第6話 魔力溜まり
黒い靄がグルグルと渦を巻き、中心に集まっていく。中心部分には黒い塊ができていて、不穏な空気が漂っていた。
「これが発達したら、ダンジョンになるのよね?」
ダンジョンになる過程が見れるのは珍しい。魔力溜まりが小さい状態で対処してしまうことが多いのだ。
人里離れたところで気がつかなかった場合は、ダンジョンから魔物が溢れてきてから発見される。こんな途中の段階の魔力溜まりは初めて見た。
「とにかく、魔力を散らすわね」
魔力溜まりとは、その名の通り、魔力が集まってしまったところだ。はじめは可視化できるほどの濃度の魔力が地面から吹き出しているのだが、ある程度溜まると周りの魔力を吸収していき、空間が歪みダンジョンになる。
ダンジョンになってしまったら、中の魔物を一掃してしまわないと消滅しない。
アイリスが黒い塊の前に立ち、腕を広げる。足元から風が渦巻き、アイリスの魔力が溢れだしていく。腕を前に伸ばして高濃度の魔力を打ち出した。
黒い塊にぶつかると、回りから崩れるように消えていく。
見えないくらい薄くひろげてしまえば、そのまま自然に馴染む。
魔力は自然に存在するものだから。
靄の部分は簡単に散らせたのだが、黒い塊の部分がなかなかしぶとい。
息をするのも忘れた村人達が、アイリスと黒い塊を心配そうに見比べている。
アイリスの魔力がつきるのが先か、塊が砕けるのが先か。
「これで!! いけぇぇぇ!!」
残っている魔力を一気に叩きつけた。
パリン!!
黒い塊が砕け散って細かくなり、空気に溶け込んでいった。
最後に、周辺の魔力に偏りがないか、確認していく。
ほとんどの魔力を使いきってしまったアイリスの代わりに、デルタも村人も手伝ってくれた。
よし! これなら大丈夫!
特に魔力が片寄っている場所はない。
肩で息をするアイリスに、リスタが鼻先を擦り付けてきた。
「リスタ、ありがとう。やったわ」
「アイリス様、お疲れ様です」
「デルタも皆もありがとう」
「アイリス様~!! 町民を代表して御礼申し上げます~!!」
町長らしき老人が、地面に膝を付いて拝み倒している。
うわ~大袈裟なのよね。
アイリスの笑顔が、ジワジワと歪んでいく。自分のできることをしているだけなのだから、普通の感謝で十分。神聖化するような態度は苦手だった。
「領主として当然のことをしたまでだから、気にしないで」
「せめて、うちに泊まっていってください!!」
それは……、気を使うじゃない。
過度な、おもてなしも苦手だ。泊まらせてもらっているのに一人で部屋に閉じ籠るわけにもいかない。
「アイリス様、ありがとうございます。ノースエリアの管理官をしております」
「あぁ、領主館で会ったかしら?」
「えぇ。その節は」
「ほとんど魔力を使い果たしちゃったから、一人になりたいんだけど、おすすめの宿はあるかしら?」
少し寂しそうにした町長さんに胸がチクリとするが、崇め奉られるのは勘弁なのだ。
「それでしたら、一部屋、とって・・・」
「二部屋よ!!」
慌てて否定する。一部屋ではデルタと同室になってしまうではないか。
「そうでしたか。それは失礼。私がとって参りましょう」
「せめて何かお礼を……」
町長さんが寂しそうだ。
泊まってという提案も無視してしまったし、心が痛まない程度のお礼を受け取っておいた方がいいからしら?
「夕飯を二人前と、それにデザートをつけてくれれば嬉しいわ。デルタには別で用意してあげて」
嬉しそうに張り切り始めた町長さんの相手は皆さんに任せて、エリア管理官の向かった先を目指した。
早く横になりたかった。
朝御飯も二人前用意してもらい、お腹も満たされたので帰るだけだ。昨日の部屋は、一人では勿体ないくらいの広さで、部屋食にしてもらったので快適だった。
リスタを連れて出発しようとすると、町長をはじめとした町民が見送りに出てきた。
うわ~!! あんまり大袈裟にしないで欲しい~!
アイリスは小さく悲鳴を上げた。とにかく誰の顔も見ずに、走り去ってしまいたい。アイリスの領主としての矜持が、何とかその場に留まらせた。
「アイリス様、ありがとうございました。それではまた、領主館で!! 」
エリア管理官が、大勢人が集まる前にお礼と共に送り出してくれたので、町民の適度なお礼の言葉に見送られて出発した。
管理官がいてくれて、助かった。彼とは何度か会ったことがある。アイリスの性格も、多少は知っていたのだろう。色々な事情も。
アイリスの婚約者はまだ決まっていない。跡継ぎをと望む声があることは理解している。そして、それが領主の大切な仕事の一つであることも。
魔女は一途で嫉妬深いのだ。
ただ唯一の人となれば、そう簡単に決められない。
それに、一生愛し続ける相手。自分で決めたい。
そう言っていられるのも、あと数年だと言うことは理解しているのだが。
それまでに、私が決めた相手がいなければ、まぁ、恐らく、セキウと結婚することになるでしょうね。彼が一番魔力が多いから。
今回デルタと二人旅になったのも、ミリアの狙いだ。ミリアの基準を満たした婚約者候補を、アイリスに会わせているのだろう。
そんなところも、アイリスが恋愛に前向きになれない理由なのだが。
お昼休憩の後、お店が立ち並ぶ通りに、気になるスイーツのお店を見つけた。広告用のイラストが、輝いて見えるほど美味しそう。
豪華なパフェ。
高さのあるグラスにクリームとフルーツのソースが層になってる。
一人でゆっくり食べたい。
食べに来る決意をしていると、となりのデルタが声をかけてきた。
「アイリス様、気になる宝石がありましたか?」
えっ!? 宝石??
何を言われたのかわからず、よくよく見ると、パフェ店の手前に宝石を扱うお店が。
パフェが気になって、気づいていなかったのだ。
イヤリングやリングなどに混ざり、小さなルースも置いてあった。近くを通る女性の買い物客が、憧れの表情を浮かべている。
「アイリス様の瞳の宝石も、ありますかね?」
アメシストは宝石の中では多くとれるほうだろう。どこのお店でも置いてあるくらいに。
「あると思うわ。ほら、窓際に置いてある」
「アイリス様のひ、瞳のほ、方が、き、綺麗、ですね」
取って付けたかの様な褒め言葉。デルタも言うように命令されているのかもしれない。
ミリアが護衛にデルタを選んだ理由は何だったのだろうか?
デルタはアイリスのことを異性として好いているわけではなさそうだ。領主の夫を任せられる、魔力量と性格だけで選ばれたのだろうか。
デルタは真面目そうだから、ミリアの説得に頷いてしまったのかもしれない。
デルタも大変ね。思い人だっていたかもしれないのに。
アイリスはデルタを一瞥し、冷めた表情で嘆息する。
その点、セキウはお
アイリスがお店を見ていることにすら気がつかないだろうが。
「帰りましょ」
「えっ! いいんですか?」
「えぇ。うちのご飯が食べたいから」
「ご飯……ですか!」
納得した様子のデルタに、隠れて苦笑してしまったが、少しでも早く家に帰りたいことに変わりはない。
領主館に着いて、馬丁にリスタを頼む。魔法で追い風にしてあげるなど、馬たちの補助をしつつ飛ばしたので、全部で四泊の旅であった。
すっかり日は暮れてしまい、空には星が瞬いている。デルタがパピヨンレターを送ったので、数人が出迎えに出ていた。
「アイリス様、ご苦労様でした」
ミリアには魔力溜まりを消滅させたことを伝える。細かいことは管理官が手紙などでやり取りしてくれるだろう。
「アイリス様について行くことができなくて、申し訳ございません」
グラネラがガーネットの瞳を曇らせるが、勝手に一人で領に戻ったのはアイリスだ。
「私が、好きで一人で帰ってきたんだから気にしないで。それに、手遅れになる前に対処できたんだから、急いで帰ってきてよかったわ」
「俺もアイリス様と一緒に帰れば、よかったです」
デルタをチラチラと気にしながらセキウが言う。
「馬車を置いてくるつもり? とにかく、問題ないから気にしないで。じゃあ、お疲れさま」
デルタに声をかけると、領主館に入った。
「サフラン兄さんは?」
隣を歩くグラネラに話かける。
「今日の午前中にご帰宅されました。今は、サフラン様の居住区域です」
それは、邪魔をしたら怒られるやつだ。
サフラン兄さんの奥さんも魔女だ。
魔女は一途で嫉妬深い。
数日間家を留守にしていた夫が、帰ってきたばかりだ。実の妹のアイリスであっても、兄に甘えることは許されないだろう。
重要な話があるわけではない。王宮の話など、ちょっとした話をしたいだけなのだ。
明日になってから、サフラン兄さんには会いに行くことにして、料理長にご飯とスイーツをねだりに行った。
料理長は今日帰ってくることを予測していたらしく、ケーキが4つも用意されていた。
先ほどまでサフラン兄さんと話していたのだが、あまり邪魔をするわけにもいかない。今はエリスを探してフラフラしている。
パピヨンレターの飛んでいった方角から、領主館にいるはずなのだ。
あっ!
アイリスが見つけるよりも早く、返事のパピヨンレターが戻ってきてしまった。
なんだか、負けたような気持ちになりながら、指定された場所にいくと、エリスはセキウの指導中だったようだ。
セキウから助けを求める視線を感じるが、気づかないフリをする。
領主会議のときにも自信のない返事をしていたし、少しくらい絞られるべきだろう。
「ねぇ、エリス。話があるの。手が空いたら教えてもらえないかしら?」
「アイリス様をお待たせするなんて、滅相もごさいません。セキウさんは、練習しておいてくださいね」
セキウを自習にして私の話に付き合ってくれるようだ。
情けない顔をしたセキウを残して、隣の部屋に場所を移すと、
「エリスは、ご家族に手紙を送っていないの?」
と、切り出した。
「送っていますよ。パピヨンレターをたまに」
ちょっと待って欲しいわ。
パピヨンレターって、すぐに届くけれど文字数が限られるのよ。近況報告ですら無理なのでは……。
「パピヨンレターじゃ、文字数が足りないんじゃないかしら?」
「まぁ、元気だってことくらいしか伝えられないですけれど、パピヨンレターが使えるくらいに裕福だってことは伝わっていると思いますわ」
パピヨンレターには核が必要で、確かに少し値段が張るのだ。ドラゴニアの住民でも、気軽に使うのは躊躇するかもしれない。
それにしてもだ。
「エリスの血縁の方が心配しているようですから、必ず手紙か小包を送るのよ。裕福なことを証明したいのであれば、小包に高価なものを包んで送ればいいじゃない。それから、結婚したことを伝えて、旦那さんを紹介してきなさい」
「アイリス様、お言葉ですが、ドラゴニアの内部事情を隠したまま家族と話すとなると、気も使いますし、難しいかと思っております」
大きなため息が漏れる。
「エリスが誤って漏らしたとしても、それを広めるようなご家族だとは思えないのだけれど。せめて、手紙くらいは送りなさいよ」
「前向きに検討します」
本当に送るつもりはあるのかしら?
エリスと一悶着しているうちに、パピヨンレターが飛んできた。
ミリアから、『カイギシツ シキュウ』と。
急いで駆けつけると、セキウと同時に到着した。セキウにもパピヨンレターは送られていたようだ。
「アイリス様。新たな魔力溜まりです。しかも場所が悪いそうです」
セキウとグラネラをつれて向かうことになった。
「アイリス様~!! こっちです!」
指を差している方向は山。魔力を探ってみれば、山の中に魔力溜まりが。しかも、かなり深い。気づいた方が不思議なくらいの距離がある。
これでは、魔法が届かない。
「遠すぎて、どうにもできないわ。ダンジョンになってから対処するしかないから、見張っていて」
数人の兵士に交代で見張っていてもらうことになった。
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