第6話 子守歌
「どうしてほうきなのよ……」
「ルーラ、これ何?」
ほうきを知らないザーディが、無邪気に尋ねる。ルーラは空しくなった。
結局、その日の晩ごはんは、ルーラの持って来た布袋に入っているパンに……。
「今日はパンしかないけど、明日はがんばるから」
ルーラは苦笑いしながら言ったが、ザーディは嬉しそうに固くなりかけたパンをかじっていた。
十日間泣いていたのなら、もしかすると久々の食事かも知れない。
ザーディの主食が何か知らないが、喜んで食べているから人間と同じものでもいいのだろう。
やがて夜になり、獣よけのために小さく火を焚いた。
さっき魔法が失敗して出てきたランプも、そばに置く。温度が下がって寒くなったので、これまた失敗して出て来たコートにふたりしてくるまった。
大きいから、十分に身体をくるめる。ほとんど寝袋だ。
「失敗は成功の母って言うけど、本当ねぇ。こんなところで役に立つとは思わなかった。これで、ほうきに使い道があればね。まさか森の中を
ひょうたんから駒、で、ルーラは自分の失敗がうまく利用できて嬉しかった。
もっとも、喜んでばかりはいられない。ちゃんと目的にそって魔法がこなせるようにならなければ、帰ってもまたロシーンや友達にバカにされてしまうのだから。
「ルーラ」
「なぁに」
「おうた、歌って」
「どんなのがいいの?」
人間でない存在には、どんな歌がいいのだろう。
その存在にしかわからない歌なんてリクエストされてもルーラには歌えないし、人間の歌をザーディはわかるのだろうか。
「何でもいい」
ザーディの両手は、コートの下でしっかりとルーラの手を掴まえている。こんなことになるまでは、きっと母親にもこんな風に甘えていたのだろう。
コートをはおって、ふたりで温まって。この状態は、母親に抱かれているのと同じ状況に違いない。
それなら、今ザーディがルーラに歌ってほしいのは、きっと子守歌なのだろう。
「じゃ、あたしが母さんによく歌ってもらったのを、歌ってあげる」
コートを引っ張り、風邪をひかないように改めてしっかりと身体を包み込む。
そして、ルーラはきれいな声で、ゆったりとしたメロディーを口ずさんだ。
星のふねが浮かぶよ 星のふねが浮かぶよ
眠りの海の中に 限りない海の中に
星のふねが進むよ 星のふねが進むよ
眠りの海の中を おだやかな波の中を
月は優しく 全てを照らす
星のふねも お前の寝顔も
眠りの中で ふねは走る
金と銀の しぶきをあげて
ゆるやかな 風をうけて
めざすはかがやく海の果て
そこにあるのは 夢の世界
誰もが焦がれる 遠き国
だからお前は ふねにのる
星でつくった ふねにのる
星のふねは すべりゆく
お前をのせて 夢の彼方へ
ふと見ると、ザーディは眠っていた。
初めに見た頃に比べると、とても穏やかな表情をしている。誰かがそばにいる、というので安心しているのだろう。
完全に心を許してもらっている、とわかって、ルーラも嬉しい。
「かわいい……」
自分も幼い頃、母にこの子守歌を歌ってもらってこんな風に眠ったのだろうか。
ちょっと不思議な気がする。
「星のふねが…浮かぶよ……星の…ふねが…………浮かぶ…よ……」
歌いながら、ルーラもいつしか眠りの中に引き込まれていた。
☆☆☆
ぱきん
枝の折れたような音がして、ルーラははっと目を覚ました。
あれ……ここ、どこだっけ。
辺りが暗いので、自分がどこにいるのか、しばし考える。
そばに消えかけの火があり、隣りに銀髪の小さな男の子が眠っているのを見て、今の状況を思い出した。
ああ、そうだ。あたし、旅に出たんだっけ。今は森の中で……。
ビローダの森へ入り、そこで魔法のかかったトカゲの子(正体不明)を拾った。
向かう先が同じらしいので一緒に森を抜けることにし、ここで休んでいたのだ。
アクシデントがありながらもふたりでのんびり歩いて来たが、それなりに奥まで入って来ている。
周りを見回すが、木々がこれでもか、という程に密集して伸びており、今が昼なのか夜なのかわからない。
夜の時間に寝たはずだから、この薄暗さから考えて夜明け前、くらいか。いくら疲れていても、こんな場所で昼過ぎまで寝過ごしたということはない……はず。
それより、さっき自分を起こした音は何だったのだろう。気になる。
もしも獣なら、警戒しなければいけない。どんな動物がいるか、こんな森の奥まで入ったことのないルーラには、見当もつかないのだから。
こういう森なら、ほぼ確実に普通ではない動物もいるはず。
「ザーディ、起きて」
遠くの方で聞こえた気はするが、夢の中の音なんかじゃなかった。場所が場所だけに、注意しすぎることはない。
「ん……なぁに」
ルーラは、ザーディを揺すって起こした。ザーディはまだ寝ぼけている。
「何か音がしたの。森の動物が食事に来たのかもね」
「……食べられちゃうの?」
半分頭が寝ているのか、恐がる様子はない。まだ恐がる要素はないのかも知れないが。
「やーね、不吉なことは言わないで。もしそうなら、すぐに逃げるわよ」
そんなことをこそこそと話しながら、自分達を寒さから守ってくれた毛布、もといコートを消す。
ランプも消し、結局役に立たなかったほうきも消そうとした時、暗がりの中からバタバタと羽音が聞こえてきた。
ルーラが目をこらして見ていると、小さな鳥の姿が浮かんでくる。黒い鳥なので、薄暗い中ではよく見ないとわからない。
この鳥、こんな暗い所でよく飛べるわね。夜行性かしら。コウモリじゃないわよね。こんなスズメみたいな夜行性の鳥って、初めてだわ。森にはよくいたりするのかしら。
夜行性の鳥と言われたら、ルーラはふくろうくらいしか知らない。
それより、この鳥を見た途端、何だか不吉な予感が通り過ぎた。何がどうとは説明できないのだが、どことなくいやな感覚が身体を覆うような気がする。
やがて、ガサガサと何かが歩いてくる音が、今度こそはっきりと聞こえてきた。間違いなく、こちらへやって来ようとしている。さっきの音も夢じゃなかったのだ。
ルーラは急いで布袋を持ち、ザーディを抱き寄せる。
もう片方の手でまだ火のついている太めの枝を持った。襲われた時、わずかでも抵抗して逃げる際の時間稼ぎにしようという訳だ。
そうしてルーラが構えていると、鳥を追って来るようにして何かが現れた。
ルーラとあまり背が変わらない、男らしき人影。その後ろから、やけに大きな人影。初めに現れた影が小さい分、余計に大きく見えてしまう。
さらにその後ろから、もう一つの人影。一番まともな大きさだ。
「昨日の三人だ」
ザーディに言われるまでもなく、ルーラも顔を見る前にすぐわかった。
だが、恐れるよりあきれる。
たかが子どもふたり(昨日は一人と一匹状態だったが)をこんな所まで追って来るなんて、何を考えているんだろう。
何が起きるかわからないこんな森の奥まで、間違っても大金を持っていそうにない子どもを追って来るなんて、絶対正気の沙汰じゃない。
それとも、盗賊というのはみんな、こういうものだろうか。何も奪わずに逃げられたら、プライドが許さない……なんてくだらないことを考え、周りの状況を無視して。
「やっと追い付いたぜ。また会えたな」
息を切らしてチビの男、ノーデが言った。他の二人は息を切らしていない。小さい分、歩幅が狭くて他の二人が歩く距離を小走りに来たのだろう。
「何しに来たの。あたし達の後を追っても、何もないわよ。昨日、ちゃんと言ってあげたでしょ。まったく、何を聞いてたのよ、おじさん達」
ため息まじりにルーラが言った。恐いという感覚が、この三人を見てもどうしてもわいてこないのだ。
「達って、まとめるな。俺はおじさんと言われるような歳じゃない」
「だっておじさんのグループにいるんだもん、おじさんって言われても仕方がないわよ」
レクトがムッとしてまた抗議し、言われたルーラは口をとがらせる。
「レクト、お前は黙ってろ。わしは歳の話をするために、わざわざ追って来たんじゃないんだ」
「じゃ、何しに来たのよ」
「お前が連れていた、トカゲの子がほしいんだ。いや、竜の子をな」
ルーラは目をパチクリさせて、ノーデを見た。
「何の子って?」
「竜だ。隠したって無駄だぞ。わしにはわかった。あんな美しい鱗は、そこらにいるようなトカゲは持ってない。竜だけが持つ美しさだ。さぁ、おとなしくあの竜の子を渡せ。そうすれば、お前には何もしない。約束してやる。あいつさえ手に入れば、お前に用はないからな」
ルーラはそれを聞いて、けたけた笑い出した。
「あれが竜って……何を考えてんの。竜が人間の世界へ、のこのこやって来るはずがないでしょ。竜には竜の世界がちゃんとあって、そこに棲んでるんだから。たとえこの世界へ来たって、トカゲの姿になるはずがないわよ。あれじゃ、かえって目についちゃうもの」
ザーディは、ルーラの隣りで縮こまっていた。
ルーラは自分の隣りにいるザーディが、まさか竜だとは夢にも思っていない。ザーディ自身も、自分の正体を明かせない魔法をかけられているから、ルーラに話せないまま。
だが、なぜかこの男は、ザーディが竜だと見抜いた。いや、見抜いたと言うより、思い込んでいるのだ。
たまたま当たっている、というだけに過ぎないのだが、それでもザーディは捕まえられないかとヒヤヒヤしている。
ルーラにばれても別に構わないのだが、この連中に知られてしまうとよくないことが起きるような気がするのだ。
自分にかけられた魔法も、こういう事態を見越したものなのかも知れない。
「竜の考えることなんざ、わからんさ。とにかく、あいつは竜だ。こっちに渡してもらおうか」
「いないわよ、もう。別れた」
「おい、素直にさっさと渡した方が、自分のためだぞ」
モルが横から口を出す。
上からのしかかるように言われ、さすがのルーラもちょっと恐い。
もっともルーラの恐い、というのは丸太が迫ってきているように感じるというだけで、モルのドスのきいた声なんか気にもしていない。
「だったら、自分でトカゲの子を捜してみれば? ここにはいないんだから。そうしたら、あきらめられるでしょ」
ノーデがルーラを睨み付け、辺りを見回す。確かに、あのトカゲの姿はどこにもない。
だが、すぐにルーラの側にいるザーディに目をつけた。
「おい、昨日はそんなガキはいなかったな」
「あのトカゲの子と入れ替わりよ」
ある意味、入れ替わりには違いないのだが、この場ではちょっと無理のある言い訳だ。嘘ではないが、そう思われても仕方がない。
案の定、ノーデは疑いの目で見ている。
「こんな森の中でか? ふん、所詮は子どもの考えることだな。お前は魔法を使うらしいが、それであのトカゲの姿をそうやって変えたんだろう」
「あたしはそんなこと、しないわよ」
これは嘘じゃない。ルーラは本当に何もしてないのだ。
……してないと言うより、できない。
「ふん、すぐにわかる」
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