第3話 突然の出会い
「あぁ~!! 今日中に、ここを出られると思ったのにぃ~」
アイリスは、寝台の上に身を投げ出して、足をジタバタさせる。
他の貴族のように、外交に励むわけではない。なるべく早く、税などの政治的な取り決めをして、領地に戻りたい。
正直、ここにいるのは、気が滅入る。この部屋から出られないし、誰かが訪ねてくる度に、防音の結界を掛け直さなくてはならない。
「でも、退っ引きならない事情のようでしたし」
朝御飯を持って現れた使用人は、申し訳なさそうに謝罪してくれた。瘴気をうまく消滅させられず、ダンジョンになってしまったらしい。その対処で、一日忙しいと。
国王との領主会議は、明日になってしまった。
お昼を食べたのに、部屋に籠りっぱなし。やることもない。
「外に遊びに行きた~い」
「明日になれば帰れるのですから、もう少しの辛抱ですよ」
グラネラが、アイリスの隣に座る。
「わかってるけどぉ。 別に、このローブも必要ないんじゃない!? 私が強いのは一目瞭然だし」
「それは、なりません!ドラゴニアの領主は、この格好だという決まりがあります。アイリス様は確かにお強いでしょうが、次の代の領主も強いとは限りませんわ。このローブのお陰で舐められることなく、話を進められるのですよ。明日までの辛抱です。アイリス様なら頑張れると思いますよ」
次代のことを言われてしまったら、言い返せない。
「わかってるわよ。言ってみただけでしょ」
こんなことなら、暇を潰す道具を持ってくるんだったわ……。
やることが無さすぎて、そんなことを考える。
アイリスが、寝台の上に突っ伏したまま動かないので、重苦しい空気が流れている。
「アイリス様。私と何か暇を潰すようなことでもしますか?」
セキウが寝台に腰かけたので、アイリスは起き上がった。
「することないじゃない」
頬を膨らませるアイリスに、セキウが笑う。
「では、小さい子みたいにお絵描きでもしますか? それともクイズとかどうですか?」
セキウの子供っぽい提案に笑ってしまった。少しだけ気分が軽くなる。
「どっちもどっちね。それより、私、気になることがあるの」
「なんでしょう?」
アイリスが、寝台から跳ねるように立ち上がりダイニングテーブルに移動すると、二人とも腰を上げた。
グラネラが三人分の水をグラスに注ぐのを待って、アイリスは話し始めた。
「今日の領主会議は、瘴気のせいで延期になったのよね?」
「そうですね。瘴気の対処が遅れて、ダンジョンになったとか」
使用人と直接話したグラネラが答える。
「そうそう。それで、瘴気ってなに?」
二人とも難しい顔をする。セキウは早々に考えるのを諦めたようで、グラネラが答えてくれた。
「各地で現れていて、害をなすってことしかわかりませんね」
今まで瘴気に遭遇したことはない。ドラゴニアの情報機関にも詳しいことはわからなかった。
「でも、瘴気って、結構昔からあるんですよね。今まで大丈夫なら、ドラゴニアは大丈夫なんじゃないですか?」
セキウは気楽にそう言うが、小さな不安はあった。
トン、トン、トン
夕飯にはまだ早い時間だが、何かあったのだろうか?
アイリスが急いでフードを被っている間に、二人も
ドアの前に立っていたのは、ずっと面倒を見てくれている使用人だった。
「ずっと部屋の中にいるのも大変かと思いまして、景色のよいところに、お茶の準備をさせていただきました。あまり人の寄り付かないところでして、手入れはまぁまぁですが、人払いは完璧です。案内いたしますので、いかがでしょうか?」
外に出たい気持ちもあるが、どうせグラネラが断ってしまうだろうと思っていた。
グラネラはといえば、アイリスが外に出たいと騒いでいたことを思い出して迷う。
その沈黙を肯定ととった使用人が「さぁ、さぁ」というので、アイリスは反対される前にドアをくぐった。
セキウは足どり軽く、グラネラは渋々といった様子で付き従う。
使用人がゆっくり進んでくれるので、老婆のフリをしたアイリスでも大変歩きやすい。彼の心遣いには感謝だ。
木立の小道に入ると、使用人は「私は魔女様のことを悪くは思っていませんが」と断ってから話し始めた。
「当主に闇の魔法使いの娘がいました」
魔女は嫌われている。貴族のなかでは余計にだ。
当主は悩みながらも、成人するまでは家から出さずに大切に育てたそうだ。ただ、貴族令嬢は成人すれば嫁入りを考えなければならない。闇の魔法使いでは貴族との結婚は厳しい。裕福な平民でももらってくれるかどうか。不幸な結婚をさせるくらいならば、一生家から出られないが、娘がいることを隠し通して家で過ごさせようと思っていた。
そのとき娘が、ドラゴニアに行くと言い出した。
当主が止めても、娘は闇の魔法使いが集まるドラゴニアなら平穏に暮らせるはずと譲らない。
「親にこれ以上迷惑を掛けたくないという気持ちも、あったのかもしれません」
彼はアイリスの様子を見ながら話すが、アイリスは声が出せない。出してしまったら老婆でないことが一瞬でバレてしまうからだ。
グラネラは従者として付き従っていて聞き役に徹しているので、セキウが「へぇ~」とか「ふぅ~ん」とか適当な相づちを打っている。
「当主は渋々、娘を行かせることにしました。少し過ごしたら、手紙を書くことを条件に」
一度入ったら出られないと噂されるドラゴニアだ。さぞかし心配したことだろう。
実際には、そんなことないのだが。
後ろを歩いていたセキウが呟いた。
「それって……」
アイリスと同じ人物を思い浮かべたのだろう。
エリスのことだろう。
「エリスお嬢様をご存じですか!?」
知っているもなにも、彼女はドラゴニアに来て、初めに身分まで明かした。公爵令嬢だというのだ。普通、公爵令嬢は使用人や従者を連れていて家事はできない。だから、アイリスの家に住まわせてあげたのだ。家事も最低限できるようになったし、マナー講師として働いてもらい、今では素敵な旦那様がいる。
「いや~。マナーを教えてもらったんです。俺は、できの悪い生徒でして。ははは」
セキウの乾いた笑いでも、彼は感激したようだった。
「エリスお嬢様は、お元気でいらっしゃるのですね。公爵様に変わって、深く御礼申し上げます」
彼は、大きく頭を下げた。
手紙を出すのは自由だ。それなのエリスは親に近況を伝えていないのだろうか。結婚したことは伝えたのだろうか?
領地に戻ったら問い詰めようと、アイリスは心に決めた。
「さぁ、さぁ。ここですよ」
花壇に囲まれたガゼボのようだ。
アイリスは目深に被ったフードの隙間からでも見えるように、花壇に近づいた。
色々な花が混ざって咲いているようだ。確かに手入れはそこそこ。所々、飛び出すほど高い位置に咲いている花や、萎れて下を向いている花があったが、十分綺麗だった。
「それでは、私は失礼いたします。来た道を戻っていただければ、あの離れにつくと思います。帰りがけに詰め所に一声掛けてくれれば助かります」
一礼し、この場を離れたようだった。私たちが顔を隠しているのを気遣ってくれたんだろう。
アイリスは、小道の方に背を向けるように座る。これならば、誰かが通りかかっても安心だ。
「あのオジさん、エリスさんの親戚だったとはね~」
「そうね! エリスには、私から話しとくわね。見て、見て~!! お茶だけじゃなくて、こんなに大きなケーキまで用意してくれるなんて!!」
ピンク色のスクエアケーキに、イチゴとラズベリー、ブルーベリーが乗っている。
間にもピンクのクリームがたっぷり。フォークをいれるとフワフワで柔らかい。口に入れれば、甘さと酸っぱさが口に広がる。間にベリーのソースが挟まっているようだ。
「美味し~い。う~ん。食べちゃうのが勿体ないくら~い」
お茶とケーキを頂いて、心地よい風にあたり、花の香りを嗅いで、気持ちも明るくなった。
風が気持ちよくて、長居してしまった。
夕飯を食いっぱぐれるのは嫌なので、急ぎ足で離れに戻っている。人がいるところまでは、アイリスも普通に小走りだ。
木立の小道に入っても急いでいると、急に木の陰に倒れている人が!!
いえ! 寝転がった人が!!
道の方に頭を向けた体勢で、こちらを見ている。
「あれ? 君って、もしかして……」
ばっちり目が合った!
黒い髪に、端正な顔立ち。意思の強そうな黒々とした瞳。夜会で話しかけられた女性は、舞い上がるかもしれない。
だけど!!
アイリスは、それどころではなかった。
不味い!! 誰にも顔を見せるなって、散々言われてきたのに!! 何でこんなところに寝転んでいるのよ!?
叫びたい気持ちを押し込めるために、両手で口を押さえる。
セキウが男の視線を遮るように立ち、「失礼いたします」とアイリスを抱き上げた。
血の気が引き、胸が早鐘を打つ。
不味い!
っていうか、あれは誰??
誰よ!?
アイリスの心の中は、パニックだった。
セキウの肩に顔を押し付け、フードを押さえているうちに、二人の護衛によって離れまで連れてこられた。
グラネラが、詰め所に一声掛けたことにも気がつかないくらい、気が動転していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます