第7話 王子来訪

 昨日、魔力溜まりを発見したところにやってくると、テントが張ってあった。

 その前で飲み食いしているようだ。

 交代すると思って、数人の兵に見張りをお願いしたのだが、みんなで騒いでいて楽しそう。


 こんな見張りかたは想定していなかったが、見張っているのなら問題ない。


「楽しそうね」

「アイリス様!! 少し大きくなっていますかね。この感じなら十日前後ってところでしょうか」

 確かに魔力溜まりは大きくなっているようだ。

「長丁場になるでしょうから、しっかり休みながら見張るのよ」

「えぇ、俺らは独身組ですからね。家庭のあるやつは帰っていますよ。まぁ戻ってくるときに差し入れをお願いしているんですけどね。はっはっはっ!!」


 本当に、楽しそう。


「じゃあ、お願いするわね」

 この後は、領の視察スイーツ巡りに行くつもりだ。どこから行こうかと迷っていると、パピヨンレターが飛んできた。

『オウジキタ シキュウ』


 王子?? よね?

 何で来たのかしら?

 まさか、本当に遊びにきたの!?


 理解が追い付かずに、急いでパピヨンレターを準備する。

『ナゼ?』『ドウシテ?』『ドコニ?』

 パニックになって、何通もパピヨンレターを送っていると、『ヤカタニ モドッテ』と送られてきた。


 とにかく言われるがままに領主館に戻ってきた。心臓はバクバク煩いし、頭は真っ白だし。


「アイリス様。大門に黒髪の王子様が来ていて、対応に困っているそうよ。領主が来るまで帰らないって言っているみたいなの」

 ミリアには、王宮でエドワード様に顔を見られたことも、遊びに行くと言われたことも話してある。


 というか、普通、のところにが遊びに来るなんて想像できるだろうか??


「本当に来るなんて……」

「顔を見られているから、代役が立てられないの。アイリス様にお願いしてもいいかしら?」


 アイリスが行くしかないだろう。

 何のために来たのかわからないけれど、最悪、実力行使だと自分を奮い立たせる。


 そう腹を括ったら気持ちが楽になったので、愛馬リスタを駆って大門に急ぐ。護衛はセキウとグラネラだ。

 大門につくと、馬をセキウに任せる。三頭の馬にまごついているセキウを尻目に、黒いローブを頭から被った。グラネラは、宝石眼ジュエルアイズを隠してい

 一応、牽制になればいい。

 エドワード様がいたのは、一番豪華な応接室。グラネラと共に部屋に入れば、すぐに座るように言われた。


 老婆の演技だってわかっていて、気を使ってくれたのだろうか?


 エドワード様の優しさなのか、それとも何か思惑があるのか。


「お前達は、部屋の外で待っていてくれ」

 エドワード様は、自分の護衛を部屋から出すつもりらしい。

「ですが!! あちらは宝石眼ジュエルアイズをつれてきているんですよ!!」

「大丈夫だ。話があるだけだから」

「………わかりました。何かありましたら大声で呼んでください」

 心配そうに部屋から出ていった。


「やっと、これで話せるね。せっかくだから、フードをとってよ」

 アイリスが迷っていると、ソファーに浅く腰掛け、身を乗り出してきた。


 廊下にはセキウが到着したようだが、エドワード様の護衛に止められたようだ。

 エドワード様の護衛としては、これ以上アイリスの護衛は増やせないということだろう。


「アイリス。君の顔を見にきたんだ。フードをとって、顔を見せて欲しい。それに今更だろ?」

 仕方なくフードを外して、まっすぐエドワード様を見る。真っ黒い瞳がどこまでも深くて、引き付けられる。

 目が合うとエドワード様は、嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱり君は、可愛いね」


 魔女を誉めるなんて、どういうことよ??


 愛おしそうな表情にむず痒さを感じる。

 不覚にも、ドキリとしてしまった。


「今日は、何のご用でしょうか?」

「うん。声も可愛い。これを君にプレゼントしようと思ってね。ただのお近づきの印だよ」

 そう言って取り出したのは、ジュエリーボックス。リングには大きいから、ブローチか、ネックレスか。

「受け取れません」


 これを受け取ったら、代わりに何か要求を通すつもりではないだろうか??


 エドワード様の前に、ジュエリーボックスを突き返す。

 伸ばしたアイリスの手をとったエドワード様は、優しく手の甲を撫でると、身を乗り出して口づけを落とした。


 ・・・・・!!!


 手の甲に感じる柔らかさに、困惑する。


「君のことを知りたいんだ」


 それって……。

 まさか!!


 そういう意味??


 でも!!


 私は魔女よ!?


 顔が熱くなっていくのを感じる。


 グラネラが殺気を放っているような気がするけど、それどころではない。


 普段、誉められ慣れていないアイリスは、もちろん口説かれた経験もない。

 エドワード様の言葉が、頭の中で何度も復唱されて、その度に赤面する。


「そんな可愛らしい反応をするとは思わなかったな。君には、婚約者はいないんだね」

 無意識に頷いていた。

「アイリス様!!」

 グラネラの制止も間に合わない。

「アイリスが、いないって言っているんだ。僕が立候補してもいいよね」


 脳が痺れるような感じがして、つい頷きたくなったけれど、それは駄目だ。寸前で止める。

 私は領主。彼は王子なのだから。


 アイリスの様子に、エドワードはクスリと笑う。

「今日は挨拶にきただけだから、それは置いていくね。また明日来るよ」

 そう言うとエドワード様は、アイリスにフードを被せて部屋を出ていった。


 明日も来るの??


 アイリスは、しばらく呆けていた。

 グラネラが中を見ろと煩いので、置いていったジュエリーボックスを開けると、大きなアメシストが中央にはまった、ブローチだった。


 こんな高価な物、受け取れない。


 後ろで唸るグラネラを見れば、不服そうだ。

「アイリス様のジュエリーコレクションに入れても遜色ないものを送ってくるなんて、侮れませんね」


 何か違う気がするが……。


 そのコレクションだって、グラネラとミリアが集めたものだ。使う場所がないから、いらないと言っているのに。






 朝を抜いてしまい、昼御飯を無心で口に運んでいると、パピヨンレターが飛んできた。


 昨晩は、ベッドに入ってもエドワード様が言った言葉が頭から離れずに眠れなかったのだ。ベットの上でゴロゴロと転げ回ってみてもジタバタしてみても、考えることをやめられずに、クッションをぎゅっと抱き締めたり、枕に顔を押し付けたり、何故こんな気持ちになっているのかわからず過ごした。やっと寝付けたのは明け方だった。

 こんなに胸がドキドキしてソワソワするのは初めてで、どうしたらいいのかわからない。


 パピヨンレターを開くと『オウジキタ タイオウモトム』と現れた。


 こう毎日来たら、私の平穏な生活はなくなってしまうんじゃないかしら?


 心の中で文句を言ってみても、ウキウキとするのを止められない。

 食器を片付けると、鏡で身だしなみをチェックして、足取りも軽く愛馬リスタのもとへ向かう。

 黒いローブを持ったグラネラと合流して、大門へ向かった。


 セキウは………おとぼけさんだから、アイリスのスピードに間に合わなかったのだろう。


 大門につくと、ローブを頭から被せられた。グラネラには馬達を馬小屋につれていってもらい、一人で応接室に向かう。部屋の前でエドワード様の護衛と鉢合わせして、慌ててフードを目深に被って腰を曲げる。

 腰と膝を曲げると、杖がないと動けない。昨日はグラネラに手を引いてもらったのだが、ついつい急ぎすぎてグラネラを置いてきてしまった。

 アイリスがプルプルしていると、外にいた護衛が扉を開けた。

「あ、あの! エドワード様がお待ちです。お気になさらずに」

 エドワード様が爽やかな笑い声をあげる。

「アイリスにだって、体裁があるんだよ」

 そういうと、立ち上がって近づいてくる。プルプルしているアイリスの手を優しく引く。

「体重を掛けて構わないよ。そこから動かないなら、抱き上げて運ぶけど?」


 それは、ちょっと!!!


 想像してしまい、フードの下で赤くなる。

 恥ずかしくなって、少し膝を伸ばしてトコトコ歩く。

「この二人は、俺の腹心だから、大丈夫だよ」

 そう言って、アイリスのフードを外した。

 アメシストの瞳とペールパープルの髪が露になると、護衛達の息を飲む気配が漂ってくる。

「アイリス。来てくれて嬉しいよ」

 なぜか、急いで来てしまったのだ。

 アイリスを見つめる瞳には熱いものが籠り、目線が逸らせない。

「ここまで来るのは大変だろ? 俺を領に入れてよ」

 護衛が驚く気配が伝わってくる。


 普通、魔女の領地に入りたいなんて思わないだろう。


 姿は見られてしまったから仕方ないとしても、領に入れるわけにはいかないのだ。

 豊かな領地を見せるわけにはいかないのだから。

「それは、できません。エドワード様は、何故この近くにいるのですか?」

「アイリスに会いに来ているんだよ。まぁ、少しだけ仕事って言うのもあるけれどね」


「お仕事なのですね」


 アイリスとしては、自分に会いに来ているなど信じられないことだ。言葉の綾なのだろうと思った。


 エドワード様は王子だ。仕事で来ているのなら、それが終われば帰ってしまうのだろう。

 そうすれば、アイリスには平穏な日々が訪れる。


 少し寂しい気もするから不思議だ。


「この近くで瘴気が発生してね。それを見張っているんだ」


 ……瘴気??


 ドラゴニア領でも発生したらと思うと不安だ。領主として、しっかり聞いておくべきだろうか?


「瘴気とは何でしょうか?」

「えぇ!! アイリスは瘴気を見たことがないのかい? ドラゴニア領地は………。 まぁ、いいか。すぐ近くだから、行ってみる?」

「いいのですか??」

 その頃にはグラネラも到着していたのだが、大勢で行くのは目立つから嫌だとエドワード様が言うので、護衛は一人だけ、カイトをつれていくことになった。

 グラネラは自分が連れていってもらえないことを不満そうにしていたが、アイリスだけでも過剰戦力なのにグラネラまでつれていくわけにはいかない。

 黒いローブを脱いで外に出ると、エドワード様は山脈に沿って馬を走らせ始めた。

 本当に近いらしい。

「あそこだよ」

 指差す先には……魔力溜まり??

「魔力溜まりではないのですか?」

 数日前に発見されたドラゴニアの魔力溜まりを、山脈の反対側から見ている形だ。


 こちら側の方が少し近いか?


「そんな風に呼んでいるのかい?」

「えぇ、魔力が固まってしまったところですから」

「闇魔法でも、瘴気は消滅させられるんだね」

「魔力を散らすのですから、闇魔法が最適だと思うのですが」

 目を丸くして顔を覗き込んでくるエドワード様に、少しだけ身を引く。

「そ、そうなのかい!!」


 あら? 言ってはいけなかったのかしら?


 エドワード様の食い付きのよさに、余計なことを言ってしまったのではないかと心配していると、横から声がかかった。


「あっ!! お嬢ちゃん!! また来ておくれよ!!」

 行きつけのカフェのオジサンだ。

 手を振って答えると、エドワード様が馬を寄せてきた。

「誰だい?」

「そこの道にあるカフェのオーナーよ」

「へぇ~」


 ホットケーキもフレンチトーストも絶品なんだから。


 思案していたエドワード様が、楽しそうに笑う。

「瘴気には光魔法と言われているけど、その常識が間違っているのかもしれないね」

「騎士の皆さんは、どのようにしているのですか?」

 アイリスには他の方法が思い付かなかった。

「瘴気、ん~、ドラゴニアでいう固まった魔力、よりも大きい魔法をぶつけて打ち消すんだよ」

 魔力溜まりに魔力を追加するようなものではないのか?

「その方法、リスクはないのですか?」

「失敗してダンジョンになることが、あるみたいだね」

 やはり、危険な対処方法なのだろう。

「その点、闇魔法は、よさそうだね」

 一瞬、エドワード様が、獲物を見つけた目をした……ような気がした。

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