第4話 領主会議
靴音の響く石造りの廊下を進んだ先。使用人に案内されたのは、光の射し込む控え室だった。
「こちらで暫くお待ちください」
彼の態度は、昨日と同じ親切なものだ。
ティータイムの帰りに目が合ってしまったのは、第一王子のエドワード様らしい。
あの黒髪と黒い瞳が特徴的だから間違いないとセキウは力説していた。ちなみに第二王子のセオドア様は青い
青い
年齢を聞いても「アイリス様に近そう」、服装を聞いても「ドレス」、髪の色を聞いても「茶色」、印象を聞いても「えぇ~、女の子?」とまったく人物が特定できそうにない。
普段、セキウのお
昨日の一幕では、第一王子の問い掛けを無視してしまったのだが、聞こえていなかったとシラを切ることにした。
使用人の人払いが半端だったわけではない。アイリス達が長居しすぎたのだ。それに、王子が相手では立ち入りを禁止することなどできないだろう。運が悪かった。
フードを被った老婆の姿では足元を睨み付けることしかできず、気分は沈んでいく。
ついに呼ばれて、部屋に入る。これが終われば領地に帰れる。いまごろ離れでは、グラネラが荷造りをしてくれているだろう。
「すまないが、うちのエドワードが後学のために見学したいといっているんだ。同席させてもいいよね」
国王の第一声に耳を疑った。
………ぅえぇ!!
心の中で盛大に驚きの声をあげる。
私が若い娘だと告げ口するつもりだろうか?
……いや、でも……告げ口であれば、昨日のうちにしているはず。
訳もわからず、頷くしかなかった。拒否権なんて、元々ない。
明るい部屋に、機能的な椅子と机。国王と第一王子の他に数名。財務関係の役人だろう。
お互い挨拶をする。もちろんアイリスは、セキウの代弁だ。
「いくらドラゴニア伯爵とはいえども、国王様に対する態度が・・・」
「いいのだ。そなた、領主と直接対面するのは初めてだったか。ドラゴニアの領主は、顔も見せぬし声も出さぬ。それで良いのだ」
領主交代の年以外は代理を立てることが多い。
クレア姉さん、ほとんど代理だったもんな……。
前領主であるクレアは、領主就任の年以外は代理を送っていた。ここ六年ほどは代理しか来ていないということだろう。文句を言った人は、その間に役職についたのだろう。
「でも……。納税義務もこんなもんですか? 他の半分以下ですよ」
「ほう。財務大臣が税を上げようとしているぞ。なにか反論はないのか?」
試すような響きが混じる。
実際、試されているのであろう。想定範囲内の質問だ。
「お言葉ですが、財務大臣様。他の領は、税を支払う代わりに防衛や流通、外交などを国に担っていただきます。逆にドラゴニアでは、防衛や流通は自前で賄いきれます。それならば、妥当な額ではないでしょうか」
セキウは、覚えてきた通りにスラスラと言いきった。
「では、防衛や流通も国が・・・」
「ドラゴニアに自ら望んで来る者が、どれだけいるでしょうか? ドラゴニア山脈を自力で越えられる者が、どれだけいるでしょうか?」
この切り返しも想定内。セキウの答えも決めてきた通り。
「そういうわけだ。防衛も流通も、ドラゴニアに任せておいたほうがいいだろう」
国王がそう言ってくれているので、わざわざ言う必要はないが、やはり安すぎるのだ。
ドラゴニアの領地は、他の領の四倍はある。領民もそれ相応の人数が住んでいるのだ。闇の魔法使いが断トツで多いが、それ以外の魔法使いもいる。
税なんだし、少ない分には、不満はないのだが。
「一ついいですか?」
昨日の声と同じ。つまりエドワード様だ。
アイリスは、フードの下で身構えた。
「西の小国で諍いが起きていて、まだこの戦争は広がりそうですよね。我が国は、魔女の領地があると恐れられているお陰で、戦いに巻き込まれることはありませんでしたが、これからもそうとは限りません。それに、瘴気も活発になっています。ドラゴニアに戦力を貸してもらったらどうでしょうか?」
国王は暫く潜考した。
「それは、考えておけねばならない問題だなぁ。ドラゴニアの魔女が手を貸してくれるのであれば、こんなに心強いことはないな」
おぉっと。予想外の提案。まさか闇の魔法使いと共闘したいなど言わないと思い、想定からは抜けてしまった。
セキウは、答えられるかしら??
沈黙が支配する。
……あの、……セキウ?
フードをしていてもわかる。耳を寄せてきている。
アイリスは仕方がなく、手を筒状にして耳の場所を探り、小さな声で囁いた。
「条件によるわ。その代わり、瘴気などで困ったときには協力を要請できるようにしておいて。こちらからのお礼はそのときの話し合いで」
「え~っとですね。あの~ですね。条件次第~ということにさせてください。その代わり~、こちらが……瘴気などで困ったときには協力を……要請しても良いことに~してください。……見返りは~、そのときの話し合いで決めるというのは、いかがでしょうか?」
セキウさん?
覚えてきた台詞に比べると、辿々しくて自信がなさそうだ。
大丈夫だろうか?
フードの中からでは、エドワード様の表情はわからない。もうこれ以上突っ込まないで欲しいと心の中で祈っていると、
「その場で条件を考えると手遅れになる可能性がありますが、それでも良ければ」
アイリスはフードのまま大きく頷いた。
「そうですか。言質はとりましたよ」
この声は、エドワード様だ。
なにか不味いことでも言ってしまったのだろうか……。
アイリスの心に不安が通り過ぎる。エドワード様の本意がわからない。
軍事的な協力のことだけ書類に追記してサインをすると、領主会議は終了となった。
会議室を後にしたのだが、何故かエドワード様まで退席してくるではないか。
後学のための見学であれば、他の領地を見学したほうが良いだろうに。
無言のまま気まずい空気が流れるが、アイリスが話しかけるわけにはいかない。セキウは、話さないのは不自然だということに気がついているだろうか?
建物を出たところで、エドワード様が話しかけてきた。
「ドラゴニア伯爵は、もう領地に帰るのかい?」
これにセキウが答える。
「はい。今日のうちに出発します」
「寂しいね。今度遊びに行ってもいいかい?」
遊びに来られたら困る。
領地の内情が、王族に知られてしまう。
…………。
沈黙が長い。
……セキウ??
何も答えないセキウに、焦れったさを感じる。
「誰もいないから、自分で話せばいいだろ?? もし若い娘の声を聞いたなんて言われても、俺なら誤魔化せるし」
それは………、王子様の言ったことが真実になるだろう。
相変わらずセキウは、慌てているだけだ。
アイリスはフードをしっかり被り直して、諭すように話し始めた。
「ドラゴニアの入り口は、毒の霧に満たされていますので、気軽に立ち入ることはお勧めできません」
「でも、君たちは通過できるんだろ?」
「闇の魔法使いですので」
風の魔法使いも通ることができると思うが、親切に全てを話す必要はない。
「一緒に通過することはできるのかな?」
「ドラゴニアの住人でしたら」
「じゃあ、ドラゴニアの住人になろうかな?」
この人は、何を言っているのだ!? 第一王子ということは、王位継承権第一位ということなのではないだろうか?
本心のわからないエドワード様に、完全に翻弄されている。冗談なのだろうか? からかわれているのだろうか?
アイリスは、ドラゴニアに遊び来られては困る。王族に、豊かな領地だと知られるわけにはいかない。
「エドワード様は、王子様ですので、この国に必要なお方です。ドラゴニアの住人とは認められません」
「ふ~ん。まぁ、いいや。今度遊びに行くね」
そういうと、アイリス達から離れていった。
アイリス達が立ち去った会議場では、財務大臣が国王に苦言を呈していた。
「あの動作は、老婆とは考えにくいのですが……。もう少し税をあげてもよかったのでは?」
「そなたも、あの若造に言いくるめられていたではないか。それにな」
国王は、言葉を切って財務大臣に向かい合った。
「歴代ドラゴニア領主の仕出かしたことは知っているか?」
「世界を半壊させたとかってやつですか?」
国王は机に肘をつくと、財務大臣から目線をはずした。
「そうだ。王族の中では、山の中腹に穴が空いたと言い伝えられているがな。ドラゴニアの領主は何度も暴れている。ただな、どのときも王宮の屋根が吹っ飛ばされているのだ。それがどういう意味かわかるか?」
財務大臣が、言葉を選んで発言する。
「王族にたいして相当腹が立ったということでは?」
「まぁ、そうなんだろうが。ここだけの話だぞ。王族には言い伝えがある。ドラゴニアの領主の顔を見てはいけない。声を聞いてはいけない。災いが起こるそうだ。
財務大臣は納得できないというように難しい顔をする。
「言い伝えは、迷信ではないのですか?」
国王は、もう話は終わったとでも言いたそうに、机のほうに抜きなおった。
「さぁな。ただ、エドワードがおかしな動きをしている。王宮の修理費用を集めておいてくれ」
「王宮ですか!?」
国の建物の中で一番豪華とも言ってよい建物だ。修理代もとんでもない金額になるだろう。
「材料も集めておいたほうがいいだろうな」
「は、はぁ~」
財務大臣は、納得が行かない様子で頷いたのだった。
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