第3話 day2 下
9月30日(土) 12:30
占「はい、右手を出して」
僕「はい」
僕は右手を出しました。
占い師は僕の右手にボールペンで印をつけます。
占「ここが生命線でな。産まれたときがここで死ぬときがここ」
ようやく占いっぽくなってきました。
占「100年生きるとしてな、あんた今この辺を生きているってことよ」
占い師は僕の生命線をボールペンでなぞります。
なんかどんぶり勘定じゃない?
占「彼女が出来たら必ず私に知らせること。あの海老蔵の麻央ちゃんみたいにならんようにせないかん」
僕「海老蔵の麻央ちゃん?」
僕は芸能には疎いのでぴんと来ませんでした。
そういう名前の芸能人がいたことはなんとなく記憶にあるけれど、何が起きたとか詳細には覚えていません。
占「知らんの、あんた?」
僕「ええ」
占「アナウンサーと結婚してな。乳がんで死んじまったんだよ34歳」
今、調べたら6年前のニュースでした。
なんで通じると思ったんでしょうね?
占「あれは金が腐るほどあるからよ。アメリカまで行って最先端の治療したけどだめだった」
詳しいですね。
占「だからね、あれは海老蔵が女遊びしたに決まっているからね」
おいおいおいおいおい。
酷い決めつけだよ。
何の根拠もありゃしない。
と、聞いていた時は思っていました。
今調べたら、不倫騒動がニュースになっていました。
いや、でもそれと妻の乳がんと結びつけるのはおかしいでしょ。
占「アナウンサーがそんな男遊びするわけないから」
えげつない妄信っぷりでした。
乳がんになったのは旦那が女遊びをしていたせいだと主張しているんですか?
旦那が不倫しなければ乳がんにならないと?
因果関係なんてまるでありません。
どんな発想なんでしょうね?
海老蔵にも真央ちゃんにも失礼な話ですよ。
あんたのところの神様はそんな無茶苦茶な因果を結んでいるんですか?
そんな神様を崇めたくないのですが。
その後、手相の話に戻りました。
占「あんた生命線がここで分かれとる。60か70のとき大変な目に合うよ」
僕「はぁ」
占「手相というのはそういうもんだ。人生を暗示していおる」
何が起きるか分からんけど、災難を回避する方法を教えてくれませんかね?
その後も手相の話が続く。
占「あんたは感情線が3つに分かれている。人との縁が切れやすいから気を付けてね」
どう気を付ければ良いんだろうか?
昨日言っていた「にこにこしていれば人が寄ってくる」と矛盾していないか?
占「あんた女難の相が出ているな。あんた一度の結婚じゃすまないよ」
昨日、この一年が最後のチャンスって言ってなかったか?
最後のチャンスの後に結婚できるんですか?
占「身内に再婚した人とかいない?」
僕「いないですね」
占「じいちゃんばあちゃんとか」
僕「流石に知らないですね」
身内が再婚していたら、自分も再婚しやすくなるのかな?
このおっさんが言うといい加減に聞こえるけど、調べたらそういうデータはちゃんとありそう。
直感的には正しそう。
このおっさんの言うことを信じているわけではないが。
そんな感じで一時間くらい話した。
占「あんた、最後に言うけどね。ここで祭りがあるんだ」
僕「祭りですか?」
占「月に一回やっているんだ。神様の前でお勤めをするんだ」
来ましたね。
宗教の勧誘。
これがメインなんでしょ。
占「あんた、この日来れる?」
僕「平日は普通に仕事ですね」
占「月に一度の大事な日だ。あんたが可愛い子ちゃんと出会えるかどうかがかかっとるから是非来てくれ」
にこにこしていれば人が寄ってくるって言ってませんでしたっけ?
神様の前でお勤めしないといけないなんて聞いていないですが?
占「あんた魂がすりガラスみたいにぼけてんだ。本当の景色が見えなくなってる」
最後になって急に妙なワードを入れてきました。
占「だから、あんたには強引に引っ張って道を示してくれる女の子が似合っとるよ」
なんだ。
そんな話ですか。
占「元気の良い快活な女の子がな、あんたには良い」
随分具体的に言ってくれました。
しかし占いとして相性が良いっていう話だから、なんとも言えません。
これが「こういう女の子と出会う」って断言してくれたら面白かったんですけど。
占「あんたこのまま50、60のおっさんになったら絶対後悔するからね」
急に脅されました。
めちゃくちゃ力強く脅されました。
占「あんたはそんなことないって言うかもしれんが、私には魂が見えている」
あんたが見ているのは魂じゃなくて手相ですけどね。
占「なにがどうしてそうなったか分からんが、あんたは寂しがりだよ。そんなふらふらしてんのはありえないんだよ」
ありえないらしいです。
僕としては生きやすいように生きているんですけどね。
占「あんた、将来やりたいこととかないの?」
先にそういうこと聞いてくれませんかね?
僕もようやく思い出したよ。
ここまでずっと恋愛の話じゃないか。
僕「趣味で小説を書いているんですが、成功しますかね?」
占「ほう、どんなの書いているんだ?」
僕「ミステリーですね」
占「好きな作家は?」
僕「谷崎潤一郎です」
占「あんた、結婚したら絶対うまくいく。良い嫁さんもらったら全てが上手くいく」
ああ、結局そういう話ですか。
手相をもう一回見てくれて「文才あるよ」とか言って欲しかったんだけど。
最後まで期待外れの占いだったよ。
占「あんたが芥川賞とったら一緒に乾杯しよう」
芥川賞がどんな賞か知っているのかな?
僕は知りません。
占「ともかくあんたはでこあげて、笑顔でいておくこと」
僕「はい」
髪伸ばそうかな。
そこで占い師は封筒を取り出した。
お年玉とか入れる白い封筒。
占「これ、名前書いて。神様にお供えして意思表示して」
僕に渡してきた。
きたきた。
新興宗教というのは、こうやって金をむしり取るんですね。
それを知りたくてここまで来た。
なるほどなるほど。
人の悩みを聞いてあげて。
救ってやるからお布施しろっていう流れにもっていくわけですね。
勉強になります。
僕「今日、金持ってきてないですよ」
占「一銭も?」
僕「はい」
本当は財布の中に万札があった。
占「普段、持ち歩かないのか?」
僕「ええ」
占い師はあっさり引き下がりました。
良かった良かった。
ここで粘られていたら「昨日の3000円でも充分すぎるだろうが!!」ってキレないといけないところでした。
実際どうでしょうか?
昨日と今日で合わせて2時間。
何の役にも立たない老人の説教臭いぼやきを聞いたわけですが。
これで3000円か。
ちょっと高い気もしますけど。
社会勉強代としては丁度良い値段でしょう。
これで似たような話を聞いた時に「ああ、この人は自分の宗教に勧誘しているな」と気付くことが出来ます。
まぁまぁ納得できる値段かな。
そうして僕は穏便に教会から帰ることにしました。
占「彼女が出来たら必ず連絡しろよ」
僕「はい」
僕は元気良く返事をしました。
帰りの車内で、占い師の携帯番号を着信拒否にしました。
終
【実録】手相占いに3000円を払う価値があったかどうか 司丸らぎ @Ragipoke
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