第31話:仲間との別れ ~必要な存在~
ティナは進退を決めあぐねていた。
そんな時、シーシャの声が聞こえてきた。
「ティナ隊長、来てください」
ティナは咄嗟に魔法を発動し、後退する。
シーシャはミラの補佐であり、副参謀でもある。
それに、シェルやアアメル、ミラにアメリ達は敵味方共に満身創痍で、まとも戦えるのは
私とシエルくらいだった。
ミラの意識がない今、王獣魔導隊に彼女以上の知将はいない。
ならば、彼女の考えに従うのが現状最もいいだろう。
「まてぇぇぇぇぇぇ、赤獅子ぃぃぃぃ」
だが、シエルがそれを許す訳もなく、近くにあった剣をティナ目掛けて全力で投擲した。
風を切裂き、もの凄い速さで飛んでくる投擲物を避ける魔力など、ティナには到底残っていなかった。
「隊長」
そんなティナの前に、シーシャが飛び出してきた次の瞬間、ティナの顔と軍服に大量の血飛沫が掛かる。
「あ、あ゛あ゛・・あ」
ティナは咄嗟に呻き声を上げながら、地面へ落下しようとするシーシャの体を抱え、残りの力全てを使って
高速飛行による撤退を命令した。
ティナは必死だった。
自らを守るために飛び出してきたシーシャの体からは、大量の血が溢れていたからだ。
傷の深さからして、内蔵の一部が傷つけられていてもおかしくない。
急ぎ傷を手当てしないと、間に合わない。
ティナは隊長としての責務を忘れ、仲間を助けるためにひたすら巨壁要塞へ向かって飛行する。
巨壁要塞の城壁に降り立ったティナは、そのまま倒れ込んでしまった。
ティナの傷も相当なものだし、その上大量の魔力を消費している。
仲間が傷を負ったり、過剰な仕事量に、立場まである・・・精神的な疲労も、限界に達したのだろう。
王獣魔導隊の悲惨な姿に、兵士達の動揺が生まれるかと思われたが、意外にもそんなことはなかった。
それどころか、彼らの闘争心に火をつけることとなり、敵に甚大な被害を与えたという。
要塞内の医務室は地獄だった。
医務室からその隣の部屋、廊下に至るまで、負傷兵がずらりと並び、痛みに耐える呻き声を出している。
そんな中・・・この世から、一人の命が消え去ろうとしていた。
私、死ぬんだな。
シーシャは分かっていた。
否、誰でも分かるだろう。
腹部に大きな損傷を受け、まともな治療を受けられない場所にいる。
今まだ生きているのが不思議なくらいだ。
死に際が近づいている。
周りの音が五月蠅(うるさ)いはずなのに、まったく聞こえない。
自分の呼吸は、今にも止まりそうな程弱弱しいのに、とても大きく聞こえる。
心臓の鼓動も、段々弱くなってるのに、周りの兵士達の呻き声よりはっきり聞こえる。
私、馬鹿だったかな。
ティナ隊長も、シェル副隊長も、ミラ参謀も、アアメルちゃんも、アメリちゃんも、ヴィヴィちゃんも
フィーナちゃんも、皆皆皆皆皆、凄く強くて、優しくて、優秀で、頼りになって・・・自分なんていらな
かったんじゃないかな。
ああ、今皆は前線にいるのかな。
戦ってるのかな。
あの時、撤退して要塞防衛に徹した方がいいと思ったけど・・・皆がいれば、要塞の防衛なんていらなかったかな。
あの戦場で、決着を付けられていたかも。
私、余計なことしたかな。
ああ、なら謝らないと・・・なぁ。
苦しい・・・体の感覚がなくなってきた。
皆の顔、最後に見たかったな。
「「シーシャ」」
「「シーシャちゃん」」
「「シーシャ様」」
殆ど周りの声が聞こえないのに、私の名前を呼ぶその声ははっきりと聞こえた。
皆は・・・皆は、絶対に、前線にいるはず。
私なんかよりも、戦局を見ているはず。
でも・・・でも、その声ははっきりと聞こえてきた。
そして、大勢の足音が私の方に向かって来る。
皆なのか、それとも違うのか・・・分からない。
もう見えない。
何も・・・見えない。
「死なないで」
「生きろ」
「シーシャちゃん」
皆の泣き声と、私を呼び止める声、頑張れと言う声、色んな声が聞こえてきた
でも・・・なによりも・・・ティナ隊長の声が、大きく聞こえた。
「シーシャ、死ぬな、命令だ、お前一人がいなくなると、どれだけの損失が出ると思っている。
お前が必要なんだ」
必要、どんな言葉よりも嬉しい言葉を、ティナ隊長は何度も何度も何度も・・・
でも、急にティナ隊長の声が聞こえなくなった。
皆のもだ・・・何があったのか、もう見えないし、触れられないし、分からない。
でも、暫くして、振り絞るような声で、ティナ隊長が言ってくれた・・・皆が言ってくれた
「ありがとう、シーシャ」
嬉しいさで満ち足りた。
「シーシャ・・・シーシャ、シーシャ」
シーシャ・メメントは、満足そうな笑みを浮かべ、息を引き取った。
享年23歳であった。
ティナも、シェルも、ミラも・・・誰もが涙を流した。
仲間を、親友を、家族を殺されたのだ。
大量の人を殺してきた彼女達には、誰を恨む権利はないだろう。
だが・・・人として、仲間を、親友を、家族を失ったことに対して、温かい涙を流すことは
何者にも咎めることは出来ない。
だが、戦争は無条理にも続く。
大切な仲間が死んでもだ。
惨いことである。
過去にも、今にも、未来にも・・・多くの命の灯がある。
そして、戦争が続く限り、消えるはずでなかった灯が、戦争と言う大津波によって消されていく。
王獣魔導隊隊員達は、シーシャ・メメントの死を忘れない。
彼女の名を、意志を、顔も、性格も、思い出も・・・何もかもを忘れない。
辛いことも悲しいことも、楽しいことも幸せなことも、全て忘れない。
「総員、シーシャ・メメント大佐に敬礼」
涙を拭い、仲間との決別を済ませる。
そして、彼女らは明日も戦場へと出かけ、作戦を遂行する。
それが彼女らの使命であり、仕事だ。
だが、隊長達は違う考えを持っていた。
シーシャ・メメントの様な惨劇を繰り返さないためにも、今まで以上に自らが働かねばと考えたのだ。
シーシャは最後の最後・・・死してなお、王獣魔導隊に必須の存在となるのであった。
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