はガソリンなどの燃料となるが、

 合成繊維や合成樹脂なども生成される。


 魔石はエネルギーの元となるし、

 それ以外にも特に薬や肥料としての用途が見込まれている。


 魔石の最大の用途は結界魔導具の動力源である。

 結界で街を覆う。

 防御に欠かすことができない。


 次に魔導具による武器・防具の動力源である。


 つまり、軍事的な利用が第一であり、

 大きな魔石はその国・勢力の強さの象徴にもなる、。


 だから、大きな魔石が採取されると各国は真っ先に発表する。

 見栄のためではない。

 安全保障につながるからだ。


 前世で核爆弾を持っているぞ、というようなものだ。

 核を所有するというだけで、敵国は侵略を自重するようになる。



「もう一つあったろ」


「ええ。首都で大規模なテロ活動が行われたって話ね」


「うん。こっちのほうが俺らには身近な話題だよな」


「被害とかはっきりわかんないけど、双方に多数の死者が出たんでしょ?」


「おっかないよな。この街ラ・シエルは最近は怖い話が出なくなっているけど、いつテロが起きても不思議じゃないよな」


 軍事用魔導具は厳しく管理されているが、

 それでも製品が横流しされたり技術が流出して、

 粗悪な武器や防具の魔導具が犯罪組織に出回っている。


 その中でも最大の恐怖。

 『人工魔素フィールド生成魔導具』だ。

 魔素はダンジョンの中に充満しており、

 濃い魔素密度で様々なスキルを発動することができる。

 魔素は各種スキルの動力源なのだ。


 そのダンジョン環境をダンジョン外でも展開できる魔導具。

 それが人工魔素フィールド生成魔導具だ。


 この技術や製品が犯罪組織にも流出している。

 その結果、凶悪な犯罪が頻繁に行われることになった。


 ダンジョンの世界は特別な世界だ。

 現実の世界とは明らかに異空間である。

 レベルというものが存在し、まるでゲームのようだ。


 しかし、ダンジョンの外に一歩でれば、

 そこは前世地球と変わらない普通の世界になる。

 魔法の世界じゃないし、人々もいわゆる普通の人間だ。


 それに対してダンジョン内では能力が何倍にも強化され、

 様々な強烈なスキルが使い放題になる。


 人工魔素フィールド生成魔導具を起動させれば、

 ダンジョン内の強烈な強化や技が現実の世界でも実現される。

 通常の人間では太刀打ちできない。


 100mを数秒で走り、握力が200以上もある。

 そのような強化人間が強烈な魔法をぶっ放すのだ。


 野獣が街に放たれたよりも恐ろしい。



 なお、これが一般社会に広まらないのは厳しく規制されているからだが、

 もうひとつは魔石消費率が半端ないからだ。

 大量の魔石を必要とするのだ。


 1分稼働させるだけでも、Bクラスの魔石が必要になる。

 購入価格が90万円。


 日常的にはとても使えないが、限定的なら合法的に使う組織がある。

 軍隊だ。

 この装置を持って、この世界を圧倒的な武力で制圧している。


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