3 妹③

 買い物の途中、佐藤に「食べたいものありますか?」って言われたけど、ずっとインスタントばかりだった俺にその質問は難しかった。そして知ってる料理は全部手間がかかることだから、出会ったばかりの佐藤にそんな面倒臭いことをさせるのは無理だった。


 そして、二人の間にまた静寂が流れる。

 何がいいのか一人で悩んでいたら、佐藤が俺の脇腹をつつく。


 そばから「豚肉の生姜焼きはどうですか?」って言われて、できるなら食べてみたいって答えてしまった。豚肉も野菜もちょうどセールをしてて、必要な食材とタレ、そして佐藤のためにデザートもたくさん買ってきた。


 今日の夕飯は佐藤が作ってくれる豚肉の生姜焼き……、旨そう。


「一人で大丈夫ですか……? 手伝います。佐藤さん」

「あっ! あ、あの……。じゃあ、や、野菜を! お願いします!」

「はい」


 家でずっと一人で過ごしていた俺が、今佐藤と一緒に夕飯の準備をしている。

 役に立たないかもしれないけど……、それでも佐藤と過ごすこの時間はけっこう好きだった。


「できましたぁー!」

「おお……! すごいですね! 佐藤さん!」

「へへっ」


 誰かが作ってくれたご飯は、何年ぶりだろう……。

 めっちゃう旨そう。


「おお……、旨い! 佐藤さん、旨いですよ!」

「へへっ……、中学生の時にお母さんに料理を教えてもらって。と、得意とは言えませんけど、それでも私の料理を食べる人が幸せになってほしくて……。ずっと頑張ってきました!」

「本当に、ありがとうございます。嬉しいです……」

「…………は、はい」


 この時間は、本当に幸せだ。


「ふふっ♡」


 ……


 そういえば、俺……ゲームの約束があったよな……。

 今日は佐藤が来てくれて、予定通りにはならなかったけど……。ほとんどの時間を家で過ごしいていた俺に、勉強とゲーム以外の選択肢はなかった。クラスメイトたちと遊ぶのもいいけど、なんか面倒臭いっていうか……そんなことより一人の時間を持つのがもっと大事だと思う。


 そう言っても、部屋に引きこもるだけだけどな。


「ごちそうさまでした! 片付けるのは一人で十分で、佐藤さんは部屋に戻ってください」

「えっ? わ、私も手伝います!」

「いいえ。佐藤さんは部屋でゆっくりしてください」

「…………は、はい」


 俺、なんか悪いことでも言ったのかな……?

 佐藤が部屋でゆっくりしてほしいだけなのに……、なぜか落ち込んでるように見えた。

 やっぱり、女の子は難しい。


「よー。いつき、遅いぞ。そろそろ始まるから、準備して」

「あっ、れん! ちょっと待ってくれ、俺……十分! 十分でいいから!」

「はあ? 仕方ねぇな。分かった」


 旨い夕飯を作ってくれた佐藤に俺ができることはなんだろうと考えてみたけど、なかなか良いことが思いつかなくて……。

 これしか……。


「あ、あの……。佐藤さん?」

「は、はい……。ど、どうしましたか……?」

「あの……、お風呂の準備ができました……」

「えっ? それって……、いっしょ…………」

「はい?」

「い、いいえ……! なんでもないです! そんなことより、私が先に入ってもいいんですか?」

「はい。今から友達とゲームの約束があって……、後で入ります。だから、気にしないでください。そして今日から家族、ですよね?」

「…………はい」

「タオルと必要な物は用意しておきました」

「は、はい……」

「じゃあ、部屋に戻ります」


 俺なりに気を遣ってみたけど……、ダメだったのかな。佐藤の曖昧な反応に、俺はどうすればいいのか分からなかった。でも、佐藤は女子高生だから、俺がもっと……気を遣った方がいいかもしれない。こんなことじゃなくて、他に……良いことを考えてみよう。


 とはいえ、俺……女の友達いねぇからな。難しい。


「ごめんごめん……。行くか!」

「なんだよ。今日、客でも来たのか?」

「うん……、ちょっと事情があってさ。じゃあ、今日はマスターまで頑張ってみようか! れん」

「おおー!」


 いつものライバルプレイ、マスターになるまでゲームを続ける俺とれん。

 やっぱり、ダイヤ帯の人たちは上手いな……と思いながらゲームに集中していた。


 もう少し……、もう少しでマスターだ!


「…………できる!」

「すごい……」


 そして、そばから聞こえる佐藤の声。


「うわっ!」

「ど、どうした? 後ろ? 後ろにいるのか! どこだ! いつき!」

「ちゃ、ちゃう! 待って、前を見ろ! 俺がついてるから! 前だ!」

「わ、分かった! てか、びっくりさせんなよ……」

「ご、ごめん……!」


 マジで、びっくりした。

 いつの間に来たんだよ……。


「それ、楽しいですか……?」


 小さい声で話す佐藤が、じっとモニターを見つめていた。


「れん。今日はここまで」

「ええ!! いいところなのに、なんでだよ! お前、彼女でもできたのか! この裏切り者がぁー!」

「うるせぇー! れん。事情があるから、今日は一人でやれ!」


 そうやってボイスチャットを切る。


「す、すみません……。私が邪魔を……、じゃ、邪魔を…………」

「い、いいえ! そ、そんなことないです! な、泣かないでください! 本当に、今ちょうどやめようとしただけですよ!」

「は、はい……」

「な、泣かないでください……! 佐藤さんはなんも悪くないんです」


 いきなり大声を出してびっくりしたのかな、妹を泣かせてしまった。

 なんで、すぐ部屋に戻らないんだよぉ……。


「…………うう」

「すみません……。いきなり大声を出して」

「いいえ……」


 頭を横に振る佐藤が俺を見ていた。

 で、佐藤はどうして俺の部屋に来たんだろう……。言いたいことでもあるのかな?


「どうしましたか? 佐藤さん。なんか、言いたいことでも?」

「おにい……。た、高柳さんと……もっと話したくて……。あの、扉が開けっぱなしで……。何をしてるのかなと……、気になっちゃって……」

「ああ……、そうでしたか」

「邪魔して、すみません! 今すぐ部屋に戻りますから!!」

「じゃあ、話しましょう! 俺も佐藤さんのこと……、全然知らないんで……」

「い、いいですか?」

「はい。でも、ここは狭いから……居間に移りましょう」

「こ、ここがいいです! ここが……!」

「そ、そうですか?」


 こくりこくりと頷く佐藤だった。

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