第3話
麗香さんもフィアナさんも、思ったより不干渉的だった。
道を聞けば教えてくれるし、野営の準備は手伝ってくれるが、基本的に自分達から俺に何かしてこようとする気配はなかった。
それと、彼女らの話によると、魔帝国内で最も危険な地が、ここら一帯らしい。
辺境都市ルベルトからも結構な距離がある上、この一帯を住処にしている魔物は
骸骨人(スケルトン)のみ。
更には、冒険者や魔物ギルドの者らも滅多に近寄らないとのことで、魔獣からすれば住み心地がよいらしい。
と言うことで、俺は暫くここら一帯で格上げに勤しむことにした。
今は頼りになるガイドさんもいるわけだし、本気で取り組めば、数か月で存在格を上げることにも成功するかもしれない。
まあその分、この森にいる魔獣自体が危険度S級やA級の化け物ばかりなのだが。
ある意味、俺の故郷って安全地帯だったのかもしれんな。
関係ない話はいいとして、麗香さんとフィアナさんが加わってくれたことで、格上げが格段と楽になった。
森でサバイバルをしているので、罠に毒を塗ることや、生き物の肉を放置することが出来なくなった。
無論、罠で取れた獲物を食べているからだ。
餌なしにどうやって獲物を狩っているかって?それは簡単だ。
フィアナさん・・・淫魔(サキュバス)が生まれた時から持っている『誘惑』の
スキルを使って、魔獣を罠まで誘導しているのだ。
そして俺がトドメを刺すことで、格を上げるために必要な経験値が手に入る。
どうやら、この世界ではトドメを刺した者に経験値が入っていく。
だから、麗香さんとソフィアさんは慈善活動をしているも同然。
申し訳なく思っているのだが、一人で全て出来る程俺は強くないし、今は
耐えてもらうしかない。
俺も、低級魔物のまま戦争に行きたくないし、死んでは恩返しも出来ないしな。
だが、俺も全く何も出来ないわけではない。
俺は少しでも二人の生活環境を良く出来るように、拠点にしている洞窟に、簡易的だがベッドや机などの邪魔にならない程度の家具を作って、置かせてもらった。
洞窟は罠を仕掛けるのにも、防衛するのにも、雨風を凌ぐのにも適しているが、如何せん地面が岩だから寝心地が悪い。
俺が生活環境を良くしていることに気が付いた二人は
「ありがとう」
と礼を言ってくれた。
感謝すべきは俺の方なのだが、お互い様と言うことで、と言われてしまったので、
素直に感謝の言葉を受け取った。
そして、あっという間に数ヵ月が経ち、俺は喰屍鬼(グール)に進化していた。
喰屍鬼(グール)と言えば、もっと醜い見た目をしていると思ったのだが、意外と人間と差のない見た目だった。
他にも、内在魔力が驚くほど向上している。
これなら、魔法を普通に扱うことも可能だろう。
それに、新たに得た『魔力感知』のスキルで、魔力の流れが薄っすらと
見えるようになった。
二人はまだ寝ているし、この辺りなら誰にも迷惑を掛けない。
魔法の原理について理解し、多くの魔法を脳内で構築してきた(9年間)。
使いたいのに使えない、この苦痛に俺は耐えてきたんだ(9年間)。
俺が森の中を歩いていると、地を揺るがす程の咆哮が聞こえてきた。
俺の究極魔法を試すのに、良い相手になるかもと思い、俺は咆哮の聞こえて来た方に向かって走り出す。
暫くすると、そこそこ大きな湖に出た。
開けている場所に出ない様に注意しながら、湖の周囲を見渡してみると、巨大な蛇と鰐が獲物を奪い合っている様だった。
「ヴォォォォ」
と言う、バイクのエンジン音を何倍も大きくした様な咆哮を放つ鰐に対して
「シュㇽㇽㇽ」
と、蛇は特有の威嚇を行う。
多数の魔獣との戦闘が可能かどうか分からない現状、強そうな魔獣二体を相手にするのは危険だ。
転生?転移?かは分からないが、第二生を棒に振りたくはない。
でも、どの道戦争に参加しなくてはいけないのなら、今多少無理をしてもあまり変わりはないか。
手加減を出来そうな相手でもないし、究極魔法を使うに値する相手だろう。
「では」
俺はそう言うと、意識を頭と魔力に集中し、詠唱・・・と言うより、最大効率化した魔法を行使する。
最初に『断絶』の初期原型を使い、一つの空間を作り上げる。
続いて『排除』の初期原型を使い、空間内部の微生物から空気まで、全てを
取り除く。
次に『力(エネルギー)』と『注入』の初期原型・・・力(エネルギー)、魔力と思って貰って構わない。
空間内部に、自らの魔力を大量に注ぎ込んで、その空間を『移動』の初期原型で魔獣たちの頭上に持っていく。
仕上げに『暴走』の初期原型を使うことで、一か所に大量に集まっていた
『力(エネルギー)』が暴走し
大爆発を起こ・・・。
暴走を唱えた途端、目の前が真っ白になった。
それと同時に、あり得ない程の風圧を受け、俺は空高く打ち上げられた。
咄嗟に『強化』の初期原型を使ったお陰で、多少の傷は負ったものの、気絶することは免れたのだが現在俺は、遥か空高くから地上に向かって真っ逆さまに
落ちていた。
「うぉぁぁぁ!」
一瞬慌てたのだが、思ったより落ちるのってゆっくりなんだな。
それにしても、俺は自分が何をやってしまったのかを理解し、深く反省した。
上空から見ればよくわかる。
湖の周囲一帯に、大きなクレーターが出来ている。
無論、湖の跡形など何一つなく、水も全て消し飛んでいる。
蛇と鰐は・・・まあ、残っているわけがないか。
俺は『低速化』の初期原型を自らに掛け、ゆっくりと地上に向かって降りて行く。
でも、中々地上に着かないので、現状整理してみようと思う。
まあ、魔力感知で気が付いたことをまとめてみるだけなのだがな。
どうやら俺は、まだまだ魔法の原理を理解出来ていなかったようだ。
魔力感知で見てみて分かったのだが、初期原型にも、高位・中位・低位と階級があるようだ。
例えば、断絶や暴走の様に 『働き』 が大きいモノ程、消費する魔力が多い。
これが高位の初期原型。
注入の様に、あまり大きな『働き』のない初期原型は、低位の初期原型という
感じだ。
あと、規模によっても消費する魔力が変化する。
例えば、擦り傷は少量の魔力で直せるが、怪我が大きくなればなるほど大量の魔力を要する。
断絶などでは、断絶する空間の大きさによって魔力消費量が変化する。
だから、恐らくこの世界の魔法原理では 詠唱魔法 はとても非効率な魔法に分類されると思う。
と言うのも詠唱、例えば 『豊潤なる大地よ、我にその恵みの一部を分け与えたまえ、治癒(ヒール)』の場合、意味がある単語は『豊潤』『大地』『分け与え』『治癒(ヒール)』の四つだけだ。豊潤が『強化』:大地が『増幅』:分け与え=魔力の補助をしてもらう、これを魔法で例えるならば『魔力吸収』=強化や増幅と似た効果を持つ魔法である。
別に何ら問題なように思えるかもしれないが、詠唱とはそれ自体が魔法言語であり、言葉一つ一つで魔力を消費する。
それに、似たような効果を重複させたり無意味に使い分けたり、と、発動も遅く魔力消費も多くなり、調節も面倒、欠点しかない非効率なモノであることが分かる。
これなら、俺がさっきやった魔法の様に、初期原型のみを組み合わせた魔法の方が、発動時間も短く魔力消費量も自由に調節できる。
それに何より、単純で使いやすいではないか。
色んな異世界物で魔法=詠唱と言うイメージがあったから、それに
固執しすぎた様だ。
我ながら、少々柔軟性に欠けた考え方をしていた。
おっと、丁度地面に着地出来そうだぞ。
と思った瞬間、俺の魔力が尽きて思いっ切り地面に激突する。
「かはっ!」
痛ぇ、クソ痛ぇ、魔物じゃなかったら大怪我だったぜ。
幸い、頭を打つことはなかったが、それ以外の場所が猛烈に痛い。
治癒魔法を掛けたいところだが、もう魔力がない。
俺の考えた究極魔法は、本当に危険な時以外使用禁止だな。
俺がそんなことを考えていると、誰かが俺のことを呼ぶのが聞こえた。
恐らく、と言うか確実に麗香さんとフィアナさんだな。
「こっ・・・ち・・れ・・す」
大きな声を出して二人に居場所を伝えようと思ったのだが、声が出なかった。
と言うか、体が全く動かない。
骨は折れていないし、最近は魔力切れにも耐性が出来てきた。
恐らく脳震盪だろう。
前世で一度経験したことがある。
あの時は、脊髄をやって二度と動けなくなったのではないかと、涙を
浮かべたものだ。
親と教師と医者には笑われたが。親と教師と医者には笑われたが!親と教師と医者には笑われたが‼
3回言ってやったわ!
それはいいとして、二人なら問題なく俺を見つけてくれるだろう。
と、噂をすれば何とやら
「不死者(アンデッド)殿、何をしておられるんですか・・・まさか、
このクレーターは」
俺を見つけた麗香さんは、呆れた様な声でそう言った。
確かに、不死者(アンデッド)だった頃から魔法の練習の為に、何度か問題を
起こしたことはあったが今回も俺のせいにされるとは心外だ。
まあ、俺がやったんだけど。
全く動けない俺を見て、何かを察した麗香さんがフィアナさんを呼んでいるのが
聞こえると同時に俺の意識は完全に暗闇に飲み込まれた。
目を覚ました時、見慣れた洞窟の天井が目に入って来た。
それと同時に、麗香さんの質問が飛んでくる。
「喰屍鬼(グール)への進化と言い、あの巨大なクレーターと言い・・・全てを説明してください」
あからさまに怒っている顔をしながら、威圧する様な声で麗香さんはそう言った。
話しても何ら問題ないことなので、俺は全てを嘘偽りなく麗香さんに話した。
麗香さんは、俺の話を聞くと今までに見たことない様な、動揺した表情を見せた。
曰く、正常な場合、存在進化は年単位で行うモノ。
数ヵ月でなど、夢物語の様なものらしい。
それに、魔法の原理を話したところ、イマイチ理解出来ていない様だった。
やはり、この世界では詠唱が普及している上、魔法の研究は新たな魔法の製作のことを意味するらしく魔法の原理を研究する学者など、人間にも魔物にも
存在しないらしい?
まあ、俺が予想以上に規格外な魔物だったことに驚いた様だ。
強力な味方が出来るのは喜ばしいことだと、麗香さんは何とか納得してくれた。
「フフフ、それはいいとして、今後どうするかを話し合いましょう?」
俺の話が終わると同時に、フィアナさんがそう言いだした。
この人は会った時からそうだったが、本当にマイペースな人だ。
でもまあ、今回は意外とまともなことを言っているからいいけど。
俺と麗香さんはフィアナさんの意見に賛成し、旅の順路を決めることにした。
と言っても、俺は何も出来ないから傍観に徹するしかないが。
二人曰く、この森から魔帝都に行くまでの順路は
辺境都市ルベルト→第二農耕地帯ロンディーヌ地方都市スザンターク→商業都市
ヘルバンティア→第二の首都:商業中心機構都市ヘルバンティア→そして、魔帝都
アルバンティア という感じらしい。
普通に行けば、年明けには魔帝都に着けるらしい。
「まあ、馬車の運賃や宿、食事代などの問題もあったのですが」
麗香さんは、そう言うと俺の方を見て溜息をついた。
ふっふっふ、俺は鈍感系主人公ではない。
俺達は仕留めた魔物の素材をしっかりと回収している。
それを冒険者ギルドに持ち込めば買い取って貰えるのだろう?
そうだ、それ以外に金を集める方法はないはずだ。
俺は主(メイン)戦力(アタッカー)にはなれない。
確かに、魔力を存在進化により手に入れ、強力な魔法を使えるが・・・。
魔力切れを起こせば気絶して暫く動けなくなるし、魔力量も亜人や魔人と比べれば
まだまだ全然ない。
開発家のスキルを駆使した戦い方が恐らく俺に一番合ってるしな。
討伐した魔物の素材の一部を貰いたいのだが、大丈夫だろうか。
まあ、無理だったら無理だったで別の方法を考えればいいし、ダメ元で麗香さんに
聞いてみよう。
「あの~、魔物の素材ですが、少し貰っても大丈夫ですか?」
結果から言うと、問題なく了承された。
理由は、討伐証明部位と魔石さえあればそれでいいらしい。
この世界では魔物の素材を使う文化はあまり発展していない様で、魔導具の核の部分を担う魔石以外は家畜魔獣の餌としての用途以外では扱われない様だ。
まあ、家畜魔獣の需要がありすぎるせいで、野生の魔獣の素材はあまり重視されて
いない?のかな。
確かに、使用用途を決めて、そのためだけに使う最高級の素材と、自然で育っただけの素材では価値に大きな差が生まれるしな。
どうせ俺の作り道具は基本的に使い捨てだ。
質の良し悪しを気にする程のものではないから、無料で使える素材が大量にあるのはただただありがたい。
早速、俺は鼻歌を歌いながら、異空間道具箱(アイテムボックス)の中身の確認を
開始する。
そう、会話に入れない俺はとっくに旅の順路など気にしていなかったのだ。
S級やA級の魔物の素材、開発家のスキルで分かっていたことなのだが、相当強力なアイテムが作れそうだ。
大毒蛇の毒は、象でも一瞬で殺すことが出来る。
まあ、危険+希少なせいで数はまったくないんだけど。
他にも数多の高級魔獣の素材が異空間道具箱(アイテムボックス)の中に
入っている。
大鯰の脂身は、良く燃える上潤滑剤にもなる。
希少金属蜥蜴の鱗は、硬度の高い防具制作や鋭いナイフ製作に用いることが
出来る。
だが、最も俺が興奮している素材は 爆炎土竜 の燃料器官にあった粉だ。
率直に言おう、火薬だ。
火薬と似たような効果を持つ粉、量産は不可能だろうが、現代兵器を作ることが出来るかもしれない。
直近で作れるのは、手榴弾くらいかな。
鉱石がなくても武器や兵器を作れるとは、理想的な世界だな。
もしかしたら、石油の代わりになるモノもあるかもしれないな。
俺は、二人が呆れながら旅の順路を決めている横で、早速道具制作に
取り掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます