二、日常生活

5 いつもと違う日常

 朝六時半に起きて、学校に行く準備をする。

 お父さんが再婚する前まで俺はずっと一人だったから……、この生活にすっかり慣れてしまった。そして今は一人じゃないけど、出会ったばかりの妹と一緒に登校するのは無理だったから、みんなが起きる前にこっそり家を出る。


 もちろん、朝ご飯は食べない。

 いつも近所のコンビニに寄って適当にパンを買う、それが俺のルーチンだった。

 これもけっこう楽しいと思う。


「あれ? いつき、早いな」

「いや、れんこそ……。こんな時間に登校したっけ?」

「生徒会だし、やるべきことがあるから」

「ふーん。そっか……」

「じゃあ、行ってくる」

「おう」

 

 こいつの名前は山下やましたれん、一年生の時からずっと友達だった。

 今は生徒会の人で、なぜか生徒会の後輩がめちゃ可愛いって俺に自慢をする。そう言えば、あの子が可愛すぎて、生徒会に入るしかなかったって言ったのをまだ覚えている。いつもテンションが高くてポジティブな人だけど、なぜか女の子の前ではそうならない変な人だった。


 そして、恋愛経験ゼロの俺にどうしたらいいのか恋愛相談をする。


 ……


「おい。なんで……昨日すぐ落ちたんだよ〜。いつきがいねぇと俺なんもできねぇんだから」

「ヒーラーなら、周りにたくさんいるだろ?」

「まあ、それもそうだけど……。みんな、下手くそだからさ。いつきの代わりにやってくれる人がいねぇんだよ〜」

「そっか」


 休み時間はいつもれんとゲームの話ばかりだけど、俺はこの日常が好きだった。

 人生は最低限の友達と、立派な仕事をするだけで十分だと思う。それ以上のことは望まない。クラスの男たちがたまにカップルを見て「俺も、恋がしたい!」って叫ぶけど、俺にはその恋も面倒臭いことだから、今のままでいいと思っていた。


 出会いはあってもなくてもあまり気にしない。俺はそう思う。

 それより、さっきからみんなざわざわしてるけど、何かあったのかな……?


「あの……、高柳くん?」

「はい?」

「邪魔して、ごめんね……」

「どうしました? 加藤かとうさん」

「あのね……。さっきから……、あの子が高柳くんのことを見てるような気がして」

「あの子……?」

「うん。あっち」


 廊下で、佐藤ともう一人の女の子が俺を見ていた。

 なんだろう。


「あ、ありがとうございます。加藤さん」

「うん」


 今更だけど、俺たち同じ高校に通ってたよな……。うっかりしてた。


「あれ? ゆきちゃんだ」

「ゆきちゃん? 知り合いか、れん」

「前に言ってた生徒会の可愛い女の子」

「ああ……、れんの好きな……」

「うん」


 俺に用があったら、電話やラ〇ンをしてもいいのにな……。

 それよりクラスの男が全員あの二人を見ている。そっか、さっきからざわざわしてたのは二人のせいだったのか。確かに、佐藤もそして佐藤のそばにいる女の子もけっこう可愛いから、男たちがざわざわするのも無理ではない。


 とはいえ、なんでここに来たんだろう。

 今度はみんなの視線が俺に集まっていた。


「ああ……! 先輩があの高柳先輩ですか?」

「はい?」

「…………っ」


 なぜか、友達の後ろに隠れる佐藤。もしかして、俺……変なことでもしたのかな?

 それになんか怒ってるような気がするけど……、気のせい? やっぱり、女の子のことはよく分からない。


 佐藤の友達は堂々と話してるけど、佐藤はずっと後ろに隠れていた。

 この状況を、俺はどうすればいいんだろう。


「先輩と話したいことがあります!」

「は、はい。なんでしょう……?」

「私じゃなくて、まつりちゃんです!」

「は、はい……。佐藤さん? 話したいことって?」

「うう…………。あのぉ……」


 声がすごく震えている。

 それに、後ろから男たちの視線が……。万事休す……。


「さ、佐藤さん……? えっと、大丈夫ですか?」

「あの……、せ、せ、せ、先輩と一緒にお昼食べたいです! そ、そして……こ、これ……!!」


 どんどん小さくなる佐藤の声に、何を言ってるのかよく聞こえなかった……。


「はい……? すみません、もうちょっと大きい声で……お願いします」

「…………っ」


 すると、佐藤が俺に耳打ちをする。


「お母さんが、お兄ちゃんのお弁当……作ったから渡してほしいって……」

「ああ……、そうでしたか? す、すみません……。わざわざ……」


 てか、佐藤の顔……、真っ赤になってるし。

 俺も恥ずかしくなる。


「…………うう」

「ええ〜。まつりちゃん、恥ずかしいの?」

「し、知らない……! 聞かないで!」


 今までずっと売店でパンを買ってたから……、佐藤さんが俺のお弁当を作ってくれるとは思わなかった。それより友達の前では『先輩』だけど、耳打ちする時は『お兄ちゃん』か……。確かに、俺たちの関係がバレたら面倒臭さいことになるかも。二人とも注意した方がいいと思う。


 しかし、お弁当か……、何年ぶりだろう。


「じゃあ、昼休みになったらラ〇ンします。一緒に、お昼食べましょう」

「は、はい!!」

「あの! 高柳先輩!」

「はい? えっと……」

「私は北川きたがわゆきです! よろしくお願いします!」

「は、はい……。俺は……」

「高柳いつき先輩ですよね? まつりちゃんがいつも先輩のこっ———」

「ダメー! あの! 後で……! 屋上! 一緒に! し、失礼しましたぁー!」


 なんか、嵐のようなひと時だった。

 てか、佐藤……めっちゃ慌ててたよな。最後の言葉、全然聞き取れなかったから、後でラ〇ン送ってみよう。


「…………」


 あっ、それと佐藤に「お弁当、ありがとう」って言うのを忘れた……!


「なんだよ……。お前、誰だ?」

「はあ? どうした? いきなり」

「いつきが……、女の子とさりげなく話すわけねぇだろ!! しかも、ゆきちゃんと……仲良く! 誰だ、お前は!!」

「あ」


 北川のせいか、いつもより興奮してるような気がする。

 面倒臭いな……。れん。


「知らん〜」

「はあ!?」

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