2 妹②
佐藤が荷物を片付ける間、俺は居間でスマホをいじっていた。
てか、同じ空間に人が一人増えただけなのに、いつもと雰囲気が違う。まだ佐藤と仲良くなったとは言えないけど、新しい家族ができたのは本当にいいことだった。だから、いつもよりテンションが上がっていたかもしれない。お父さんも……、そして俺も……。
仕方ないよな、人の温もりが懐かしくなる時期だからさ。
「あ、あのぉ……。お兄ちゃん……、いいえ! た、高柳さん……」
今、さりげなくお兄ちゃんって言ったよな……? なんか、恥ずかしい。
お兄ちゃん……か。
「はい? どうしました?」
「荷物……全部片付けましたけど……。すぐに使わない荷物はどこに置けば……」
「ああ……! 確かに、佐藤さんの部屋は収納スペースが少ないですよね。俺の部屋も同じだから、普段は隣部屋を倉庫として使ってます。すぐに使わないものなら、そこに置いておきましょう」
「い、いいんですか……?」
「はい。運んであげますから、行きましょう」
「は、はい!」
そして、目の前に広がる紫色の部屋。
三十分くらいスマホをいいじっただけなのに、こんなに変わるのか……? この白色と薄い紫色、俺は爽やかでいいと思う。好きな色だから……。それより、俺と違ってちゃんと片付けてるし。これじゃ……、お父さんに一言言われるかもしれないな。
「すごい……」
でも……、本当に信じられなかった。俺に新しい家族ができるなんて。
「私の部屋……お、おかしいですか?」
「いいえ。可愛い部屋ですね。なんか、佐藤さんのイメージと似合います」
「本当に!? あ、ありがとうございます!!」
「じゃあ、ゆっくりしてください。段ボールには名前を書いて、よく見えるところに置いておきますから」
「あ、あの……! 今から……、夕飯の準備をするんですか?」
「ああ……。でも、俺……料理苦手なんで、今日は外で食べますか?」
「じゃあ……。わ! 私が夕飯を作ってもいいですか!?」
「えっ? 佐藤さんが?」
「はい!」
あまりのショックに持っていた段ボールを落とすところだった。
今までずっとインスタントばかりだったし、お父さんも普段は外で食べるからキッチンを使うチャンスなどなかった。それに料理って言っても、電子レンジにチンして食べるのが全部だから、掃除する時以外はキッチンに近づかない。
だから、夕飯を作ってくれるって言われた時、すごく嬉しかった。
「す、すみません……! 勝手に……!」
「本当に……料理できるんですか? 佐藤さん」
「は、はい! 私……、こう見えても! 料理けっこう好きです!」
「お、お願いします!」
佐藤の荷物を倉庫に置いて、二人は冷蔵庫の中を確認した。
「…………あ」
やっぱり、こうなるよな。
うっかりしてたけど、キッチンを使わないってことは、つまり……冷蔵庫の中に何もないってこと。恥ずかしいけど……、そこには飲み物と賞味期限切れのインスタント食品しか入ってなかった。これじゃ夕飯作れないよな……。
今更だけど、俺……死んでないことに感謝しないと。
「えっと……」
「す、すみません。料理苦手なので……、普段はインスタントばかりです。あの、欲しい食材があったらラ〇ン送ってください! 今すぐ、買い物行ってきますから」
「買い物……」
「はい」
「い、一緒に行ってもいいですか? 高柳さん」
「か、構わないですけど……。いいですか? 一緒に行っても」
「はい! そっちの方がもっときょうだいっぽくていいと思います! 私は高柳さんと仲良くなりたいです! だから、い、一緒に行きたい!」
「はい!」
そう言ってくれて、俺も嬉しかった。
……
とはいえ、俺が女の子と一緒に歩くなんて、正直……信じられない状況だった。
妹だから当たり前のことだと思うけど、やっぱり慣れるまでは時間がけっこうかかりそうだ。でも、そんな俺と違って、佐藤はめっちゃ喜んでるように見えた。女の子は苦手だけど、佐藤は俺の家族だから……。その笑顔を見て、なぜか笑いが出てしまう。
子供かよ……。俺。
「えっ! ど、どうして笑うんですか? 私の顔に何か……」
「いいえ。佐藤さんは……可愛いですね」
「え———!」
そこまで驚く必要はないと思うけど、佐藤って……周りの人たちに「可愛い」って言われそうなイメージだから。
その反応に、むしろ俺の方がびっくりした。
「ええ……。そ、そうですかぁ……?」
「は、はい……」
女の子とこんな風に話したことないから……、この状況でどうすればいいのか分からなかった。赤い信号に止まって、じっとこっちを見つめる佐藤。その視線がすごく気になるけど……、頭の中が複雑で何も言えなかった。
やっぱり、家族に「可愛い」って言葉はNGかな。心に引っかかる。
「あ。もしかして、俺が余計なことを……」
「い、いいえ! す、すごく! 嬉しいです!! そして、か、可愛いって……は、初めて言われました……」
「へえ……、それは不思議ですね」
「はい?」
「佐藤さん、モテそうなイメージだったから……」
「それ反則です!! とにかく、反則!!」
「は、はい……?」
なんか、佐藤に怒られた気がする。
「うう…………」
「すみません……。余計なことを言って」
「い、いいえ! 全然大丈夫です!」
そして、話が途切れる。
「…………」
佐藤と買い物をするのはいいけど、俺はずっと緊張していた。
それは佐藤も同じかな?
まずは、この静寂を破らないと。
「い、行きましょう! お金のことなら心配しないでください。俺が払います」
「い、いいんですか?」
「佐藤さんの夕飯、楽しみにしてます」
「そ、そんなに上手いわけじゃ……」
「佐藤さんが作ってくれるものなら、なんでもいいです」
「…………が、頑張ります!」
「はい!」
佐藤が俺に「仲良くなりたい」って言ってくれたから、俺も佐藤の家族として頑張るべきだ。
まだまだだけど、それでも一つずつ頑張ってみよう。高柳いつき。
「…………あ、あっちです!」
そう言いながら俺の袖を掴む佐藤だった。
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