4.機嫌の悪いホスト?

 コンビニで買った煙草に火をつけて吸う。そして、むせる。煙草の吸い方が分からない。

 高層ビルの黒いガラス張りの壁に男が映る。

 白いスーツ、黒いシャツ、金髪、アクセサリー。

 普段の僕とはかけ離れた僕がいる。ここは歌舞伎町から近いコンビニ。ホストに見えなくもない。

「メビウスくださいっ! 棚の真ん中にあるやつ! 19番です! ライターもください!」

 コンビニで大声を上げてしまった罪悪感が尾を引く。店員さんは僕より何歳も若い女の子だった。いきなり怒鳴られて気分を害しただろう。おびえさせたかもしれない。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 すべてが僕のせいだと思うと、冷や汗が出て、動悸どうきがした。ポケットに忍ばせた精神安定剤を服用する。

 そのまま近場の公園へ向かい、ベンチに腰かける。吸う気のない煙草のパッケージが水銀灯すいぎんとうに照らされて光っている。


 普段の僕は、冴えない会社員。

 人材派遣会社で営業をしている。新卒で入社して三年目。

 労働環境は劣悪で、達成できないノルマを毎月課される。上司はキレやすい性格で、部下の人格を否定する発言を繰り返す。同期の大半が心身を病んだ。退職者も続出した。しかし僕は辞められなかった。

 なんとか獲得かくとくした内定、新卒カード、スキルなし、資格なし、留学の経験もなければ、やりたいことも特にない。そんな僕が転職に成功するとは思えなかったからだ。

「今すぐ地球が滅べば良いのに」と思いながら、毎日電車に揺られている。

 家族や友人は心配している。「早く辞める意思を伝えろ」と何度もアドバイスを受けたが、上司が怖くて伝えられない。

「お前の外見はオタクくさくて気持ち悪い」と上司は言う。

「喋り方もモゴモゴしていて気持ち悪い」と上司は言う。

「お前みたいな陰気なやつを雇ってくれる会社なんて他にない」と上司はせせら笑う。

 僕は内気で、はっきりと意見を主張したり、嫌なことを断わったりできない性格だ。入社当初、希望していた総務部から、人手が足りないという理由で営業部に配属された時も、拒否することが出来なかった。

 上司の説教を聞いていたある日、「このままでは自殺するかもしれない」という危機感に見舞われた。

 ふとした拍子に中央線の線路に飛び込むかもしれない。

 白黒はっきりつけるときだ、と僕は思った。

 意見を主張する。きっぱり退職の意思を伝える。

 覚悟を決めた僕は、ひとまずイメージチェンジをした。

 黒いスーツ、白いシャツ、黒髪、洒落しゃれなし。「お前の外見はオタクくさくて気持ち悪い」と上司の言うルックスと真逆を行く格好をした。そしてモゴモゴした喋り方を克服するために、大声を出す練習をした。

 今日はそのための予行演習。「煙草ください!」と大きな声で言ってみた。

 ちなみに煙草を買ったのはなんとなくだ。なんとなく、この外見に似合うかなと思って。本当は、オレンジの果肉入りのアイスを買いたかった。


 とにかく週明けは、この格好で会社に出勤しようと思っている……不幸にも、地球が滅びていなければ。

 そして目を丸くしている上司に向かって「会社辞めます! このクソ上司! 死ね!」と腹の底から大声を出して、辞表じひょうを突きつける予定でいる。

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