第2話

この毒沼地帯は魔帝国の辺境、首都である魔帝都アルバンティアとは最も遠い場所にあると言っても過言じゃない。

なので、魔帝都に行くまでに3つの都市と大農耕地帯を通ることになる。

道中幾つかの危険地帯もあるが・・・そこに着いてから考えることにしよう。

ああ、言い忘れていたけど、存在進化時に新たなスキルを獲得した。

異世界転生物の定番 『異空間道具箱(アイテムボックス)』 である。

この世界では、異空間道具箱(アイテムボックス)は魔法ではなくスキルに

該当するらしい。

まあ、これを作り出し魔法の術式を考案するのは相当苦労するだろうし、仕方のないことだと思う。

それともう一つ、魔法が扱えるようになった。

初期原型を数個だけ組み合わせた単純なモノだが、ないよりは断然ましである。

とまあ、こんな状態で魔帝都までたどり着けるか不安だが、ゆっくりと旅行気分で向かおうと思う・・・はずだった。


「うぁぁぁぁぁ」


毒沼を抜けた先は・・・地獄だった。

人間や知恵ある魔物の住まない、知恵無き魔物巣窟(まものじごく)。

不死者(アンデッド)如きがこんな危険地帯突破出来るのか不安だ。

え?今何してるかって、はっはっは、見ての通り 凶暴な魔狼の群れ に追いかけられているところだ!

あいつら、初期原型を幾つか組み合わせた初期魔法如きじゃ止まらない。

現在持ち合わせている素材も少なく、護衛用のアイテムも無いもので・・・。

つまり、俺はいいカモってやつだな!

とりあえず、狼公(わんころ)と俺様の我慢比べってことだ。

俺は『加速』と『温存』の初期原型を唱えて、全力疾走した。

初期原型には俺のありったけの魔力を込めたから、それなりに持つだろうけど、効果時間内に逃げきれなかったら、確実に食い殺されちまうな。


「うぉぉぉ、俺は不死身の・・・」


そう言えば、こっちの世界の名前なかった。

知恵ある魔物の中でも最も弱い存在だからな。

名前を付けてくれるような主もいないわけだ。

それはそうと、どうやら魔狼の群れから逃げ切ることに成功した様だ。

俺は安堵の溜息をつき、一旦辺りを見回す。

毒沼を抜けた先には、広大な森?が広がっていた。

まるで、ベル〇ルクの世界に入り込んだ様な気分だ。

何と言うか、不気味で、森自体が生きていて、俺のことをずっと観察している様な。

森、観察、不気味・・・まさか!

俺が思い至った時には時すでにおす・・遅し、樹霊(トレント)に囲まれていた。

不味い、本当に不味い。

魔狼から逃げる時に魔力を全て使ってしまったせいで、攻撃手段がない。

更には、魔力切れで意識が朦朧としている状況。

最早ここまでか。


「くっ、殺せ!」


くっころ、これが俺の最後の言葉になるとは・・・。

ああ、この9年と3ヵ月と12日の間に俺は一体何をしただろう。

うん、魔法の研究と罠に掛かった魔物を殺すことしかやってないわ。

本当にロクでもない人生だったぜ。

俺が目を瞑って覚悟していると、変な声と共に轟音が聞こえてきた。


「それは困るな、君は良い男そうだから」


ドン、ドン、ドンと爆発音が響き、砂埃が舞う。

ゴホ、ゴホと咽てしまった上、砂埃のせいで周りの状況を確認できない。

俺は出来るだけ呼吸を浅くして、服の袖で口と鼻を覆い、砂埃が治まるまで耐えた。

暫くして目を開けてみると、目の前にぃ~~エロス!な格好の女性?少女?が

立っていた。

ボンキュボンの見事なバランスの体、身長は・・・そこそこ高い。

額には小さな角が二本、更には、蝙蝠(コウモリ)の様な翼が背中から生えている。

あふれ出るエロスに、悪魔の様な角と翼、この様な特徴を持つムフフなお姉さん。

フム!我の見立てによるとこの者は・・・


「淫魔(サキュバス)?」


俺の声を聞いた淫魔(サキュバス)?は、腰に手を当てて偉そうにこちらを

振り向いてきた。

そして、鼻を高くして堂々と、大きな声で俺にこう言い放った。


「フッフッフ、そうよ」


そしてやっと俺の方を向いた彼女は・・・俺の顔をまじまじと見て、大きな溜息を

ついた。

恐らく、俺が不死者(アンデッド)であることに気が付いたからだろう。

まあ、死んでいる人間から精気なんて取れないし、わざわざ助けて貰ったのに申し訳ないな(下心はないぞ!)。

何かお返し出来る様な物も持ってないしな。

そもそも、魔力切れで意識が朦朧としているから、立っているだけでも

辛いのだが・・。

ああ、頭がくらくらする、と思った次の瞬間、俺は気絶していた。

薄れて行く意識の中、二人の女性が俺をどうするか言い争っているのが聞こえてきたが、俺にそんなことを気にする余裕はないのであった。



ゆっくりと目を開けると、前世の自分の部屋の天井が見えた。

これが夢なのか、あっちに行ったのが夢だったのか・・・。

まあ、どうでもいい。

穴だらけでゴミだらけの自分の部屋・・・もう何年も換気をしてないせいか、部屋の中は超埃っぽい。

ニート、と言われればニートなのだが、一応浪人?と言う形ではある。

親には〇〇大学を受験するとは言ってあるが、受験勉強は一切していない。

偏差値をそれなりに高い所にしたから、ニート1、2年目は親や兄弟の目もまだ優しかったが、3年4年となってくると、流石に厳しい目で見られるようになっていた。

そろそろ出て行けクズニートと言われ、追い出されるかなと思っていたところで、向こうの世界に転生?転移?したのだ。

ああ、あっちに行ったのが夢でなければの話だが。

この部屋を見ると・・・色々と嫌なことを思い出す。

俺は少々特殊な理由でニート擬きになった。

自分を見つめ直すにはいい機会なのかもしれないな。

そう考えた矢先、俺の腹に大きな衝撃が走り飛び起きた。

どうやら、異世界に行った方が現実だったらしい。

辺りを見回して色々と確認する。

まず一に、俺の腹に甚大な被害を出させた首謀者は俺を救ってくれた

淫魔(サキュバス)のお姉さんだ。

二に、意識が薄れて行く中、聞こえてきたもう一人の女性の声の正体は、

蜥蜴人(リザードマン)のお姉さんだったらしい。

三に、此処は洞窟のようだ。

そして最後に、俺が起こされた理由は・・・


「お兄さん、食事が出来たよ」


俺はありがとうございます、と言って差し出された器を受け取った。

すると、淫魔(サキュバス)のお姉さんは無言で立ち上がり、洞窟を出て行った。

まあ、何をヤりに行くかは分かるが、そうか・・・この世界の淫魔(サキュバス)は種族関係なくヤるのか。

だが問題はそこではない。

綺麗な姿勢、高位貴族の様な所作、凛とした表情。

ああああああああ、箸の持ち方すらままならない俺が、アニメに出てくるザ・完璧貴族令嬢の様な蜥蜴人(リザードマン)と食事をするなんて、無理です(涙)。

俺が心の中で色々と悶えていると、蜥蜴人(リザードマン)のお姉さんの方から話しかけてきた。


「貴方、不死者(アンデッド)にしてはかなり知能が高いようですが・・・

希少(レア)ですか」


うぅぅぅ、観察眼までもっているのか。

蜥蜴人(リザードマン)は魔人級とまでは言わないが、亜人と言われ魔人の次に強い種族に分類される。

ついでに、淫魔(サキュバス)は魔人である。

そして、骸骨人(スケルトン)や不死者(アンデッド)の様な知恵無き魔物・・・否、ここで魔物について少しだけ知識を改めるとしよう。

基本的には、知恵ある魔物を魔物と呼び、知恵無き魔物を魔獣と呼ぶ。

人間からすれば、どちらも魔物と呼ぶ存在なのだが、俺達魔物からすれば、そこをしっかりと区別しなければならない。

そんな中、俺達下級の魔物は違魔獣(ノービースト)と言われている。

まあ、差別用語みたいなものだ。

本来は単純に低級魔物と言われている。

何が言いたいかと言うと、知恵無き魔獣と同等扱いされている俺達が、魔人や亜人に敵うはずがないのだ。

彼女達に嫌われる=命の灯が消える。

嘘をつくべきか、本当のことを言うべきか。

・・・さっきから蜥蜴人(リザードマン)のお姉さん、まじで無表情なんだが。

もしかして、無表情(ポーカーフェイス)も出来るのか。

読めない。

彼女の全ての能力がまったく読めない。

未知数の敵には出来るだけ先手を打ちたいが、相手は既に俺の命運を握っている。

最早全てに置いて先手を打たれている状況だったな。

嘘は恐らく愚策だろう。

まあ、不死者(アンデッド)程度の希少(レア)なら別に危険視されない

だろうしな。

俺は大きく深呼吸をして、彼女の問いに答えた。


「ええ、希少(レア)の個体ですよ」


仮面の魔人と出会ってから数週間、言葉を発する練習をして来た。

対話をした時に、テンパって片言にならないか心配だったのだが、問題なく

会話出来て良かった。

そんな俺を他所に、彼女は何か考えに耽っているらしい。

それにしてもあの仮面の魔人、色々と不思議だ。

不死者(アンデッド)の俺を骸骨人(スケルトン)と呼んだし、非常に

希少(レア)と言っていた。

俺が転生者と気が付いているのか、それとも他の低級魔物と比べて妙に知恵が回ることに気が付かれた?

明らかに通常の魔人と違うことが分かる。

魔王直属の強力な魔人とかなのだろうか。

魔王直属の強力な魔人が、希少(レア)な魔物を魔帝都に呼び集めている・・・。

絶対にロクなことないよな。

反乱を起こすために兵を募っているのか、戦争が始まりそうで強力な魔物を

徴兵しているのか。

どちらにせよ、魔帝都に着かない限りは分からないな。

俺が仮面の魔人について考えていると、彼女から予想外の質問をされた。


「仮面を付けた魔人殿に、魔帝都に行くように言われましたね?」


俺は彼女の質問に驚きはしたが、平静を装った。

それは、彼女がどの様な立場にいるかによって、俺の命運を大きく分けるからだ。

仮面の魔人は、自らが魔王直属の魔人とは名乗らなかった。

それどころか、素性も何も話さずにさっさと俺の前から消えてしまった。

奴の行動は怪しい。

警戒しなければならないだろう。

そしてもし、彼が武装蜂起を考えている者の使いだとしたら、それを阻止しようと

魔王が動いていても不思議ではない。

彼女らが魔王の使いだとしたら、警戒しなければいけないだろう。

魔人と接触した者を直接的に殺害することはないだろうが、情報を吐かせるために尋問という名の拷問を受けることになるかもしれない。

多くの情報を自ら公開しない魔人の行動からして、俺が捕まって拷問されていても、助けに来ることはないだろうしな。

だが、武装蜂起を考えている者が、魔王軍の本拠地である魔帝都に兵を集めるとも

思えない。

俺にまともな説明をせずに何処かに行ってしまった理由は分かる。

高位の魔人ともなれば、丁寧な説明をせずとも、低級の魔物なら従わせることが

出来る。

なんせ、我々の様な弱者は、強者に逆らうことすら出来ないのだから。

それに恐らく、俺達の様な低級魔物は知能も低いし、扱いやすい駒になるだろう。

「武装蜂起成功後は、地位や金をやる」

と言えば、俺達の低級魔物は絶対にその餌に喰いつく。

地位や金さえあれば、ある程度なら自分よりも高位の魔物を見返すことが出来るし、自由も手に入る。

仮面の魔人の行動には多くの違和感を覚えるが、考えれば納得出来る要素も

しっかりとある。

選択肢を絞り込めてしまうが、決定打がない状況だ。

仮面の魔人の狡猾さには、今更ながら驚かされた。

まあ、先程俺は彼女に嘘をつくのは愚策と考えたところだ。

ここは素直に答えた方がいい・・・と信じて、正直に全てを話す。


「ええ、その仮面の魔人様から魔帝都に行くように言われました」


魔力は回復している、逃げる準備は万端だ。

俺は彼女の反応次第では逃げなければと考え、一応身構えておく。

無論、無表情(ポーカーフェイス)+バレない程度の身構え、でだ。

彼女は傍らに槍を置いている。

風貌からも察していたが、恐らく彼女は戦士だ。

全魔力を持って逃走を図れば、何とか逃げ切れるはずだ。

まあもし、淫魔(サキュバス)の姉ちゃんが近くにいたら、それも

不可能だろうが。

俺の答えを聞いた彼女は、少しだけ表情を緩め、意外なことを話し始めた。


「そうですか、私達は仮面の魔人殿 スティア殿 から貴方を魔帝都まで案内する様に頼まれたのです」


彼女、麗香(レイカ)の話曰く、近々人間と魔物の間で戦争が勃発する可能性が

あるらしい。

奴等は、魔王の代替わり・・・先代魔王が亡くなり、色々と忙しいこの時期を

狙った様だ。

人間の軍隊が侵攻してくるのは、恐らく来年の春。

それまでに、軍隊を強化するとの魔王様の命を受け、高位の魔物達が各地から強力な希少(レア)を呼び集めているとのこと。

彼女は魔王直筆の命令書まで俺に見せて説明を行った。

どうやら、警戒していたことがバレていた様だ。

それはいいとして・・・戦争。

前世では憧れていたものだ。

こう見えて、意外と俺は歴史&軍事オタクだったのだ!

まあ、三国志、第一次と第二次世界大戦、日本史が多少出来る程度の、中途半端なオタクではあったが。

どうせ前世はクズニートだ!今世では他人の為に生きるのも楽しいかもしれないし、魔物としての生を謳歌してやろうではないか。

ああそれと、注意事項なのだが蜥蜴人(リザードマン)の麗香さんと、

淫魔(サキュバス)のフィアナさんは護衛ではなく道案内人でしかない。

俺自身も、この旅で格を上げないといけないし、基本的には戦闘に参加してこない。

俺が窮地に陥った時や、敵の数が大多数の時は援護してもらえるが、基本的には俺が一人で戦闘を行うことになる。

でも・・・俺は圧倒的なまでに戦闘職には向かない。

扱える魔法は基礎ばかり。

近接戦闘はからっきしで、戦闘向きのスキルも持っていない。

ゆっくりと格を上げて行くつもりだったのだが。

まあ、時間は来年の春までだから、今は真夏で時間はそれなりにある。

年明け位(くらい)に魔帝都に着くように調節しながら、冒険するとしよう。

でも・・・圧倒的な格上の女性二人と一緒に旅とは、陰キャには辛い

だけなのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る