第16話 モルド講和条約

西暦2031(令和13)年9月23日 ダキア王国北東部 港湾都市モルド


 戦争序盤にアーレンティア帝国が占領するも、日本の反撃を受けて奪還された港湾都市モルド。その市内のホテルにて、十数人の官僚が集っていた。


「現在、ゾルシア共和国はガロア皇国の侵攻を受け、壊滅的打撃を被っているとお聞きしております。そして彼の国の敗北は貴国にとっても非常に拙い事であると、我が国も理解しております」


 日本国政府全権大使を務める外務大臣の言葉に、アーレンティア代表の外交官は力弱い様子で頷く。何せ格下扱いしていた国と、立場がまるっきり入れ替わる形で外交交渉を行う羽目になったのである。屈辱以上に国家が致命的打撃を被って耐えきれぬ程の苦痛で疲弊し、文句の一つすら言えぬ惨状に身を置いているのが今の彼らであった。


「よって我が国は、貴国に対して技術支援を行う事を決定いたしました。悲しい事に我が国は投じる事の出来る兵力が少ないため、援軍を直ぐに派遣する事は出来ません。ですが、貴国が欲するタイプの兵器は直ぐに供与できるでしょう」


 転移後、日本は自国産業に一定の余裕を確保しつつ、ENA加盟国の経済状態を向上させるため、ロシア連邦サハリン州やダキア王国に対して造船所の整備を支援。日本で建造されるものと同等の船舶建造能力を得ていた。そしてダキアでは、旧式艦艇を更新する目的も兼ねて新型駆逐艦の整備が進められていた。


「こちらの設計は我が国が行ったものです。故に、短期間のうちに量産する手段があります。そして既存の艦艇でも運用できる兵器を供与する事を考えております」


 要はアーレンティアを体のいい肉壁にしようと目論んでいるのである。だがその条件を呑む事で得られるメリットは余りにも大きすぎる。何せ自分達に苦汁を飲ませた力を得られるのだから。


「そのためにはまず、我が国及びダキア王国との講和、そして我が国の船舶に対する一方的な攻撃への謝罪を願います。これを飲んでくれなければ、我が国は残念ながら、貴国が西からの侵略者に蹂躙されるのを座視するしかありません」


 要は講和しなければそのまま見捨てる、という事である。そして現在、ガロアは余剰兵力を帝国西部の沿岸地帯に送り込み、分かりやすい形で威圧を仕掛けてきているのだ。これをどうにかしない限り、ゾルシアはガロアによってそのまま滅ぼされ、アーレンティアは安全保障上よろしくない状況に置かれるのだ。拒否するという選択肢は最初からなかった。


 斯くして、後に『モルド条約』と呼ばれる事になる講和条約によって、ENAとアーレンティア帝国間の戦争状態は終わりを告げた。


・・・


日本国東京都 首相官邸


「それにしても、随分と旨い条件を出したな。我が国の立場が危うくならないか?」


 西条の問いに対し、黒木防衛大臣は不敵に笑う。


「ご安心ください、総理。確かに誘導弾を開発・生産するために必要な技術は渡るでしょうが、その技術の多くは民生品に用いられているものであり、自衛隊で採用されているものに比して性能が劣るタイプとなるでしょう。それに対抗策も取りやすいですし、再び我が国に戦争を仕掛けてきたとしても、余裕で対処できます」


 いわゆるモンキーモデルとでも言うべきクオリティであるが、それでもこの世界にとって脅威的な兵器をアーレンティア帝国が手に入れる事になるのに変わりはない。であれば対処のしやすい程度に調整しても文句はないだろう。


「それに現在、我が国は急ぎ戦力の整備に力を入れている。よしんば負けたとしても、その頃には自衛隊は十分な状態で侵攻軍を返り討ちに出来ましょう。これまで我が物顔で周辺国を苦しめてきた分、その報いを彼の国に受けてもらいましょう」


 そう言う黒木と、渥美の顔はどす黒い感情を醸し出していた。

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