第5話 ドラゴニア領

 アイリスは、白馬のリスタを駆って大きな門にたどり着いた。

 ドラゴニアの領地に入るための唯一の門だ。


 ドラゴニアは、南北に長く続くドラゴニア山脈によって隔離されている。谷になっていたところに道を作り、ドラゴニアに続く道として整備した。

 ドラゴニア山脈は大小様々なドラゴンが住み着いているうえに毒の霧が発生していて、人が越えることは出来ない。

 山脈から流れだした毒の霧が、谷の街道にも漂っているので、普通の人では街道を通ることも容易ではない。


「アイリス様!! お一人ですか?」

 門の見張りが驚いたように声をかけた。



~・~・~・~・~


 王宮を出て、四日目のことだ。


 馬車は速度が遅い。魔法使いが乗っているのだから、ぬかるみに嵌まって足止め、などということはなかったが、それでもアイリスをうんざりさせるには十分な遅さだった。


 馬達の休憩時間にセキウを見張りに残して、グラネラとお昼を食べに行ったときだ。

 

 真っ白いきれいな馬を見つけたのだ。体格もよくて凛々しい顔つきに、アイリスは一目惚れをした。貸し馬を営む家のようだったが、たくさんの馬を飼っていたので、それ相応の謝礼を与えれば譲ってもらえるかもしれない。

 あとは、グラネラを説得するだけ。お昼を食べながら切り出した。

「ここに来るまでに真っ白い立派な馬がいたのよ。きっとよく走るわ。あれを買ってもいいかしら?」

 そう言うアイリスは、アメシストの瞳を輝かせている。王宮を出てからは黒いローブを着る必要はない。ボルドー色の膝丈のローブがよく似合っていた。魔法さえ使わなければ魔女だとはわからない。良家のお嬢様がお忍びで出掛けているようだった。

「アイリス様が気に入ったのなら、連れて帰りますか?」

 テーブルに並ぶ見た目も美味しそうな料理にナイフを入れる。口に運ぶと、赤身の旨味と上品なソースがよく合った。

「えぇ、それで、私は先に帰るわね」

「アイリス様……。そう言うのではないかと思いましたよ。ただし、明日にしてください。日の出前の暗闇に紛れて発ってください。それならば、万が一付けられていても、大丈夫でしょう」

 グラネラは、大きなため息と共に提案してきた。

 第一王子の「遊びにいく」という言葉を非常に心配していて、これまでも付けられていないか常に後ろを気にしていたのだ。


 ドラゴニア領の場所は知られているのだから、無駄だと思うのだけれど……。


 アイリスはそう思いながらも、口にはしなかった。

 ここまで我慢してきたのだ。明日の朝くらいなら我慢できる。

「じゃあ、決まりね」

 デザートまで堪能してから、白い馬を買ったのだ。

 貸し馬屋のおじさんは、最初に提案した金額に驚いてしまったのか、人形のようにコクコクと頷いてすぐに売ってくれた。

 すぐにアイリスに懐いたので、リスタと名付けて可愛がっている。


 その後は、若い娘の一人旅だったが、髪まで発色した宝石眼ジュエルアイズもちに声をかけてくるチンピラなどいるわけもなく、何事もなくドラゴニアに続く門にたどり着いたのだ。


~・~・~・~・~




 アイリスは軽い身のこなしで地面に着地すると、リスタを見張りに預ける。

「一人よ。馬を休憩させてから帰るわ」

 そう答えるとアイリスは、自分のお気に入りのスペースに向かった。大きな門には待合室や、見張りの住居スペース、応接室から会議室まで何でもあった。

 最上階の小さな待合室がアイリスのお気に入りだ。景色がよいわけではないが、大きさがちょうどよいのでソファーを持ち込んでいる。

 階段を途中まで上ってから、ふと思い直して、引き返した。

 今のうちにお昼を食べておこうと思ったのだ。

 先ほど出迎えてくれた見張りが、パピヨンレターを送っているのが目に入った。


 パピヨンレターは、手紙や小包とは違い、短時間で送れる手紙だ。その代わり送れる文字数に制限がある。魔法で送っていて、最短距離を飛んでいく。


 見張りの送ったパピヨンレターが領地のほうへ飛んでいくのを見て、小さく嘆息する。アイリスが帰ってきたと連絡したのだろう。

 帰るときには先触れをしろと、領主代理のミリアが煩いのだ。


 私は出迎えなんていらないから、自由にさせてほしいと言っているのに……。


 アイリスに言っても無駄だと思ったらしく、見張りに義務付けたので漏れなく連絡されてしまう。

「お昼を食べてくるわ」

 気を取り直して、お気に入りのカフェに向かう。

 分厚いパンケーキも美味しいが、今日は、蕩けるようなフレンチトーストの気分だ。

 トッピングをたくさん乗せた、いつものセットだ。飲み物はミルクティー。

 焼きたてのフレンチトーストにのったバニラアイスが熱で溶け初めている。一緒に頬張れば、熱いのと、冷たいのと、甘いのと。酸味のあるフルーツを挟みながら、蕩けるような甘さに舌鼓をうつ。


 あぁ~、美味しい。幸せよね~。


 まったりと幸せな時間を堪能し、最後にプリンを追加して締め括った。



 大門に戻って、リスタの様子を見に行く。

「少しは休めた? これから霧の中を走るけど、私に任せてくれたら大丈夫よ。怖くないわよね?」

 鼻を鳴らして、顔を擦り付けてくるリスタと撫でる。

「アイリス様、お戻りでしたか!? 領主代理から『シキュウ』と言われております」

 何かあったようだ。優秀なミリアがアイリスを呼んでいるとなれば、解決には魔力が必要だということ。

「リスタ、もう走れる?」

 肯定するように鼻息を荒くしたので、リスタをつれて大門を出た。

「じゃあ、行くわね。緊急事態のようだから、出たって連絡しておいて」

「承知いたしました!」


 所々漂ってきている毒の霧を、強烈な気流で吹き飛ばして駆ける。誰よりも多い魔力量にものをいわせた力業だ。

 リスタに疲れが見えてきた頃、視界が開けてドラゴニア領に到着した。まず目に入るのは、大きな領主の館。アイリスの生活空間だけではなく、領地経営のための施設もすべて入っている。

「アイリス様~!!」

 屋敷の前でミリアが腕を振っている。

 ミリアのところまで駆けつけて、馬を降りる。すぐに従者にリスタを頼んだ。

「リスタ。ゆっくり休んでおくのよ」

 リスタは前足で地面を掻いた。鼻息も荒い。

「興奮しすぎよ。ちょっと落ち着いて、休んでおくのよ」

 リスタの首を優しく撫でた。


 アイリスは、ミリアについて屋敷に入った。

「ノースエリアに大きな魔力溜まりができました。住人総出で対応し、持ちこたえておりますが、発達してダンジョンになるのも時間の問題かと」

「クレア姉さんは? サフラン兄さんは?」

 宝石眼ジュエルアイズの持ち主のグラネラとセキウは、アイリスの護衛で領地を離れていたが、領には歴代領主がいたはずだ。

「サフラン様は、サウスエリアで発生した魔力溜まりに向かっていただいております。そろそろ到着する頃かと。クレア様は、新婚旅行です」


 サフラン兄さんは、南と北では逆方向。アイリスが向かったほうが早い。


 でも!!


 クレア姉さん!! いくら旦那さんのことが大好きでも、私がいないときくらい、領に残ってくれていてもいいじゃない!!


 自由奔放なクレアを思い浮かべながら悪態をつくが、大好きな旦那さんのことでは仕方がない。


 魔女は、一途で嫉妬深い。


 彼氏や旦那のことになったら、周りのことなど二の次になってしまう。


 地図の前でミリアから道を教えてもらいながら、次々に出発準備の指示を出す。

「リスタに乗っていきたいから、少し休んでから出るわ。支度は任せるわね。ところで、グラネラとセキウは置いてきてしまったのだけれど、護衛と従者は誰?」

「選んでおきますので、アイリス様もお休みください」

 料理長に甘いものを頼み、自室から領の様子を眺める。

 領主の館の前に広がる花壇はよく手入れされていて美しい。その先は自慢の領地だ。

 住民の憩いの場になっている大きな木が見えた。その周りは、今日も賑わっているはず。


 料理長の作ってくれたスイーツは、すぐに作れるという理由で、プリンだった。




 馬小屋に、自らリスタを迎えにいく。馬丁が恐縮していたが、馬小屋に来るのも、たまにはいいだろう。リスタの生活環境を確認できる。

 最小限の荷物を背負って、リスタに股がった。

 護衛はデルタという真面目そうな青年だった。知的そうな雰囲気で、見目はよい。宝石眼ジュエルアイズではないものの、護衛に選ばれるくらいの魔力量があるのだろう。

 従者はいない。アイリスの速度についていける者が、グラネラ以外にはいないと言われてしまった。

 女性の従者がいないことにはミリアの思惑を感じたが、アイリスもこの緊急事態にわざわざ指摘しなかった。



 少し走ると暗くなってきたので宿を二部屋とった。リスタはたくさん走っているので、念入りにブラシをかけ労う。高級宿では任せてもいいのだが、アイリスは自分でブラシをかけた。

「アイリス様。夕飯は何にいたしましょう?」

「今日は大移動だったの。疲れたから、宿屋でとりましょう」

 彼はアイリスのことを気にかけてくれる。

「アイリス様のお好きな食べ物は何ですか?」

「何があるのかしら?」

 デルタがメニューを持ってきたので、アイリスは好きなだけ頼んだ。

「アイリス様……。お一人で?」

「う~ん。たぶん食べちゃうから、デルタは自分の分を頼んでね」

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