第8話 カフェデート

 大門から近い領主館の周りをブラブラしながら、パピヨンレターを気にしていた。手入れされた花壇の花には目もくれず、大門側の空を仰ぎ見る。アイリスは暇を持て余していた。


 領の経営は、ミリアをはじめとする事務担当でまかなっている。アイリスは、最後のチェックや新事業の立ち上げくらいしか出番がない。

 ドラゴニアにおける領主の役割と言えば、魔力溜まりやダンジョンを消滅させ、迷い混んだドラゴンを討伐し、悪さをする海獣を討伐し、・・・。完全に武力担当だ。


 今は、領主館の近くで待機し、ダンジョン発生に備えている・・・ようなものだ。




 アイリスは、視線を地面に落とした。

 ここのところ二日くらい、エドワード様からの音沙汰がない。アイリスに構っていたのも、ちょっとしたお遊びだったのだろうか。




 どうせだったら、大門の外のカフェに行こうかしら?


 いやいや、私ったら何を考えているの?


 慌てて、自分の思考を引き戻す。

 エドワード様がアイリスに興味を持ったのだって、きっと未知の生き物への興味みたいなものだったのだろう。


 そうなると、今日やることを考えなければならない。


 さて、何をしようかしら?

 ここから近いし、魔力溜まりでも見に行ってみようかしら?


「よし!」

 そうと決まれば、行動あるのみだ。

 馬小屋に向かい、愛馬リスタを連れ出し、軽やかに走らせていたら、ミリアからパピヨンレターが届いた。

『オウジキタ タイオウモトム』


 あら!?


 気がついたときには、愛馬リスタを大門に向かわせていた。




 エドワード様は、今までアイリスの周りにいた男性とは何かが違う。

 あんなにサラッと「会いに来た」「可愛い」と、言うなんて。プレゼントは、受けとっていいのか未だに困っているけれど、「領主が来るまで帰らない」など言ってしまうくらい強引なのも、アイリスにとっては新鮮だった。




 エドワード様が闇の魔法使いということはないだろうから、アイリスの恋人としてミリアが許すわけがない。


 彼が仕事として、魔力溜まりを見張っている間だけでも、このドキドキワクワクを味わっていたかった。



 終わりがあるとわかっているのだから、本気になんてならないわ。




 大門が見えてくると、見張りがいることに気がつく。

「アイリス様~!! お一人で来てしまうなんて、グラネラさんが心配していましたよ」


 心配ではなく、おそらく激怒だろう。


 もう隠す必要がないのだから、一人で来たっていいと思うのだ。そこら辺の護衛にアイリスが負けることはないのだし、どうせエドワード様と会うことを反対するつもりなのだろう。


 見張りに愛馬リスタを預け、軽い足取りでエドワード様のいる部屋に入る。


「アイリス。会いたかったよ」


 トクンと心臓が跳ね上がる。

 自然と頬が緩む。


 頬に手をあてて、だらしない顔をしていないことを確かめる。


 エドワード様が、手のひらサイズの箱を取り出した。

「アイリスにこれをあげるよ」


 なにかしら?


 落ち着いたブラウンのおしゃれな箱。

 エドワード様は、アイリスの目の前で箱を開いた。


 チョコレート!!


 宝石のようにキラキラしている!!


「綺麗ですね!! ありがとうございます」


 箱を手に取りチョコレートに釘付けになっていると、エドワード様は立ち上がりアイリスの横に移動してきた。


 そして、クスっと笑うと、チョコレートの箱の蓋を、閉めてしまった!


「えっ!?」


 驚いて横を見れば、麗しいお顔がかなりの至近距離で、心臓がバクバクと煩く騒ぎだす。

「それは、持ち帰っていいよ」

 エドワード様は、アイリスが持っていた箱をテーブルに置いた。空いてしまったアイリスの手を取ると、包み込むようにして優しく撫でる。


 うわわわわ~


 何だかゾワゾワして、平常心を保っているのが難しいのだ。

 手を引っ込めようとしたら、しっかり握られてしまった。


 しかも、距離が近い!!


  肩が触れて、ドキドキしてしまうから、……ちょっと不味い。


 本気になってはいけない。


「実は、そのチョコレートを入荷するときに、製菓用も手に入れてね。あのカフェで使ってもらうように渡してきたんだ。今から食べに行かない?」


 あのカフェのオーナー、腕はいいけれどチョコレートは取り扱っていなかったのだ。


「行きます!!」

 そう言って勢いよく立ち上がるのと同時に手を引いて、エドワード様から距離を取る。


「アイリス様!!」

 ちょうど到着したグラネラからのお叱りの声も聞き流して、お気に入りのカフェに向かった。


 グラネラは、大門でお留守番だ。


 カフェのオーナー曰く、始めて使う食材だから、まだソースとしてしか使えないらしい。

 アイスクリームにチョコレートソースを掛けたものを頼んだ。

 アイスクリームの冷たさで冷えて固まってパリパリしている。口に入れるとすぐになくなってしまう。チョコとミルクが良く合って美味しかった。

 アイスクリームを食べ終えると、オーナーが大きなお皿を持ってきた。

「お嬢ちゃん、それじゃ足りないだろ? お兄さんにチョコレートを貰ったからね。今日はサービスだよ」

 皿には、これでもかってくらい山盛りのホットケーキ。生クリームとアイスクリームとフルーツのトッピングで……。


 いつもなら食べちゃうけど、大食いって恥ずかしいじゃない……。


 オーナーに向かって膨れて見せると、「そういうのは隠さない方がいいんだよ!」と大声で笑われてしまった。

「食べていいよ。俺もちょっと貰おうかな」

 向かいからフォークを伸ばして一口分持っていくエドワード様から目が離せない。


 デートみたいよね??


 アイリスはデートと呼べるものは始めてだ。

 これが本当にデートであればだが。


 結局、アイリスがほとんど食べた。


 さすがに返さないといけないと思ってブローチを取り出すと、エドワード様は箱から取り出して、アイリスのローブにつけてくれた。

「うん。やっぱり似合う」

「でも、こんなに高価なもの」

「急ぎで購入したから市販品なんだけど、アイリスにしか似合わないから貰ってほしいんだ」

 そんな風に言われたら、つい、頷いてしまった。




 オーナーが二日後ならチョコレートケーキを作れるって言うから、二日後のランチにデートの約束をした。

 エドワード様は隙あらばスキンシップをとってくるし、ドキッとする言葉を囁いてくれる。

 心臓がどうにかなってしまいそうだったけれど、こんなに楽しいのも今だけ。


 きっと、明日には、ダンジョンができるから。

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