空を見上げて【ブランディーユ】#1
失踪騒動が終息し、静かに夕闇が幕を下ろすミスリル大森林に不穏な黒ずくめの影が一つ。何かを探るように辺りを見渡し、バルバトスの狩猟小屋があった場所に立つと、おもむろに地面に手をついた。すると、バルバトスの
頭の中にバルバトスの見聞きした光景が写し出され、他愛ない日々を流し見る。しかし、たった一瞬に目を止めた。朧気に写った妖精に注目し、思わず口角が上がる。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
ダミアノスと組んで一ヶ月が経った。その間、受けた依頼は全て【討伐】ばかりだった。バルバトス以来、悪魔に遭遇してはいないけれど、いずれも苦労の連続だった。
ある日は巨大な蛇、ある日は毒虫の大群、ある日は盗賊退治と、短スパンで多くの実戦経験を積まされた。日帰りなこともあれば、二日三日かけて対処するパターンも多々。お陰で装備がボロボロだし、扉が開くだけで構えてしまう変な癖がついてしまった。
精々の憩いとなると、こうして寮の湯船に浸かることぐらいだ。しかも帰りが遅いから独り占め。
快適といえば快適ではあるのだけれど······。
「はぁ~、憂鬱」
「毎日毎日、お疲れ様です」
「ありがとう、アリス。そうなの~、本当に疲れるの~。あの野蛮人、本当に人使いが荒くって荒くって。お陰でほら、肩が凝っちゃってさ。首までコキコキって」
「それはそれは、お辛くはありませんか?」
アリスはいつもの調子で訊ねてきた。
辛いと言えば辛い。だけれど、ダミアノスはいつも楽しそうにしている。たまに怖いと思ったりもするけれど、無理を強いるようなことはしなかった。
辛いけれど、つまらなくはない。
「大丈夫だよ。それなりに苦労するのはわかっていたんだし。慣らしてくよ」
「ふん。左様ですか。たまには私達ともお付き合いくださいね」
アリスがそっぽを向いてる。あんまり見ない素振りだ。
「なになに? もしかして、寂しいの?」
「別にそういうわけでは」
「ウッソーン。本当はさびしんでしょ? そーなんでしょ?」
「チ・ガ・イ・マ・ス・ケ・ド?」
「す······すみませんでした······」
ちょっと調子に乗ってしまった。アリスの反応があまりに新鮮だったから、つい遊んじゃった。
「私よりも、カイン嬢とスヴァル嬢の方が、構ってくれなくてプンスカしてると思いますが?」
「あぁ······」
そう言えば、ここのところ二人とも行動を共にしていない。目ぼしい活躍をしているという風の便りは届いているのだけれど、中々すれ違うこともすらできず。
「私も、そっち側に行きたいのだけれど」
「それで、バイデント殿とは上手くやれているということで?」
「なんか人聞きが悪いよ」
正直に言うと、アリスのその質問には唸らされた。
ここ一ヶ月、ダミアノスと一緒に依頼を受けてきたけれど、ぶっちゃけ冒険者としてかなり動けてきている気がする。
しかしながら、不満というか胸の奥で燻っていることがある。未だに私は、『ダミアノス・バイデント』という人物のことをなにもわかっていない。覚悟を示して、一緒にナタデココ入りオレンジジュースを飲んだ距離感のままな気がする。広がっていなければ、縮まってもいない。
気に入らないとまではいかないし、彼の性格を考えればどうでもいいと一蹴される些細な問題だ。むしろ、気にしたところで余計な重荷になる。それでも、それでもだ。
私たちは、“仲間„なんだと胸を張って言えるかどうか。そう思うと、もどかしくて堪らなくなる。
「どう言えばいいのかな······」
「······?」
「私たちはお互いを、信頼はしているんだとは思うんだ。けれど、なんかすれ違いというか、食い違いというか······なんて言えばいいんだろ」
言葉に詰まる。どこか溝があるような、とにかくそんな感じがしてならない。時折、彼が別人のように見えるときがある。大抵が敵と対峙したときだ。
テンションが変わったというのならわかるけれど、ダミアノスの場合はなんというか、何かを圧し殺しているように思える。魔式を使っているときなんか特に、敢えて狂乱を演じている節がある。
バルバトスが倒された後、森を立ち去る際にカルス様にダミアノスのことを訊ねたら――――
『彼は不幸な星のもとに生まれた子なんです』
ただ一言、そう答えられた。
瞬間、私のなかで、彼がバルバトスに止めを差す際に口にした口上を思い出して、何となく察した。
『その誰の為にもならねぇ魂、とっととハデスにくべな』
ハデスと言えば、有名な死者の国の王を差す。ダミアノスの口からこの名が出てきたということは、私の予想が正しければ、もしかしたら――――
「いや、よそうよそう。こんなのに悩まされていたら、いつまでたってもキリがないわ」
私は先に風呂から上がった。なんとかしつこい疑念を振り払おうと苦心しながら身体を拭いて、寝間着を着て、ベッドに横になる。けれど、一晩中考えてしまって結局眠れなかった。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
週に数度、ダミアノスの気紛れで修練をすることがある。ギルドに隣接している野外訓練所にて、魔力無しで五キロメートルの走り込みから始まり、やや休憩を挟んでから行うという流れだ。それも、木剣ではなく実際の自分の得物を用いた完全な実戦を想定した修練だ。
ダミアノスは手加減をしない。流石に魔式までは使わないまでも、彼の槍術は見事なものだった。私の
私のやり方は、単に魔力を体や武器に巡らせるだけの基礎に留まっており、これだといつまで経っても発展まで至らない、もしくは著しく遅延するとのことだ。
属性魔術等の一部を除いて、魔術は外側の魔力を取り入れて活用する。効率的ではあるけれど、個人の合理には合わない。理由としては、外部の魔力は所詮は補助的な役割でしかなく、それを利用しているばかりでは自ら成長の可能性を塞き止めていることと一緒らしい。
要するに、同じことを繰り返していざというときの対応力が損なってしまうということだ。
そこは技術力だろうと私は意見した。基礎が成り立っていれば、そこからどんどん派生した技能を生み出し、いくらでも発展の目処が立つと。
けれども、ダミアノスは反論した。オマエの言うその基礎が瓦解するような場面にあったとき、頼れるものがあるのかと。
首を傾げた私に、ダミアノスは面倒臭そうに続けた。
基礎が瓦解するような場面、すなわち悪魔の結界など外部と隔絶させられた場合だ。
合点がいった。悪魔の結界には瘴気が満ちている。私とダミアノスは平気だったけれど、カインやスヴァル、それとバルバトスに拐われた被害者たち。いずれも瘴気に当てられて苦しんでいた。
私自身、魔術の効きが乏しかった。ノイズが走って不快感が凄まじかった。
「元来、魔力っていうのは外側に向かって流れている。生物は無意識にそれを供給しては放出を続けている。魔法陣ってのは、『供給』を底上げする為のツールで、実際のところ自分の魔力を魔術に組み込めているかは定かじゃないんだよ」
「つまり、個々によっては外部の魔力の方が使用量が多いいってこと?」
「個人差はあるがな。あとは魔力の巡らせ方もあるが、それ持ち出しちゃキリがないし、めんどクセェ」
「じゃあ、結局は何を目指せば?」
訊ねた途端、ダミアノスは待ってましたというように嬉しそうにニヤけた。
「魔式を覚えろ」
「は······?」
魔式を覚えろ? もっかい脳内リピート――――魔式を覚えろォ?!
「ダミアノス、あなたは使えちゃってるから感覚がバグってるんでしょうけれど······」
「知ってる。魔式の習得成功率は五百人に一人。各ギルドに大体一人から三人ってところかな。まあ、今からやろうってなって早くて四、五年はかかるな」
「じゃあ、その四、五年で――――」
「半年」
「············ハントュシ?」
「それ何語?」
いやいやいやいやいやいや!! いくらなんでも無理に決まっている。魔式なんて、一朝一夕で出きることじゃない。そもそも、どういう基準と過程で身に付くかまでは全く知らない。
「そう不安がるな。平気平気、血反吐ぶちまけるまでやってりゃポポポポーンってできッから」
「そんなこと言われましても······」
これはスパルタの予感がする。
「そうと決めりゃ、ちょちょいキツくいくぜ」
「えっ! ちょっ?! 待っ?!」
「そーらよっ!」
ダミアノスは間髪入れずに攻撃してきた。私は咄嗟に
「あ······」
「ありゃ······?」
「折れたァァァァァ――――――――!!!」
「よし、買い直すか」
「軽ッ?!!」
――――というわけで、ダミアノスに連れられて人気のない通りに構える『ドーインの鍛冶工房』という店に来た。石垣が詰まれた小さな家で大口開けた玄関から二組のドワーフの男女が作業をしているのが見える。
片方は逞しい髭を生やしたドワーフで熱した鉄棒を支えつつ小鎚で打ち、続いてもう片方の若い女性が大槌を振るって鍛えていた。遠目でもわかるプレッシャーに、緊張感を煽られる。
「耳、塞いどけよ」
「え?」
警告した割に、ダミアノスはすんなり店の中に入っていった。私も一応、気を引き締めて店の門戸を潜る。
――――――――ガツーンッ!!
「ぶぐわゥち!!?」
足を踏み入れた瞬間、鼓膜どころか全身の皮膚という皮膚が波打つような衝撃を浴びせられた。
成る程、玄関口を境目に遮音結界を張っていたのね。こんなの、近所迷惑どころか戦争でも起きてるのかと勘違いしてしまう。無難だけれど、これお客さん絶対に大丈夫じゃないよね接客大絶望ーッ!?
立て続けに襲いくる衝撃に気を失いかけそうになる。けれど、なんとか持ちこたえて立て直そうと魔法陣を展開。しかし、あまりのけたたましさに我慢できず、結局その場で耳を塞いで伏せるしかできなかった。
収まった時には、全身がじんじんと麻痺していた。
「なにしてんのオマエ?」
ダミアノスが冷めた目で見下ろしてきた。
「思ってた以上に盛んだったので······かりゃだがヤバい」
「だーから言っただろ? 耳塞いどけって」
「明らかに耳塞いだだけでなんとかなるレベル越えてるでしょ?!」
「耳の穴んとこに魔法陣を開いとくんだよ。それで少しは耐えれる」
「そー言ってよ~······」
「はいはい、転がってないで行くぞ。いつまでそんなだらしない姿を晒しておくつもりだ?」
そう言うダミアノスの後ろには、作業の手を止めてこちらを見るドワーフの男女の姿があった。
私はすぐに起きて向かい合った。
「じゃ、軽く紹介しとくぜ。髭モジャの方はこの工房の主のドーイン、その隣にいる女は妹のデーインだ」
「は、初めまして。クレイです」
う~ん、まだ耳の奥でキンキン鳴ってる。叩いたら直るかな? と思って軽く叩くも、あんまり効果無い。
改めて、ドワーフ兄妹は私を見て唖然としていた。妹のデーインさんに至っては、あわあわと焦っている。
「えっと、どうも······」
私もどう対応していいのか戸惑っていると、ドーインさんが勇んだ様子で前に出た。そして背筋を伸ばして――――
「これはこれはァー!!! よーこそお出でくださいました姫殿下様ァー!!! お初にお目にかかれて、大変至極にございまァーす!!!」
声のボリューム、ヤッバ。空気震えたよ。猛獣の咆哮以外でこんなん初めてなのだけれど?!
「は、はい······。私も、会えて嬉しいです」
ヤバい。迫力に圧倒されて上手く声が出ない。
「相変わらずうるせぇな。ドーイン」
「む? ダミアノス!!! 姫様を連れてきたのはお前か!!!?」
「そうだよ。ちょっくらオーダーメイドをね」
オーダーメイドって!?
「ちょっとダミアノスさん、こっち来てもらえますかな?」
「あ? なんだよ」
「いいから来なさい」
「はぁ~、はいはいはい。何ですか?」
私はダミアノスを端っこに連れて、ドワーフ兄妹に聞こえないよう囁き声で訊ねた。
「オーダーメイドって本気?!」
「ああ。なんか問題ある?」
「もー。一体、いくらすると思ってるの? 言っておくけれど、今私そんなに出せる余裕ないからね」
「皇女のくせして?」
「生活費は自分で稼ぐって決めてるの!」
「めんどクセェことしてんな。まあ、大丈夫だと思うぜ? まあ見てな」
そう言って、ダミアノスはドワーフ兄妹のもとへと一足早く戻った。
何を根拠にああ言うのか。奢ってくれるわけでもあるまいし。まったく、溜め息しか出ない。
「なあ、ドーイン」
「なんだ!!!」
「依頼はさっき言った通り、オーダーメイドだ。種類は
「ちょっと! 勝手に注文しないでぐッ!?」
止めようとしたら、頭を押さえつけられた。
「属性は【雷】。どうだ? なんかいいの作れそうか?」
「ふむふむ!!!」
あれ? これ話進んじゃってる? 私の意思は無し?!
「あい分かった!!!」
ドーインさん!? お腹を太鼓みたいに叩いて何があい分かったんですか?! 私受けてないですよ?!!
「デーイン!!! 姫様を採寸の間に!!!」
「は、はい······。失礼いたします」
「ちょっとー! 私の話、少しは聞いてよ!」
ダミアノスの手を払い除けようとするも、デーインさんに腰に腕を回して軽々と引き離された。
「力強ッ?! スンゴイ鍛えてるのね!」
「ありがとうございます······」
「あーれ~!!」
そして私は別室に連れ込まれた。占い師のテントのような薄暗い部屋で、椅子が一つポツンと置かれていた。そこに座るよう誘われて、腰を下ろす。
「も~、私ってなんなの~······」
「ごめんなさい。兄が色々と無礼を働いてしまって······」
「あ、いいのいいの。私が言ってるのは、ダミアノスの方だから」
なんとかして割り勘にこじつけてやろ。
「それでは、採寸を始めますね。」
「武器にも採寸ってあるんですか?」
「便宜上、そう言っているので。この片眼鏡型ルーペで手の相や形、指の長さや関節の柔らかさ、魔力の循環効率に速さ、平均的な濃度、密度、出力を観測して姫様にぴったりの武器を製作いたします」
おぉ、事細か。私は直感で
「参考までに言いますと、先程のバイデントさんの銀槍も私たちの作品で」
あの槍を?! じゃあ、ダミアノスにとってここは世話になった店ってことになる。値段が気になるけれど、実際にバルバトスと闘ったあの光景を見て、性能を見せつけられて、そそられないわけがない!
「よろしくお願いします」
私の頭は一瞬にしてバグってしまった。値段なんてどうでもよくなっていた。手をデーインさんに差し出して、期待を胸に結果を待つ。
デーインさんは、ルーペを目にかけてまじまじと私の手を見ながら、さすさすと優しく撫で回した。一つ一つレンズを変えて、シワをなぞったり、指を曲げたり伸ばしたりして、入念に私の手に視線を注ぐと、逐一羊皮紙に観測したデータを書き記している。
その間、静かに時間が流れていく。こういうのって、大人しくしていなきゃだから、くすぐったくてもじっと耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて――――かれこれざっと十五分以上は経っている。
「長いですね」
「あ、申し訳ありません。その······姫様の手が綺麗だったので、見とれてしまって」
「そ、そ~なんですか······」
「そ、そ~なんです······」
どうしよう。スンゴイ嬉しい。
「それで、どうでしょう。武器、作れそうですか?」
「観測の結果が出て次第、兄と相談して素材から決めます」
「それって結構かかりますか?」
「個人差はありますが、なるべく即断即決を心掛けております。兄は目利きがいいので、長くても一日で判断を下しますので、そう首を長くする必要は無いかと」
「スゴいですね。こういうのって、一週間くらいはかかりそうだと思ってたのに」
「まあ、あの通り兄は落ち着きに欠ける性格をしておりますので、武器に関してもかなりうるさく。そのお陰で、結構苦労したことも多々ありまして」
なぜだろう。そんなに長くないのにめちゃくちゃわかるはその気持ち。
「けれど、腕は確かです。バイデントさんの銀槍も、かの皇太子殿下が冒険者時代に愛用していた
兄上の得物まで?! ドラゴンの首を切ったり、魔剣を叩き折ったって逸話が残る、現在では国宝に指定されている大業物。それは期待値がうなぎ登りしちゃうじゃない。
「そんなスゴいドワーフに作ってもらえるなんて、こっちが光栄ですよ」
「ありがとうございます。兄が聞いたら、大変喜んでくれるでしょう」
デーインさんの顔は赤くなっていて、自分のことのように嬉しそうだった。よっぽど、ドーインさんのことを尊敬しているんだ。
「もしかして、兄上の手も?」
「あ、はい。私が見ました。初仕事で······」
何気にスゴい情報が湯水のごとく出まくり湧きまくりなのだけれど?! じゃあ、私は今、兄上と同じところを辿っているってわけ? ヤバいヤバい、興奮してくる。
――――――――嬉しい!
「それで、兄上の手は、どうでしたか?」
「? なぜ、そのようなことを?」
デーインさんは見上げて、首をかしげて訊ねてきた。恥ずかしさで顔が熱い。
「その、私は兄上のことを尊敬しているから、あの人と同じことをしているんだと思うと、つい嬉しくなっちゃって······かな······」
私たちの間に微妙な空気が流れ、しばらくしてデーインさんから「終わりました」と声がかかった。
約三十分。色々と貴重な話が聞けて楽しかった。
「兄さん、終わりましたよ······」
「うむ!!!」
デーインさんからドーインさんに羊皮紙が手渡され、一つ一つ漏らさないよう内容を目でなぞっていく。
髭の所為か、難しい顔をしているように見える。デーインさんは遅くても一日はかからないって言っていたけれど······。
「よし!!! 整いましたぞ!!!」
「整ったって、もう?!」
「ええ!!!」
ドーインさんの返答は自信に満ちていて力強かった。
「速いですね」
「ええ!!! 姫様の場合はとてもシンプルなので!!! 拝見した瞬間すぐに思い浮かびましたぞ!!! こんなことは!!! 初めてです!!!」
それって、私の魔術的な素材が単純ってこと? 喜んでいいのかどうか複雑。
「む?!!! 姫様!!! 勘違いなさらぬよう加えさせていただきますと!!! あなたは魔力との親和性が平均よりも高く!!! さらに内包しておられる魔力量も皇太子殿下に差し迫る程に強大!!! ならば!!! あなたには!!! 素養が最も近い皇太子殿下のものと同じ素材で武器をお造り致しましょう!!!」
あまりの衝撃に胸が高鳴った。
兄上が使っていた愛剣"グラン・アルブル"と同じ素材のものって、こんなに嬉しいことはない!
「差し当たっては!!! 一つ注文をよろしいですかな!!!?」
「え?」
「我々は武器の製作に当たり!!! 素材は所有者自らの手で入手していただくという手法をとっております!!!」
ダミアノスに目を向けるとゆっくり頷かれた。どうやら冗談というわけではないらしい。
「訳を聞いても?」
「聞くところによると!!! 姫様は魔式を習得なられるとのことで!!!」
「まあ、はい。そんな話になっちゃってますね。それとなにか関係が?」
「ええ!!! 武具とはいわば外付けの肉体!!! 魔術的要素を当て嵌めるならば術者本人の身体と変わり無く扱われる!!! ともなれば!!! 武器も当人に適した素材であり!!! 同時に当人の直感によって相性!!! 適合性をお決めにならなければなりません!!! ましてや!!! 姫様の場合は属性の色が強く出ておられる!!!」
理屈としてはなんとなく理解できる。でもそうなると、素材も所有者を選んでいるとも解釈できる。そこは不可解だ。
「ま、要は自分で見つけた素材が一番出来映えが良くなるって話だ。ドワーフの言うことは堅くていけねぇ」
ダミアノスの助言ではぐらかされた感はあるものの、ドワーフ兄妹の反応を見るにそういうことでいいらしい。
「わかりました。それで、必要な素材というのは?」
「お待ちを!!! デーイン!!!」
「はい、兄さん」
デーインさんから
「ふるぐりる?」
「それが!!! 姫様に合った素材に御座います!!!」
読んだところ雷の力を宿した鉱石らしいけれど――――と、
「これ、本当に取りに行かなくちゃならないんですか?」
「尊き姫様に苦労を課すのは大変心苦しいですが!!! 行かなければこれ以上は強力致しかねます!!!」
そういうドーインさんの眼差しは、確固たる信念と私に対して覚悟を問うているようで凄まじく濃かった。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
翌日、私はアリス、カイン、スヴァルを連れて『
「まだですの~、クレイ嬢~」
既にカインはくたびれていた。馬車で大森林まで来てからというもの、ずっと歩きだ。情熱的なまでに真っ赤なドレスに拘るカインには、こういった自然環境と相性が悪い。
「我慢して。もうちょっとの筈だから」
地図の通りに進んではいるのだけれど、いかんせんざっくりとしたイラストに点と線と丸のみがある簡素なもので、距離がわからない。休憩を挟みつつかれこれ一時間は歩き続けている。案の定目的の『
「ねえねえ、クレイ嬢?」
「なに? スヴァル」
「なんで今になってアタシ達を誘ったのわけ? 御付きの狂犬くんはどうしたの?」
なーんか、ヤな物言い。ダミアノスと依頼に出っぱなしだったのがよっぽど不服みたい。かなり根に持ってる。っていうか、アリスからも冷たい視線をひしひしと感じるのだけれど、気の所為だと信じたい。
「一応、誘ってはみたよ。けれど、『採集は俺の性分じゃねぇ』ってさ」
「ふ~ん。とうとう、フラれちゃったんだ~。フラれて悲しくて、
スヴァルに撫でられると頭が冷たい。絶対根に持ってるわ。このミス・シャーベット。腹いせに毛根まで凍らせないでほしいわ。まあ、やらないだろうけれど。
取り敢えず、なんとか日が沈む前に森を抜けた私たちは夜営することにした。テントを二組張った後、適当に食事を済ませてカインとスヴァルの連携で簡易的な温泉を設けて入浴。ただし、スヴァルは溶けてしまうので、一人だけ結界を隔てた氷風呂に浸かっている。
ちなみにアリスは見張り。一緒に入ろうと誘っても、彼女は何がなんでも動きません。
「ひゅる~。疲れがとれましゅわ~」
カインったら、マシュマロみたいに蕩けちゃって。
「なんか、ごめんね。カイン。無理して付き合ってもらっちゃって」
「なにを言いますの? 私はクレイ嬢と一緒にいられるだけで、十分ですよ~」
蕩けすぎて口調がおばあちゃんになってる。相当疲れてたんだね。余計に罪悪感が······。
「そう言えばさ、またなんで依頼でもないのに鉱石を探してるのか、説明聞いてないんだけど?」
スヴァルが石で積んだ縁に両腕をかけて訊いてきた。
そう言えばまだ話してなかったっけ。
「あぁ、ダミアノスに魔式を習得しろって言われてさ。今までの武器じゃダメだから、新しく新調しろって。で、その素材を取りに来ているわけだけれど」
「まーた、めちゃくちゃな無茶振りされたの?」
「まあそんなとこ。しかも半年で」
「······マジで?」
「マジもマジだよ。いや、この際ガチだね」
「ひぇ~」
ホント、とんでもない無理難題だよ。
「でも、何がなんでもやらなきゃだから」
「ふ~ん」
なにやら、スヴァルが神妙な面持ちをしている。
「なに?」
「べっつに~」
本当になんだったんだろう。たまにスヴァルは大人びているというか、達観したような雰囲気になる。
今はとにかく、『
お風呂から出ようとしたら、背中に柔らかな感触を覚えた。振り返ると、カインが漂流していた。小柄な体型にしては明らかにアンバランスな二個のメロンが、プカプカと浮き輪の役割をこなして彼女の頭を支えていた。
これはこれは、なんとも収穫しがいのある。つい、両手が吸い込まれるようににぎにぎと。
「······カイン」
「ふぁ~い?」
カインは風呂の愉楽に蕩けきっている。やるなら今しかなーい! いざ行かん!
「そのフワフワメロンパン、愛でさせろー!!」
「はっぎャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――!!!」
カインのお陰で私の心の余裕は保たれた。ほっぺた腫れちゃったし、手にした感触楽園に比べれば妥当な対価だ。――――
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
翌日、西の村に到着した。規模は小さく、見えるだけで住居は十軒程度。なんか、全体的に生気を感じない。私たちって来訪者がいるのに、特にリアクションは一切無し。
晴れやかな天気なのに、なんて淀み具合。夏手前の筈なのに秋みたいな涼しい空気が流れてる。
「ここでいいんですの?」
カインが一同の疑問を溢した。
「多分。ここ以外にそれらしい村は見つからないし、合ってはいると思う」
「なんか、久しぶりに壁の外って感じの貧相な村だね」
スヴァルが言った。
確かに、森にはカルス様がいるからその恩恵にあやかって壁外領にしてはそこそこ栄えた村はある。けれど、港町を除くとこういう村々は多い。駐屯している区衛兵も見かけない辺り、割りと最近出来たばかりの管理漏れ、または対応が遅延している
村と銘打っているけれど、実際は昔の戦地跡をそのまま貧民が雨風凌ぐために流用しているだけ。ここも恐らくそういう類いのものだろう。
「静かに通り過ぎましょ。この人は、事を荒立てようなんて考えていない筈だから」
皮肉なものだ。グラズヘイムで最も安寧に近いドラグシュレイン区にも、この村のように保護しきれていない問題がまだたくさんある。
どうにかしたいけれど、今の
私はなるべく、村人と目を合わせないようにして歩いた。時折、斜め下の方から視線を感じる。
一瞥したら、家の壁に寄りかかって私たちをじっと睨むように注目する少女がいた。歳は私と同じくらいで、ズタズタな麻袋を衣服にしている。
何かしら恵んであげたかったけれど、そうすると一転して村のみんなから襲われる可能性があったため断念した。心の中で謝罪しながら、一本道を黙って通過する。
少し進んで、村を見渡せるほどのなだらかな丘陵を登った。特に周囲に何かがあるというわけでもなく、ただ若緑の野原が一面に広がっているだけだ。
「あれ? おかしいわね」
地図の方向を間違えたのかな、とくるくると回したけれど、印は間違いなくここを差している。
座標、ズレたかな? 本当に距離感がわからない。
「見事になんにもないね」
「鉱石どころか、坑道すらありませんわよ? このようなところに、本当に雷の力を宿した鉱石とやらがあるので?」
カインがスコープを右目に付けていたけれど、本当にそれらしい場所は見当たらないらしい。
あれだけ推しておいて、間違った地図を渡すわけもなし。ドワーフは鉱山や鉱石の知識には富んでいるから、それにも誤りは無さそうだと思うのだけれど······どうしたもんかね。
「キャッ!!!」
「ん? 今の誰の悲鳴?」
カインはいた。スヴァルも首を横に振っている。だとしたら――――え?
「え? 今のアリスなの? ってかアリスどこ?」
いつの間にかアリスの姿が無くなっていた。みんなで探し回るも、金髪ポニー眼鏡の巨乳メイドの影も形もない。
「まったく。あのメイドったら少しでも目を離すといなくなルンッ!!?」
いきなり地面が消え失せて、気づけば暗い暗い滑り台を悲鳴をあげながら滑り落ちていた。そしてまた矢継ぎ早に、突然お尻に割られたような大打撃を食らわせられた。
「ふっぎゃー!! クッソいてぇぇぇぇぇぇ!! 割れる割れる、お尻が割れてるってこれェー!! くァァァァァァ!!! にょほォォォォォォ!!!」
「ご心配なく、クレイ嬢。臀部は既に割れています」
「わーかってるよッ!!――――って、アリス?」
上下反転した視界に、魔力の光を掌の上に灯したアリスが立っていた。
「なんでいるの?」
「落ちました。貴女様みたいに」
「落ちたんだ。私みたいに」
「はい。で? いつまで変なブリッジをしているおつもりで?」
「あ、ごめん」
取り敢えず立ち上がって周囲を見渡す。
「驚く程真っ暗闇ね。地下空洞?」
「少し見てみましたが、かなり広大なようで。まだまだ奥に続いております」
まさかとは思うけれど、地図に示していたところってここ? じゃあ、わかるわけもないじゃん。
「あ、地図落としちゃった。まずったな」
「ビャァァァァァァァァァァァァ――――――――!!!」
「ん?」
なんか穴の方からスンゴイ甲高い悲鳴が聞こえてくるわな?――――と思ったら、お腹に重い衝撃が襲いかかってきて、同時に視界が暗転した。
「もー! なにするんですの! スヴァル様、って、あら? アリスさん?」
「どうも。カイン嬢」
「どうも。あれ? クレイ嬢は一緒では?」
「そこです」
「なんで私のスカートを差しているので?」
あ、光が見えた。
「クレイ嬢?! なんで私のスカートの下に?!」
「色々あってね。っていうか、カインっていつもこんな重いドレス着ているの?」
「も、申し訳ございません!! 今すぐどきます!!」
ヤバい。絶妙なクリティカルヒットで腰が起こせない。
「大丈夫ですか?! うん。平気平気。これくらい、治癒魔術でなんとかなるよ」
言いながら私はお腹に緑色の魔法陣を展開してみせた。
「あ~、楽になってきた」
「ヤッフォォォォォォォォォォォォ――――――――!!!」
なんか穴の方からスンゴイ楽しそうな声が聞こえてくるわね?――――と思ったら、背中に重い衝撃が襲いかかってきて、同時に顔面にも凸凹した感触に激突。
「いや~、まさか落とし穴があったとはね。こりゃあ、驚いちゃうよね――――って、あら? アリスにカイン! やっぱりいた。で、カインはなんでそんなアタシの足見てお口あんぐりさせちゃってるのかな?」
「ぐぇ~!」
「ぐえって、え? あ······クレイ嬢もいたんだ」
「色々あってね······カインより苦ちぃ······」
「あ、ごめんごめん」
取り敢えずは、全員揃ったわね。っていうか、さっきから私ばっかりやたらと痛い目に遭っている気が······。
洞窟の全容は計り知れなかった。よく声が響くことから、広さも然ることながら高さもかなりある。
灯りがあっても四方八方、延々と闇が続くものだから、私たちが滑り落ちてきた穴から右側の壁伝いに進むことにした。前から勘の鋭いスヴァル、灯り係のアリス、私で最後尾はカインという配置だ。
進行を始めてから、ずっと魔力感知を張り巡らせているけれど、特に反応は無い。不気味な程、静寂だ。
「これ、崩れたりしないよね?」
そうスヴァルがぼやいたとき、全員の歩みが止まった。
「ス~ヴァ~ル~ちゃ~ん」
「いや、そうじゃん! クレイ嬢。アタシら、今のところ当てもなく彷徨ってるようなもんだよね? 手から感じる岩肌感からして、この辺に『
「うっ!」
ぶっちゃけ、ド正論。こんな広大な洞窟が、なぜ今まで知られていなかったのかは確かに謎だ。――――というか、まさか素材が地下空洞にあるなんて話してくれない限り予想できないでしょ!
そもそも、資料に書いてあった鉱石の特徴には『稀に変質した魔石の一種』としか書かれていなかった。あと、不穏な一文が綴られてもいたけれど、それを言うとついてきてくれない可能性があったためまだ話していない。
「気の所為でしょうか。なんだか、段々空気が重くなってきてません?」
カインが指摘した。
「そう? 私は逆に澄んでいると思うのだけれど」
「クレイ嬢の感性って、正直言うとあんまり信用できないんだよね」
「む?! なんで!」
「旧聖堂。クレイ嬢だけ不自然に平気だったよね?」
あ~、その事ね。
ダミアノス曰く、私には悪魔の魔力に対して耐性があるらしいけれど、今のところアガレスやバルバトスのときに感じたノイズや不快感はキャッチしていない。だから、今回のは単なる閉塞感によるムカムカな気がするけれど。
そうこう思考をしている矢先、正面から巨大な物体を検知した。
「この先、大きな岩があるよ。気をつけて」
「オッケー」
スヴァルの返事が聞こえた直後、魔力感知にまた何かが引っ掛かった。けれど、すぐに収まった。
今の反応はなに?
「ねぇ、なんか生暖かい空気が流れてるんだけど? クレイ嬢、何かいない?」
「ちょっと待って。さっきから、なんかおかしいの」
魔力感知は魔力を周囲に発散して空間を把握する魔術の基礎だ。範囲と知覚精度の差は魔力量と濃度による。
動物、静物問わず引っ掛かる筈だから、反応からして何かが微かに動いてはいる筈。けれど、その何かがわからない。かなり近いのだけれど、全体像が掴めない。
「大丈夫? マジで大じょ······」
「ん? スヴァル?」
急にスヴァルが黙り込んでしまった。それに伴って、進行も止まった。
「どうしたの? スヴァル」
「しーっ!」
再度呼びけたらスヴァルは口元を押さえてきた。口回りが一気に冷たくなって、すぐに払い除ける。
「どうしたの?」
「大声出さないの!? とにかく静かに! クレイ嬢、速くここから逃げよう。今すぐに」
鬼気迫る表情を浮かべながら小声で言うスヴァル。彼女が冗談抜きでこの形相で訴えてきているということは、本気でかなりヤバい。私の魔力感知に引っ掛からないなにかを、狩猟民族出身者特有の勘で察知したんだ。
ここは無理せず、スヴァルに従おう。
「わかった。カイン、今来た道戻って――――」
「は······は······ハァー······――――」
カーイーンーちゃーん~??? なんで鼻をそうむずむずさせているの? まさか、スヴァルの冷気に当てられて?
「ハァー······――――」
それはあまりにもベタな展開が容易に予想できた。カインのそれは途轍もなく盛大且つ苛烈だ。ただ「くしゅん」とするだけならまだかわいい。しかし、ことカイン=ナッツレールに限ればそう余裕をいってはいられない。こんな切迫した状況でなくともだ。
「カイン、押さえて!」
「ぶるぅあーションッ······!!!」
くしゃみと同時に、カインの足元にドカン!! と爆炎が弾けた。視界が噴煙で遮られながらも、ようやく私の魔力感知に明確な反応が起こった。
スヴァルが危惧していた要因は、私たちのすぐ横で眠っていたのだ。気づけなかったのは、あまりの大きさ故に寝息を立てるのがとてもゆっくりだったから。
噴煙の中で、私の魔力感知では岩だと思っていた謎の物体は大きく揺れ動いた。その輪郭を捉えたとき、私は開いた口が塞がらなかった。
間違いであってほしかった。誤認であってほしかった。けれども、現実は無情につきつけた。
噴煙が晴れた先、暗がりから私たちを見下ろす蛍火が二つ並んでいる。そして、グルルルルと太い太い唸り声を上げ、輪郭の形は変わって全容を掴めてしまった。
蛍火が半月となったとき、それは全身から猛々しい轟音と目映い青白い稲光を放って姿を現した。
ざらついた凹凸の激しい紺青の鱗を雷光がチリチリと迸り、地につく強靭な四足は軽く地面を割った。帆船の帆のような巨大な一対の翼膜と鋭利な黒爪と、湾曲した一対の角。そして、怒りで牙を剥き出しにした大口。そこから発せられる咆哮は、まさしく天を割る勢い。
全員唖然とした。
悪魔なんて生温い。それはこの世で最も遭遇してはならない特等災害指定生物。種族そのものが
「······“ドラゴン„······」
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