第2話:魔導隊と大帝国軍 ~始まりの一歩

「ティナ、久しぶりね」


ティナ、王獣魔導隊隊長である彼女に話しかけているのは、副隊長のシェルであった。

王獣魔導隊の構成員は殆どが知り合いである。

そもそも女性の魔導士が少ないのもあるが、王立魔導士官学校は男性魔法課と女性魔法課に

分けられているため、人数の少ない女性魔法課は1学年1クラスであり、クラスの人数も

15,6人と少なく、学年間の壁などもないため、だいたいの女性士官魔導士は知り合い同士

である。

それはさて置き、シェルは久しぶりに会った友に挨拶をしに来たのだ。

だが、ティナはあまりシェルとの再会を歓迎しているようには見えない。

それどころか、何かされるのではないかと警戒し、身構える。


「うふふ、相変わらず・・・可愛らしいわね」


だが、不覚にもティナは次の瞬間にはシェルに背後を取られていた。

即座に反応するティナだが、シェルの方が一枚上手だった。

後ろから強く抱きつき、ティナの動きを封じてから耳に息を吹きかける。


「んっ」


艶のある声を思わず出してしまうティナ、しかし、次の瞬間には馬鹿力に物を言わせて

シェルを投げ飛ばす。

シェルは一瞬にして風魔法を使い、ふわりと地面に着地する。

風魔法は精密性を求められ、コントロールが難しい、そんな魔法を空中で一瞬にして使ってしまう。

何人かの隊員は二人のやり取りを見て苦笑いを浮かべている。

シェルを投げ飛ばしたティナは、ゆっくりと体制を立て直し、地獄から響くような声で

シェルの名を呼ぶ。


「シェル、お前」


ティナに睨み付けられたシェルは、両手を上げて降参ポーズを取る。

正面切っての戦闘では絶対にティナに勝つことが出来ないためだ。

ティナはため息をつきながらも構えを解いた。

そして、大きな声で隊員たちを整列させる。

たった10秒、彼女らはたった10秒で見事に整列させて見せた。

無論、人数確認の方もばっちりだ。

如何(いか)にじゃれ合い、仲間との再会を喜んでいたとは言え、彼らは精鋭部隊である。

隊長の命令ともなれば、迅速に事を進める。

見た目だけ、能力だけの部隊ではないということだろう。

さて、隊員たちを整列させたティナは、この部隊の初任務の内容を伝える。


「我々が最初に向かうのは、共和国方面戦線だ」


ティナの話曰く

大帝国の防衛の要所は、山脈や大河に囲まれている立地が多いとは言え

そうでない部分も存在する。

共和国戦線の最前線である場所は、べルッドム山から見て南東にあるヘルス平原だ。

我ら大帝国軍は、べルッドム山に建てられている鉄壁要塞に立て籠り戦闘を継続している

らしいが、敵の数は圧倒的だ。

大総統が各戦線の負担を軽減する軍備の配置をしたとは言え、各戦線の戦力差は凡そ1,5倍以上だ。

他の戦線は、ある程度山脈や大河、湖などがあり、敵との戦いも楽なのだが

共和国方面は、べルッドム山以外に特に防衛の要(かなめ)となる場所がない。

敵は本体で要塞に圧を掛けつつ、精鋭部隊を大帝国首都方面へ進めているらしい。

既に、敵精鋭3個師団が鉄壁要塞の西側を通り抜け、大帝国首都ベルヘンに侵攻中だ。

我々は精鋭部隊を撃破後、ヘルス平原に布陣している敵本隊を攻撃、その後迅速に反転し

民主平等国方面戦線に向かう。

だが、戦闘は激しい物なると予想される。

そのため、民主平等国方面戦線に向かう前に首都ベルヘンに帰還、4日間の休養が与えられる。


「以上だ、質問のある者は」


誰もいない。

戦争は時間が大切だ。

迅速に事を済ませれば、その分余裕も生まれる。

彼女らはそれを重々承知している。

無駄な質問はしないし、時間を取ることもしない。

理解力も高く、そう言った細かい点が精鋭部隊の所以であるのだ。

無論、先程の様にコミュニケーションを取る時間は無駄な時間には含まれない。

彼女たちは戦士だが、それ以上に仲間なのだ。



さて、共和国方面の最前線はとても激しい戦闘を行っている。

敵は重装甲の鎧を着て、大盾だけをもった兵士を魔導師の前に配置し、戦場の主戦力である

魔導士を丁寧に守っているのだ。

つまり、大盾重装兵の背後に隠れながら、魔導士たちは要塞に目掛けて魔法を撃ち込んでいるという

非常に厄介な状況である。

それに対抗して、大帝国要塞防衛魔導師師団が敵魔導師に魔法を撃ち込むが・・・大盾兵のせいで

あまり被害を出せていない。

それどころか、顔を出した魔導師から次々に殺されている。

その上、魔導師の弾幕に合わせて敵騎兵師団が要塞に近づき、隙あらば攻撃してくる。

要塞の城壁は工兵が何とか修理しているが、破壊と修理、どちらの方が大変でどちら方が

簡単かは子供でも分かる。

そう、段々と間に合わなくなっているのだ。

それに、即興で修理した場所は脆い、また攻撃されれば簡単に壊れてしまう。

しかし、大帝国も軍事国家だ・・・それも兵士全体が優秀な。

そんなピンチな状況にありながらも、2か月以上も持ちこたえている。

だが、1週間前から補給物資が届いていない状況だ。

敵精鋭師団が補給物資の輸送隊を片っ端から叩いているのだ。

流石の屈強な大帝国兵士であっても、食料も水も休息も・・・まともに取れていない状況では

本領を発揮するどころか、本来の力の半分も出すことが出来ない。

しかも、要塞修理用の物資も尽きつつあるのだ。

下手をすると鉄壁要塞が・・・敵の手に落ちるかもしれない。

そうなれば、敵の大帝国首都進攻の要(かなめ)を与えてしまうことにもなるし・・・共和国方面の

大帝国が優位に立ち回れる場所は、この鉄壁要塞以降は存在しない。

一直線に敵の大軍が押し寄せてきたら・・・何も出来ないのだ。

此処が最初で最後の防衛地点なのだ・・・しかし、もう限界だ。

そんな時、一人の伝令が要塞全体の士気を大幅に上げる吉報をもたらした。


「皆、来るぞ・・・・もう少しで、我らが精鋭魔導部隊 王獣魔導精鋭隊 が」


その言葉を聞いた兵士たちの目の色が変わった。

王獣魔導精鋭隊、彼らの力は未だに誰も把握できていない。

しかし、大帝国内でも名のある魔導士たちで構成された精鋭魔導隊・・・弱いわけがない。

ティナ中将はああだ、シェル少将はこうだ、ミラ少将はこうなんだ。

要塞内に、そんな声が響き渡る。

大帝国軍兵士は皆、誇りを持っている。

そう、それは仲間を信じ、苦しい場面にも屈しない強靭な精神力をもたらし・・・そして

強き者を信じ、強き者は皆を信じさせ、そこに強力な協力関係を築き、士気を大幅に上昇

させる。


「「大帝国・・・大帝国万歳」」


兵士たちは、空腹も喉の渇きも、睡魔も・・・全てをねじ伏せ、奮い立った。

これでもう・・・この要塞が簡単に落ちることはないだろう。

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