第9話 ダンジョン発生

 朝の支度をしていたらダンジョン発生の一報が入った。



 反対側のほうが近そうだったのに、ドラゴニア側にダンジョンができたのだ。


 急いで駆けつけると、数日前までテントの前で飲んだくれていた兵の皆さんが、凛々しい顔で整列していた。


 やるときはやる。彼らは優秀なのだ。


「ご苦労様。今からダンジョン攻略をするから、なるべく人を集めて、魔力結晶の運び出しを手伝ってちょうだい」


 ダンジョンを消滅させるためには、中にいる魔物を一匹残らず討伐すること。魔力結晶をなるべく運び出すことが必要だ。

 魔力結晶の運び出しは絶対というわけではないのだが、結晶があると魔力が濃くなり魔物が生まれやすい。全ての魔物を討伐したつもりでも、知らないうちに新たな魔物が生まれていてダンジョンが消滅しないということが起こるのだ。


 それに魔力結晶は資源にもなる。エネルギーにもなるし、パピヨンレターの核が作れる。


 アイリスがグラネラとセキウを連れて中に入り、主要な魔物を蹴散らして進む。

 ダンジョンの外では、人を集めてチームに分け、アイリス達を追いかけるように魔力結晶の採集をしてもらう。魔力結晶は重量があるので、運び出し専門の部隊が必要なのだ。


「じゃあ、行くわね。あとは頼むわ」

「はい!!」

 気合いの入った返事を背に、アイリスは先頭をきってダンジョンに入った。


 ボルドー色のローブをはためかせ、颯爽とダンジョンに入るアイリスの後ろ姿を、そこに集まった全員が安心感をもって見つめていた。

 何と言っても、ドラゴニア最強の魔女なのだ。



 ダンジョンに出る魔物は十種類ほど。ゾンビやスケルトン、ゴブリンなどと、狼やヒョウ、吸血コウモリ、あとはその土地に因んだ魔物が出る。

 ドラゴニア山脈の下にできたダンジョンだったら、ドラゴンが出ることは確実。


 おそらくボスもドラゴン。


 いつも以上に手強いダンジョン攻略になりそうである。


 アイリスは、自分の力を試すかのように戦っていた。

 

 空気を究極まで圧縮して、平たく成形する。そのまま温度をあげていく。圧縮した空気が暴れ始めた。

 それを無理やり抑え込み、熱い空気の刃をゾンビに投げつける。


 ゾンビに当たったとたんに、圧縮された空気が爆発して大きなダメージとなる。


 ゾンビくらいなら一撃だ。


 逆に冷たい刃も作り出した。


 ゾンビが一部凍り付き倒れるが、熱いほうが効果が高そうだ。


 温度は変えずに、刃の速度を最大限あげる。


 刃が貫通した後で、ゾンビは自分が攻撃されたことに気がついたようだ。

 膝をついて倒れると、黒い霧になって霧散した。


 ダンジョンの中は魔力で満たされていて、アイリスにとっては魔法を使いやすい環境だ。


「ゾンビって呼吸しているのかしら? 空気をなくしてみたら、大量に倒せるかしら?」

「アイリス様、私たちまで殺すおつもりですか?」

「あぁ、確かにそれは駄目ね」

 グラネラに突っ込まれてしまった。

「じゃあ、全体的に熱くすれば、大量に・・・」

「それも、俺ら、やられるんじゃ?」


 まさか!! セキウにまで突っ込まれるなんて!!


「ちょっと面倒なのよ。いっぺんに倒したいじゃない」

「ダンジョンは洞窟ですから、空気全体を変えるのは勘弁してください」

 魔物を倒しながら進んでも、お昼前にはボスのところに着きたい。だいたい大門までの道のりの半分だと思うと、ノロノロ進んでいたら、いつ最奥にたどり着くかわからない。

「サフラン様も後ろから来ていて、横道を担当してくれますし、私たちはボスまでまっすぐ行けばいいのですから」


 そう言われて、焦る気持ちが落ち着いた。

 

 私も大暴れして、スッキリとエドワード様を忘れなきゃ。


 そう思うと、胸が少し痛んだ。


「まぁ、大暴れしたいだけだから」

「アイリス様は、エドワード様に懸想されていましたからね」

 ため息と共にグラネラが呟く。

「懸想じゃないわよ!!」

 思ったより大きな声が出てしまった。アイリスも薄々感付いている。

「それならいいんですけど」

「私の結婚相手は、闇の魔法使いじゃないと駄目なのでしょ!!」

 イライラして、目の前に現れた吸血コウモリを高速刃で撃ち抜いた。

 何匹もこちらに向かってくるのを、次々に打ち落としていく。


 バシン!!


 最後の一匹をグラネラに打ち落とされた。

 頬を膨らせてグラネラを見れば、困った顔をしていた。

「ミリアはどう考えているか、わかりませんよ」

 そこで一度言葉を切る。


 ミリアは領のため一番いいことを実行しようとする。

 最良は、アイリスが魔力の多い闇魔法使いと結婚し、宝石眼ジュエルアイズをもつ闇の魔法使いの子供を産むこと。


 グラネラのガーネットの瞳が、まっすぐアイリスの目を見つめてきた。

「私は、アイリス様に幸せになっていただきたいです。アイリス様を護衛させていただき長くはありませんが、それでもアイリス様のドラゴニアへの思いは知っているつもりです。

アイリス様が我慢なさらなくても、良いのではないでしょうか? 工夫次第で、領の経営は成り立つのではないでしょうか?

危なっかしいアイリス様をお守りしたいとは思っておりますが、端から反対するようなことは致しません。どうか、置いていかないでください」

 エドワード様が大門にきたとき、二度ほど置いていったことを言っているのだろう。二度とも追いかけてきたではないか。


「嫌ね。そんなんじゃないから。エドワード様は、このダンジョンがなくなれば、王宮に帰るはずなのよ。だから、もう会わないわ」


 もう、会うことは、ない。


 微かに、胸が傷んだ。


 これは、本格的に婚約者を探したほうがいいかもしれない。


「アイリス様。好きな人とは、そんなに簡単に忘れられるものではないと思います」

 少し後ろを歩くセキウを振り返り、睨み付ける。

 いつもとぼけていて、恋愛など興味がなさそうなセキウに言われると、無償に腹が立った。


「だから、そんなんじゃ、ないってば!!」


 アイリスの八つ当たりにも近い攻撃で、現れる魔物は瞬殺されていく。

 ダンジョンの中心に近づき、魔物が強くなってもアイリスの勢いは衰えない。一発では倒せないことも増えたが、反撃される前には倒して、さらに進んでいった。


「ボスはドラゴンね」

 洞窟内にぽっかりと空いた広い空間の真ん中。丸くなって寝ていたドラゴンは、瞼をあげ目玉だけを動かし、こちらを見た。

「大きいわね」

 ただでさえ鱗が固いのに、大きいと急所が分かり辛い。

「う~ん。思いっきりやっちゃってもいいかしら?」


 ダンジョン内に満ちた魔力のお陰で、アイリスの魔力には余裕がある。

 ここまでずいぶん暴れてきたのに、まだ気持ちが収まらない。この胸のチクチクは、イライラだけではない気もするが。


「俺らに危害の無い方法でお願いします!!」

 グラネラとセキウが距離をとったところで、アイリスは両足を肩幅に開いて両手を広げた。


 溢れだした魔力が周囲を満たし、髪やローブを揺らす。


 アメシストの瞳を爛々と輝かせて、ドラゴンを見据えた。


 異常事態を察知したドラゴンは、起き上がると尻尾を地面に打ち付け、咆哮をあげた。

「アイリス様! ちょっと、やりすぎ!!」

 グラネラの焦った声に笑みを浮かべ、両手を勢い良く振り抜くと、それに連動した無数の刃がドラゴンの胸の辺りに目掛けてとんでいく。


 幾つかは鱗に弾かれたが、勢い良く当たる刃によって、ついに鱗が剥がれ飛んだ。


 アイリスの放った刃は、半分以上残っている。


 風を切る音を残して向かっていく刃が、次々とドラゴンの胸の辺りに食い込み、爆発。鱗を飛ばしていく。


 バリ、バリ、バリ!!


 嫌な音が響き渡った。


 ドラゴンは、胸の傷を隠すように背中を向けて、そのまま尻尾を振り抜いてきた。


 尻尾が当たる距離ではないが、チラリと魔力の歪みが見える。


「魔法が来る。避けて!!」


 後ろにとぶと、アイリス達がいたところに剣くらいの氷が突き刺さる。


「氷の魔法ね!!」


 手をかざして、大きな刃を作り出す。

「これでどうかしら?」


 腕をゆっくりの振り抜けば、ドラゴンは迎え撃つように牙を剥いた。


「さぁ、追い付ける??」


 腕を右にふれば刃は右に、それについてドラゴンも視線も右へ。

 左にふれば、左へ。


 勢い良く回して、真横に振り抜いた。

 それに連動して大きな刃がドラゴンを周り、低い位置からドラゴンの首を跳ね上げ、大きな爆発を起こした。


 ドガ!! バン!! ドガン!!


「命中!!」


 ズッドォォォォォーン!


 ドラゴンは大きな音を立てて倒れ、黒い霧と化した。


「ふん!」


 私にかかれば、こんなもんね!


 自慢げに胸をそらせる。


 魔力の大部分を使ってしまった。


「アイリス様。まだ奥に通路が」

「いまのドラゴン、ボスじゃなかったのかしら?」


「その先からですかね? 話し声が聞こえますよ」

 その言葉にアイリスは着ていたローブのフードを被る。


 黒いローブではないが、仕方がない。


 セキウの広い背中に隠れると、話し声は聞き取れるくらい近付いてきた。

「さっきの音はなんなのでしょう!? 怖いわ!!」

「・・・・・」

 女性の声に比べて次に話した人の声は、聞き取れなかった。

「もう十分来たわよね。戻ってもいいんじゃないかしら? そもそも、何で私が来なきゃならないのよ!?」

「・・・・・」

「ねぇ!! ちょっと! なんで走るのよぉ!!」


 足音が大きくなって、通路の先から人影が現れた。

「アイ・・!!」

「お待ちください!!」

 聞き覚えのある声。初めがエドワード様で、制止したのがカイトだろうか。


 こんなところで会えると思わなかったので、嬉しく思う。顔を見て話したい。


 セキウの背中から飛び出しそうとするアイリスの腕を、グラネラが掴んだ。


「彼らだけではないようです。アイリス様は隠れていてください」

 グラネラとセキウに緊張感が走り、アイリスはセキウの後ろで縮こまった。

「待ぁってぇぇ!! 置いていかないでぇぇ!!」

 金切り声とは別に、男性の声が聞こえた。

「ここはなんだ? 彼らは?」

「ドラゴニア伯爵の護衛ですから、あの先はドラゴニアに続いているのではないでしょうか」



 セキウが前を向いたまま呟く。

「第二王子のセオドア様です。護衛もいますね」


 反対側から王子二人が来たということは、ドラゴニア山脈の反対側、エドワード様と見た辺りにも道ができてしまったということだ。



 あちら側は、王領の飛び地。

 瘴気が頻発しているようだし、王子を派遣しなければならないほど人がいないのかしら?

 セオドア様は宝石眼ジュエルアイズだということだし、もしかしたら戦力に数えられているのかもしれない。


 他の貴族ならもっと詮索しただろうが、貴族との繋がりのないドラゴニアは、王子についても詳しくない。

 ドラゴニアであれば、最高戦力のアイリスが派遣されることは当たり前であるのも合間って、三人とも納得してしまった。

 

 女性の声が、洞窟内に反響して響き渡った。

「まぁ~ってぇぇ!?」

 高い声が響き、耳を覆いたくなる。

「えっ? 何? どういうことですの??」

「ドラゴニア伯爵の護衛です。ドラゴニアに続いているのではないでしょうか?」


 さっきも聞いた。このやり取り。


「えぇ~!! ドラゴニアですか!? ってことは、魔女の護衛よね!? 最悪よ!! セオドア様もエドワード様も同じ空間にいたらいけないわ!!」


 かなり、ひどい言い様だ。

 ドラゴニアは誤解されているくらいがちょうど良いのだから、アイリスとしては気にする必要はないと思っているが、グラネラとセキウはピリッとした空気をまとった。


「ねぇ、あいつらやっつけてよ!! 呪われる!!」


 セキウの小声が聞こえる。

「彼女の護衛が慰めているようですが、彼女は……? 見たことがあるような……?」


 アイリスは、セキウの背後で首をかしげていた。


 王子二人にあんな口の聞き方ができるなんて、誰かしら?

 セオドア様のすぐ下には、王女様がいらっしゃったはずだけれど、隣国への嫁入りが決まっていたはず。嫁入り直前の娘を、いくら護衛つきとはいえ、ダンジョンに向かわせるかしら?


「あぁ!! 聖女様だ!」

 セキウがつっかえが取れたかのように、明るい声を出した。


 グラネラが、ズイっと近付いてきて、無言でセキウのお尻をつまんで捻った。

「いてっ!!」

 大きく飛び上がりそうになり、なんとか耐えたセキウに、グラネラが小声で詰め寄る。

「あなた、どこが普通の女性よ! あんな失礼な令嬢、普通じゃないわよ」

 セキウにも言い分はあるようだ。

「黙ってれば、見分けがつかないだろ?」



「何、ごちゃごちゃ言ってるのよ!!」

 聖女様に気づかれたようだ。

「魔女なんて、どうせ、陰湿で、嫌な、女なんでしょうね」


「お前!! なん、て・・・」


 エドワード様の声が途切れて、ドサッと何かが落ちた音が聞こえた。


 グラネラがアイリスの腕を掴んだ。

「アイリス様。絶対に動かないでください」


 エドワード様の言葉が途切れたことも、そのあとの音も気になる。


「エドワード様!!」「えぇ!!」「兄さん!!」


 アイリスを掴むグラネラの手に力が入る。

「エドワード様が倒れました。護衛の方が介抱しておりますので、アイリス様は動かれませんよう」


 エドワード様が倒れるって?? 昨日、会ったときには、元気そうだったのに。


 セキウの背後から覗き見しようとすると、グラネラに引き戻された。


 落ち着け、私!!


 心の中で何度も言い聞かせた。


 相手は王族だ。ドラゴニアの領地は中央とは関わらずに、独自の経営で繁栄している。そんなことは知られてはならない。

 下手なことをして、興味を持たれてはならない。

 私の肩には、何十万人という領民の生活が乗っている。


 それに、エドワード様には護衛がついていて、アイリスができることなど無いのだから。


「もう!! 只でさえ、魔法が使えなくて足手まと………!! ………!! エドワード様ぁ、大丈夫ですかぁ!?」

 足手まといと言いかけた後に、コロッと態度を変えて甘い声を出した。


 エドワード様を悪く言いかけたことも、甘える声で話しかけることも、何だか面白くない。


 アイリスは腹の底が煮え立つような感覚がして、聖女のいる方向を睨み付けた。


「アイリス様、落ち着いてください!!」


 アイリスから溢れだしている魔力を見て、グラネラが慌てる。その魔力が、聖女のほうに向かっていった。


「嫌ぁ~!! 気味が悪いわ!! あんたたち! 何とかしなさいよ!!」

 聖女は走って逃げていった。護衛を引き離して行ったのだろう。バタバタと慌てて追いかけていく音が聞こえる。


 遠くで悲鳴が聞こえた。

「リリー様!!」

 足音が遠ざかっていった。


 しばらくして、二人が緊張を解く。

「アイリス様~。威嚇しましたね」

 セキウにもバレてしまったようだ。

「ちょびっと魔力をいじっただけじゃない」

 アイリスはプイっと顔を横に向けた。

 ダンジョンに大量にある魔力をまとめてぶつけただけだ。

 ゾワッとするくらいの嫌がらせ。


「アイリス様とセキウで、このまま進んでください。私は戻って状況を伝えてきます。なるべく急ぎましょう」

 一部始終を見ていたグラネラは、早くダンジョンを消滅させるべきだと言う。


 特に聖女がどんな反応をするかがわからない。谷の街道以外に、ドラゴニアに通じてしまったこのダンジョンを閉じてしまったほうが良いと言うのだ。

 手分けして魔物を倒し、必死で魔力結晶を運び出す。グラネラにより、大人数が集められ、人海戦術でその日のうちにダンジョンを消滅することができた。


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