2.ドルガ

 ディアンが話しかけてきた。

 かなり気さくだ。

 気さくだが、カタコトの日本語を喋っているので、意味の分からない部分がある。

 つまりそれはどういうことかと、俺もカタコトの日本語で尋ねる。

 俺たちは同じ外国人労働者だが、母国語が違う。

 したがって、共通言語の日本語でしか会話ができない。そういう設定だ。

 実のところ、俺はどんな言語でも流暢に話すことができる。

 なぜなら俺は悪魔の遣いだからだ。

 今から300年後に起こる自然災害。

 俺はその災厄を広げるため、悪魔に遣わされた使者。

 悪魔は、地上に芽吹く全ての生命を根絶やしにしたがっている。災害も人災も絶好の機会だ。

 神の遣いたちは災厄を阻止しようと目論もくろんでいるが、そうはさせない。

 彼らには彼らの、俺たちには俺たちの理由がある。


「ドルガ、最近、働キ過ギテル」

 コンビニ前の駐車場でディアンが言う。

「休ム、イイヨ。ドルガのシフト、僕、代ワル。交代」

「君コソ、休メ。過労、良クナイ」

 いかにも心配そうに俺は言う。

「ディアンノ穴埋メ。俺、働ク」

「ドルガ、体調良クナイ。休メヨ」

「ディアン、休暇スル。バケーション」

 手振りを交えて俺たちは話し合う。駐車場の敷石しきいしに腰を下ろし、コンビニで作ったカフェオレを飲みながら。

 話し合いは、三時間にも及ぶ。俺たちは一歩も引かない。お互いに派遣元から圧力がかかっている。悪魔と神という、超大手企業から。

 来月のシフト表と顔を突き合わせながら、俺たちは一日でも多く出勤しようと互いの体調を気遣い合う。


 視線を感じて振り返る。

 雑誌売り場から、同僚のチョウさんが俺たちを見下ろしている。彼女の視線は、氷河期時代の猛吹雪もうふぶきを思い起こさせる。ディアンも悪寒を感じたらしく、粟立あわだつ両腕をごしごしこする。

 すかさず俺は「ディアン、風邪引イタ。早退シナヨ」とすすめる。

 張さんの蛇睨へびにらみは、俺の背にも冷たく突き刺さる。

 しかし、所詮しょせんは人間の小娘だ。構うことはない。


 人類——いや、地球の存亡をかけた、退勤合戦はまだまだ続く。

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