第32話:窮地 ~大帝国の存亡~

ティナ、シェル、ミラは大いに悩んでいた。

戦況は最悪だ。

悩んでいる時間すら惜しい。

だが、判断を間違えれば巨壁要塞どころか、鉄壁要塞をも敵に堕とされる可能性がある。

情報部の報告曰く、鉄壁要塞はアルフィナ少将率いる第八魔導武装白兵戦連隊が善戦し、何とか持ちこたえて

いるらしい・・・状況は芳しくないが、、巨壁要塞側の方が更に不味い状況だ。

敵魔導工兵による、グリュンベル大河架け橋作戦が成功し、簡易的ではあるが、大河に3本の橋が架かった。

これにより、今まで以上に防衛が困難となる。

一刻も早く簡易橋を破壊したいが、敵精鋭魔導師部隊が、鉄壁の陣を敷いて防衛に当たっている。

敵の増援11万が到着するのを待っているのだろう。

それに・・・王獣魔導隊が敵の中枢部を叩いている間に、オスベル大将とジール大将率いる前線部隊が

巨壁要塞に攻勢を仕掛けてきた。

王獣魔導隊のいない隙を狙っての攻勢と考えたドナード提督は、兵士達に全力で要塞を守ることに集中しろと

命令したのだが、それが判断ミスだった。

敵の狙いは、要塞城壁を修理する魔導工兵であった。

敵の殆どの魔導師は攻城魔法及び広範囲破壊魔法の行使を行い、城壁破壊に専念する。

敵は基本的には歩兵戦力のみで、魔導工作兵だけを狙い吶喊してきたらしい。

味方の損害は軽微で、敵には大きな損害が出たらしいが、味方の損害の殆どが魔導工作兵。

敵の魔導師戦力は消費していない状況。

これを非常事態と言わずして、何時非常事態と言うのか。

それに、ティナ達の作戦は微妙な結果に終わった。

軍王騎士、幼王騎士、戦王騎士は重傷で本国へ帰還。

残王騎士と慈王騎士は戦闘は不可能だが、体を動かせるので指揮官として未だに健在だ。

それに、狂王騎士と冷王騎士は無傷の状態。

それに対し、ティナ重症、シェル重症、ミラ重症、アアメル重症、他負傷者幾名かの状態で

主戦力の機能が大幅に低下している。

更には、王獣魔導隊のいない分、要塞城壁修理班護衛の負担が大帝国近衛師団に回って来て

大きな損害を出した上、ジーク提督も大きな怪我を負ってしまう。

戦略的にも戦術的にも、大敗とまでは行かないが、敗北してしまったのは事実。

だが、冬・・・雪が積もる様になるまでの間まで耐えきれば私達の勝利だ。

まだ敗北ではない。

戦略的にも戦術的にも敗北したのは事実ではあるが。

でも、戦局が変わっただけだ。

敗北ではない。



戦況は即座に総統官邸の総統の下へと届き、緊急会議が開始された。

現在の各戦線の状況は

鉄壁要塞方面軍8万7千+元巨壁要塞方面軍8万―共和国軍22万4千+帝国軍33万

天空要塞方面軍46万+元巨壁要塞方面軍9万―連合国軍70万

不落要塞方面軍30万+元巨壁要塞方面軍7万―王国軍45万

魔導要塞方面軍65万+元巨壁要塞方面軍21万―民主平等国軍145万+最終援軍10万

巨壁要塞方面軍3万2千―帝国軍1万+敵の援軍11万

戦況は場所によっては最悪。

一歩間違えれば大帝国が滅びる状況だ。

更に、王獣魔導隊の第三小隊副隊長シーシャ・メメント大佐の訃報と、各隊長が重傷を負い

身動きが取れないとの報告もある。

共和国方面戦線も、段々と限界を迎えつつある。

巨壁要塞の城壁修理も、魔導工兵の多くが動けない状況下で行うことになる。

軍部上層も如何にこの状況を乗り越えるかで、揉めているし・・・。


「育成中の新兵及び、士官候補生を臨時で前線に投入しろ」


最悪の判断だったが・・・それ以外に、動かせる兵力はなかった。

そして、即座に新兵8万と女性魔導士官候補生60名が共和国方面戦線へ

男性魔導士官候補生千名、特に重力魔法に長けた者を重点的に巨壁要塞へと送った。

魔導師は即座に要塞に到着するだろうが、歩兵は一週間程度は掛かる。

共和国方面戦線は絶望的だが、彼らが持ちこたえてくれなければ・・・大帝国は滅びる。

陽炎衆、首都防衛軍も・・・かき集められるだけの兵士を集めて、前線へ投入した。

輸送も、民間の企業に委託した。

異例の事態だし、前線を見に行った民間人が厭戦(えんせん)気分になる可能性もあるが

この際そんなことは気にしていられない。

厭戦気分など・・・。

そうして、大帝国必死の抵抗が開始される。



ティナ、シェル、ミラ、アアメルらは、城壁から兵士達の援護を。

その他王獣魔導隊隊員は、城壁の補修の手伝い及び護衛を行う。

が・・・あと一歩の所で、正面の大穴を補修することが出来なかった。

後に『地獄穴の戦い』と呼ばれることになる戦いの始まりである。

ミラ含める、王獣魔導隊第三小隊は、要塞城壁を強化し、攻城魔法への対策に専念した。

シェル率いる第二小隊は、城壁上からの火力支援を行う。

第一小隊は、ティナ、アアメルを除き大穴の前衛部隊として、侵入兵を片っ端から片付ける。

途中までは、巨壁要塞の防衛は上手く行っていた。

だが、敵の精鋭魔導師が、空中火力支援を開始してから、戦況は過激さを増していく。

空中を飛べる魔導師は、基本的には女性の様な強力な魔導師、と言うか男性が飛べた事例は殆どない。

女性魔導師の保有する魔力器官は希少だが、威力が高い。

やはり警戒すべきは、女性魔導師。

城壁で火力支援を行っていた第二小隊は、ティナ、シェルからの命を受け、空中魔導師部隊殲滅へと

向かった。

それまでは要塞内部で指揮を執っていた8色8役聖騎士の諸提督も、今は陣頭指揮を執っている。

1時間後、第一防衛線が破られ、一部城壁と大穴を敵に確保されてしまった。

しかし、王獣魔導隊がかなりの時間を稼いだお陰で、第二防衛線を強固なものに出来た。

更に1時間後、大総統の命を受けてきた、首防衛魔導師と男性魔導士官候補生が到着、反撃作戦を行い

犠牲を出しつつも、大穴と城壁を取り返すことに成功する。

その後も、取られ、取返し、取られ、取返し、を何日も繰り返した。

帝国軍も大帝国軍も疲弊し、いよいよ戦局も大詰めを迎えたかと思われた頃・・・雪が降り始めた。

雪は補給物資の輸送を妨げ、飢えと寒さは兵士の士気を大いに下げた。

輸送に魔導師を活用すれば、戦闘を継続できたかもしれないが、結局は泥沼化し、無駄な被害を出すだけだ。

雪が完全に積もる様になる頃には、帝国軍は完全に撤退していた。

帝国軍の作戦は、虚しくも失敗に終わってしまう。

もし、冬の到来が遅れていたら、帝国軍の作戦実行がもう少し早かったら、負けていたのは大帝国だろう。


「被害は甚大だが・・・国家存亡の危機は乗り越えた」


戦争は終わらない。

冬は休憩・・・準備期間でしかない。

牙を研ぎ、体を休め、獲物をどう狩るか思案を巡らせる。

戦争はまだ終わらない。

来年の春にはもう一度大軍が押し寄せて来る。

だが今度は、我々もその牙を研ぐ時間がある。

奴等にどう復讐するかを考える時間がある。

次は、万全の状態で奴等の攻撃を跳ね返すのだ。

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