第33話:ティナの苦悩 ~家族の温かさ~

8色8役聖騎士、生き残った士官候補生と新兵、首都防衛軍は首都へ戻り、各戦線に投入されていた。

巨壁要塞防衛軍は、巨壁要塞へと帰還する。

戦争とは残酷なモノだ。

各戦線に配置された兵士は、水の様なスープと硬いパン、薬漬けの保存食を食す日々を送ることとなる。

民間人も、お世辞にも美味しいと言えない様な食事をしていた。

大総統や政治家の方々、軍の上層部は、自らの給料を使い、魔導温室菜園の建設を行った。

その者達の中には、王獣魔導隊の隊員・隊長や8色8役聖騎士の名もあった。

そうしてもう一つ・・・民間人は、自らの親族の訃報を聞くこととなる。

夫、父、息子、兄妹、姉妹、妻、娘・・・。

だが・・・その逆に、親族の顔を見ることも可能な家族もある。


「父上、母上・・・ただいま帰りました」


ティナの声を聞いた、ティナの母であるシェリル・ベルフォスは全てを放り出して、玄関へと走っていき

ティナの顔をまじまじと観察すると

「お帰りなさい」

と言って、ティナを強く抱きしめた。

戦場の恐ろしさ、どれだけ死が身近にあるか、ティナの両親は理解している。

彼らもまた、多くの仲間を友を・・・家族を戦争で失っている。

ティナは続けて、父であるカイル・ベルフォスに挨拶しに行く。

そして・・・妹のエミリエと共に、兄ゼイスの墓を訪れる。

ゼイス兄は、5年前の連合国との戦争で戦死した。

私も、母も、父も、妹も、大きなショックを受けた。

エミリエは、私と兄を真似て軍人になろうとしていたが、家族全員がそれを止めた。

結果、エミリエは高級洋服店を営み、それなりの生活を送っている。


「ティナ姉、また傷が増えたね」


エミリエは、私の頬に触れながらそう言った。

とても悲しそうな顔だ。

エミリエは、私のことを 女性 として見てくれる数少ない存在。

他では、ミラとシェル・・・王獣魔導隊の皆と、両親くらいだ。

他の人間は、私を 赤の獅子 として見る。

大帝国の切り札、最強の魔導師、底なし魔力のティナ将軍、どれも過大な評価だ。

人殺しをしておきながら、身近の大切な存在すら守れない無能。

それがティナ・ベルフォス、過大な評価を貰っているだけの無能軍人の正体だ。

家族に心配をかけることは出来ない。

笑顔を保ち、傷も、仲間のことも、気にしていない様にする。


「ティナちゃん、エミちゃん、ご飯が出来たわよ」


母上が私達のことを呼ぶ。

「はい」

と返事を返して、私は食卓に向かった。



家のベッドは柔らかい、家族との食事は美味しい、家の中は温かい、暖炉の傍の椅子は落ち着く

・・・でも、血の匂いは此処でも匂って来る。

同胞の死が、頭の中を何度も駆け巡る。

ベルヘンを歩いていると、暗い顔をしている人、時には大きな声で泣いている人を見かける。

戦争で人が死ぬのは必然・・・仕方のないことだ。

大帝国軍人は誇り高く、死を恐れない。

でも、家族は違う。

考えてしまうのだ。

私にもっと力があって、多くの同胞を救えたらって。

私は部屋の片隅に置いていた剣を持って、家の外へと出る。

既に冬真っただ中のベルヘンは、白銀の世界と化していた。

剣を鞘から抜き、構える。

戦の後・・・兵士の家族のことを考えてしまう。

私の母は、ゼイス兄を亡くした時、泣きはしなかったものの、とても辛そうな顔をしていた。

あの母の顔は、私の脳裏に焼き付いて離れない。

私の殺した兵の母親も、あの様な顔をするのだろうか。

否、するのだろう。

ゼイス兄を奪った戦争は、父と母・・・そして、私の 職務 である。

ゼイス兄を失った時は、私が家族と大帝国国民を守らなければと思った。

でも・・・人間は人間。

そこに差はない。

敵だからと言って、人間じゃないわけではない。

それぞれの国には、それぞれの正義がある。

だから国が乱立する。

時折、静寂が訪れるとそんなことを考えてしまう。

故に、私は剣を振るう。

考えない。

そんな哲学的なことを考えるのは、私の仕事ではない。

国の正義を考えるのも私の仕事ではない。

私の仕事は、その国の正義の定義に従い、上の命令に忠実に従い、国の正義を執行することだ。

それが軍人の仕事だから・・・そこから足を踏み外せば、誕生するのは独裁者だ。


「はぁぁぁぁ」


だから、考えるな、剣を振るえ。

速く、強く、鋭く、重く、一撃必殺を意識する。

躊躇えば、同胞が殺される。

私は迷えない。

隊員達の尊い命を預かっている。

私の使命は、彼女らを守り、無事に家に帰すことだ。

なのに・・・シーシャを、そう考えると、私の体全身が熱くなり、心の底から煮えたぎる様な

熱が頭を駆け抜けた。


「あああああああぁぁぁああああああああああぁあああああああああああああ・・あ・・ぁ・・ぁぁ」


むしゃくしゃする。

剣を振れば収まると思っていたのに。

頭の中がぐしゃぐしゃだ。

まるで・・・私じゃないみたい。


「その気持ちが、大切なのよ」


後ろを振り返ると、母が立っていた。

哀れむ目でも、悲しむ目でも、慰める目でも、何でもない、母の目をしていた。

よく分からないけど、そう感じた。

母は私に毛布を掛けてくれて、家の中まで連れて行ってくれた。

暖炉で温まりながら、自家製の紅茶を入れてくれる。

ああ、やっぱり、家の・・・家族の温かさだけが、戦場を忘れさせてくれる。

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