第13話:敵の味方は敵 ~共和国軍上層の裏切り~

「ビルスク提督、我々は自由に行動を取らせていただきます」


ビルスク提督は、メリナ少将の進言に内心腸が煮えくり返っていた。

しかし、防毒面(ガスマスク)隊の申請だ、否定出来るはずもない。

相手は共和国内でも最も信頼、頼られている部隊だ。

実際、軍部内に留まらず政界にも多大な権力を保有している・・・防毒面(ガスマスク)隊が

ここで来たということは、上級元帥閣下は戦いに終止符を打つつもりなのだろう。

そして、私が上級元帥閣下に望まれていることは一つ・・・彼らの邪魔をしないことだ。

ビルスク提督は不服そうに、防毒面(ガスマスク)隊の自由行動を許可した。

ビルスク提督の返答を聞いたメリナ少将は、副官と共に本部テントを後にする。

黒の白・・・白髪乙女将軍とはよく言ったものだ。

確かに、白髪の良く似合う美しい女性だ。

それに、言葉の端々から知性を感じ取れる・・・文武両道、魔剣両道、防毒面(ガスマスク)隊

発足以来初の女隊長。

無表情(ポーカーフェイス)で考えていることを読み取るのも不可能・・・恐ろしい女だ。

ビルスク提督が丁寧に彼女から読み取れたことをまとめている時、不意に隣から声がした。

無論、振り向く必要などない。

ビルスク提督の隣にいる人物など、ただ一人だからだ。

ビルスク提督は声色一つ変えずに、フィース少将に発言を許可する。

フィース少将は、周りに人がいないことを確認すると、ビルスク提督の耳元で

話し始めた。


「提督・・・少々厄介なことが発生する可能性がございます」


ビルスク提督はフィース少将に詳しく話すように命令した。

フィース少将曰く

上級元帥閣下含む軍部上層は、我々前線の将校に責任を取らせるつもりです。

この時期・・・つまり、我々が圧倒的に優位な時期にわざわざ本国から超精鋭の

部隊が派遣されてきたのはどう考えても変でしょう。

これでは、前線の各部隊の指揮官らが「我らの功績を奴らが奪うのでは」と不満を感じてしまいます。

最初は防毒面(ガスマスク)隊にだけ意識(ヘイト)が向くでしょうが・・・。

・・・提督は防毒面(ガスマスク)隊に 自由行動の許可を出してしまいました。

これにより、防毒面(ガスマスク)隊に向いていた意識(ヘイト)が提督に向いてしまうでしょう。

提督すら信用出来なくなった指揮官らは、独断かもしくは結束して敵要塞に攻撃を仕掛けるでしょう。

ここからが問題です。

もし、敵要塞攻略戦に敗北して被害が出れば・・・提督は本国に招集され、責任を取らされる

でしょう。

成功しても、兵の統率が執れなかった提督は責任を取らされます。


フィース少将の考えを聞いたビルスク提督は呆れていた。

何の根拠も、何の利益もないことだ。

しかし・・・フィース少将の考えはこれだけではなかった。


提督に責任を取らせる・・・この場合のメリットですが、指揮官がいなくなった軍隊は一度、代理指揮官を

立ててその場に止まるか、招集された指揮官と共に本国に戻るかします。

その際は、功績を奪ったと言う指揮官らの怒りを 提督 に向かせることが出来ます。

軍上層は被害を受けずに、嬉々として 防毒面(ガスマスク)旅団 全軍を、大帝国侵攻軍と交代

させるように大帝国に向かわせるでしょう。

軍部上層は初めからこれを狙っていたのです。

我々に要塞を落とさせるか、弱らせるかして・・・残りを超精鋭部隊である

防毒面(ガスマスク)隊に任せて、迅速に大帝国首都を堕としたいのでしょう。

しかし、前線の将校らから 「功績を奪わせる気か」 という反感を軍部上層は買いたくない。

だからこそ、メリナ少将は軍部上層からの命令を受け、わざわざ提督に

「他の前線指揮を執っている将校らから、功績を奪って宜しいでしょうか」

と聞きに来たのです。 

提督、我々反大帝国同盟は 『大帝国との戦争中は、お互いに休戦しましょう』 と言う

『大規模休戦協定』なだけで、ある意味戦争は続いているのです。

大帝国の首都を最も早く堕とした国が、戦後処理によって大帝国の大部分を支配することが

可能になるのです。

そして其れ即ち、後に起こる 第二次大陸大戦 での勝利を意味するのです。


フィース少将は真面目な面持ちで・・・ビルスク提督に究極の選択を迫った。


「提督・・・国か自らかをお選びください」


国か自らか・・・ビルスク提督は既に結論を出していた。

軍人とは、時に自らの犠牲によって多くの人間を救う必要が出てくることがある。

その時軍人は、潔く自らを犠牲にすべきだとビルスク提督は考えている。

ビルスク提督がそういった結論を出すのは、自らの役職故である。

指揮官は高位の者ほど、戦場から遠い場所で指揮を執るものだ。

それに、後方で指揮を執っただけで功績を上げたことになる。

ビルスク提督は、自らの役職が如何(いか)に罪深い物かを理解していた。

味方に敵を殺せと命令する。

それだけでも、計り知れない数の人間が命を落とす。

前線に立つのは将校ではなく、一般兵なのだから。

何時(いつ)か死に瀕した時は、凛として受け入れるべきだと考えているのだ。

ビルスク提督は、毅然とした態度でフィース少将に回答した。


「私は軍人だ、上官が行う作戦に従うのみ」


ビルスク提督の結論を聞いたフィース少将は、そうですか、と小さな声で呟き

静かに本部テントを後にした。



「閣下、あの娘、気が付いておりましたな」


ここは、防毒面(ガスマスク)隊駐屯地本部テントである。

そして、閣下と呼ばれている人物は・・・白髪乙女将軍、メリナ少将である。

メリナ少将は、副官である ボンドーク・フォン・ジェイディック大佐 の

言葉を一切気にしていない。

何故なら、ボンドーク大佐の言っていることなど、メリナ少将はとっくに分かっているからだ。

それに、この戦争の中でもフィース少将は的確で冷静な判断力を見せつけている。

敵の欺瞞工作も見破り、対策もしっかりと行っている。


「あの娘・・・絶対に我々の下に来る」


メリナ少将の不思議な発言に、ボンドーク大佐は首を傾げた。

防毒面(ガスマスク)隊の多くの者は、この部隊の象徴である防毒面(ガスマスク)をしている。

その為、その下に隠れている本当の表情や顔は見えない。

防毒面(ガスマスク)隊は、味方の顔ですら殆ど分かっていない。

その代わり、異常な観察力を身に着けている。

ちょっとした動作、癖、歩き方、食べ方、ほんの少しの動作で誰か判別できる程に。

そこが防毒面(ガスマスク)隊の恐ろしさの一つでもある。

と、本部テントの警護に当たっていた兵士の一人が、メリナ少将に来訪者が来たとテント内に報告しに

入ってきた。

メリナ少将は迷うことなく、その者をテント内に案内するように命令した。

はっ、と兵士は短い返事を返した後、一旦テントの外に出てその者を連れて来る。

来訪者は、メリナ少将が予想した通りフィース少将であった。


「フィース少将・・・何用かな」


とっくに自分の来訪の理由を見抜いているのに、白々しく質問してくるメリナ少将に

少し不満そうな顔をしながらも、フィース少将は膝を地面に付け、メリナ少将に頭を下げた。


「閣下、どうかビルスク提督の罪を軽くしていただけないでしょうか」


共和国軍の規則で、軍の統率を取れなかった指揮官は・・・重い厳罰に処される。

良くて辞任・・・最悪死を選ばざるをえない状況に追い込まれる可能性もある。

今回は、後者の可能性がかなり高い。

理由として、敵の援軍に優秀な参謀がいるようだ。

更には、新鋭部隊まで鉄壁要塞に到着しているとのこと・・・。

暴走し、指揮が乱れた雑兵のような軍隊で勝てる相手ではないだろう。

軍の指揮もまともに取れず、甚大な被害を出してしまえば・・・それは十分にビルスク提督を

殺す理由になる。

しかし・・・政界にも軍部上層にも強大な権力を持っている防毒面(ガスマスク)隊が

ビルスク提督の減刑を願い出れば、恩を売りたい者や恩のある者は確実に同意しざるをえない。

フィース少将は・・・深く頭を下げてメリナ少将に頼み込んだ。

メリナ少将は暫く考え込んだ後、条件付きでフィース少将の願いを叶えることにした。


「フィースよ・・・我が部隊の参謀となれ」


衝撃だったのだろう。

いつも無表情で冷静なフィース少将が、珍しく驚いた顔をしている。

しかし、フィース少将に選択権はない。

ビルスク提督を救う鍵を握っているのはメリナ少将だ。

本気でビルスク提督を救いたいならば、メリナ少将の条件を飲むしかないだろう。

フィース少将は、一呼吸してからメリナ少将に返答した。


「はっ、不肖(ふしょう)の身なれど精一杯お仕えさせていただきます」


満足そうに鼻で笑ったメリナ少将は、後に正式な移動命令を下すと言って

フィース少将を下がらせた。


「閣下、同階級の相手にあの様な言葉遣いでよろしかったのですか」


副官の疑問も分からなくもない。

後にビルスク提督と共に、フィース少将も罰を受け

左遷もしくは降格処分となり、確実にメリナ少将よりも下の階級になることは、二人とも

分かっていたため、あの様な会話になったのだ。

続いて、メリナ少将は超人兵隊の将校らを呼び集め、作戦会議を開く。

無論、要塞を堕とすことから堕とした後の処理まで・・・。

超人兵隊の任務成功率は・・・93%、中央大陸に存在する各国の部隊の中でも

トップクラスの成功率である。

防毒面(ガスマスク)隊は、戦場では臨機応変に行動することが大切と・・・あまり精密な作戦行動を

練ったりはしない。

先手を取れるならば、作戦を精密に考えても良いと思う。

しかし、自らが先手を取れる確証もなければ、敵が先手を取れる確証もない。

並みの軍隊は、彼らの作戦行動の素早さについてこれないのだ。

しかし、今回メリナ少将が超人兵隊の将校らを集めたのは・・・警戒すべき危険分子が

敵に存在するからだ。

そう、王獣魔導隊だ。

何時(いつ)もなら自分たち各部隊の指揮官に作戦行動を一任しているメリナ少将が

今回は自分の作戦通りに動くように指示を出している。

超人兵隊の将校らは、色々と疑問に思うことがあったのだろう。

メリナ少将に、敵にそんな危険分子がいるのかを直接聞いた者がいる。

メリナ少将は敵の情報も確認していない怠け者の将校を睨み付けた後、ボンドーク大佐に

説明するように目で促した。

ボンドーク大佐は皆に資料を渡しながら、危険分子について説明を始める。


要塞を偵察していた斥候からの報告だ。

敵の増援部隊は 王獣魔導隊精鋭隊 と言うらしい。

大帝国侵攻が始まってから新設された部隊だが、その部隊の構成員が危険分子だ。

特に、王獣魔導隊隊長ティナ・ベルフォス中将、副隊長シェル・メーメルズ中将

参謀ミラ・エルヴァン少将の三名はかなり危険だ。

伝説の王獣、金獅子に率いられた獅子の群れ、もしくはそれ以上の存在だと思って相手にしろ。


ボンドーク大佐の発言に、将校らは動揺した。

メリナ少将もボンドーク大佐も、滅多に敵の戦力を危険視しない。

まあ、危険視する必要がないのだが。

しかしだからこそ、今回ばかりは本当にやばい敵なのだと皆が理解した。

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