第32話 覚悟の先に見えた光
「おいおいおいおい……」
「まあ………!」
「は?」
うん、気持ちわかるなぁ。あ、上の声はサッドさん達の声だよ。
そう、まずサッドさん達村人を案内したのは高級旅館シェニ。一先ず僕らが生活する場から案内しないとね。
でも、ここに入るまで大変だったんだよ。サッドさん達こっちに来てから「どうなっているんだ?」ってみんなが固まっちゃたんだから。
人ってまずこういうものだって理解しないと、何言っても受け入れてくれないんだねぇ。だから、お父さんと僕でまずは移動だけを勧めたんだ。
まあ、そもそも僕の箱庭の扉って規格外だけど、コモンスペース・シェニの箱庭の扉も独特だからなぁ……
城の様な外観の宿舎棟を見ただけで、驚きとざわめきが起こり、内部に移動したらしたで言葉もないサッドさん達。
そこに颯爽と登場したのは、高級旅館シェニの代理管理者のゴブさん一家。
「皆様、ようこそお越し下さいました。まずは皆様のお部屋にご案内致します。どうぞこちらにお越し下さいませ」
テキパキと4、5家族毎に素早くグループ分けをして、ゴブさん一家でサッドさん達をご案内していったんだから。あの手際は見事だったね!
「まあ、少し頭の整理は必要だろう。いきなり連れてこられた様なものだからなぁ」
サッドさん達の様子をみていた僕達。お父さんは、ちょっと前の自分を思い出したのか遠い目をしていたなぁ。そういえば、初めはみんなそうだったね。
その後は、お父さんとブラムさんは仕事兼会議の為領主室へ。ベルグさんは自警団の仕事に戻ったよ。
僕といえば……
コンコンコン……
「サッドさん、来たよー!」
そう、サッドさん一家の部屋を訪ねていたんだ。ゴブさんからチームゲートホンで、サッドさんが呼んでいるって伝言貰ったからね。
「クレイ!よく来てくれた!」
ガチャッと扉が開くなり、僕を抱き上げるサッドさん(37)。そのまま部屋の中に入れてくれたんだ。
サッドさんの家族に割り当てられた部屋は305号室。角部屋でこんな間取りなんだ。
寝室2部屋ベッド×4つ付き、リビングルーム、簡易バス、トイレ、洗面所付きのちょっと広めの作り。あ、3階の他の部屋も同じだよ、ちょっとこの部屋より小さいだけで。
それに勿論、大小タオル、石鹸、リンスインシャンプー、簡易クローゼット、パジャマや室内着もあるよ。へへっ、みんなで頑張ったんだもん。
「クレイちゃん!」
室内に入ったら入ったで、今度は奥さんのミュゼさん(36)に抱きつかれる僕。熱烈歓迎で僕が驚いちゃった。
「お母さん、嬉しいからっていきなりそれじゃ、クレイ君困ってるじゃない」
そんなミュゼさんを止めてくれたのは、娘のアメリさん(17)。すると奥から「おぎゃああ!」と元気な泣き声が聞こえて来たんだよ。
そして、泣いている赤ちゃんを抱いて近づいて来たのは、旦那さんのイギルさん(17)。
「クレイ君、ここに連れて来てくれてありがとう」
穏やかな優しい表情で感謝を伝えてくれるイギルさんの手から、赤ちゃんを受け取り笑顔であやすアメリさん。
赤ちゃん、お母さんの側に居たかったんだね。泣き止んだもん。
どうやらこの部屋は、サッドさん夫婦とイギルさん夫婦が共同で使うみたい。
でもそっか……そういえば今回登録したの若い夫婦が多かったなぁ。
そう考えていた僕をリビングスペースに連れて行き、ソファーに座らせるサッドさん。そして、一緒に横に座って僕の頭を撫でながら、此処に来るまでの事を話し出してくれたんだ。
「最初、ベルグが来た時は、うちの村に避難させてくれと頼みに来たと思ったんだ。だが、話を聞くと村一丸となって、グロッシー国に立ち向かうっていうじゃないか」
この時、サッドさん(37)は正直、村一丸となって動けるのは羨ましいって思ったんだって。どうやらサッドさん達の村、最近は村が大きくなりすぎて派閥が出来ていたそうなんだ。
「今回来たのは、開拓当初からお父さんを支えてくれた村人達なの」
アメリさん(17)も教えてくれたけど……だから若夫婦も多かったんだね。
話を聞いていくと、サッドさん達の派閥は少数派。多いのが副村長の派閥で、中立派閥もいたけど……
「あの時の決議では、実は副村長派閥が強かったんだ。副村長が領主と繋がっていて、受け入れを優先する話が出ていたからな……!」
悔しそうに言うイギルさん(17)。でも、僕達が来て風向きが変わったんだって。
「だってクレイちゃんの力を見た上で、ブラムさんのあの演説よ!あれには不安よりも光を見たわ!」
思い出して興奮するミュゼさん(36)。あの時ヤジを飛ばしていたのは副村長派閥の村人達で、サッドさん達は感動していたらしいよ。
「……クレイ達が来る前ベルグがこうも言っていたんだ。『俺達の村が何とかやってこれたのも、あんた達の村が教えてくれたからなんだ!今度は俺達が助けになりたい!』ってな。
俺は村人達大半の為に自らを費やして来た。だが、実際に俺達が逆境になった時、手を差し伸ばしてくれたのは……クレイお前達だ」
サッドさんは、その時にもう気持ちを固めていたんだって。
サッドさん派のみんなが村を出る準備を始めた時、中立派から「村を捨てるのか!」って責められたり、副村長派閥からは「死にに行くのに荷物は要らないだろう」とヤジが飛んできたんだって。
正直その声を聞くたびに苦しかったサッドさん達。でも、それよりもサッドさんは嬉しい感情が勝ったみたい。
「村長として頑張って来たが、俺だって人間だ。助けて欲しい時だってある。そこに現れたお前達だ。言っちゃ悪いが、これで騙されても本望だと思ったさ」
ニヤっと笑って打ち明けてくれたサッドさんの言葉に被せて、ミュゼさんも話出したんだ。
「……もうずっと、この人を村長から解放してあげたかったわ。そこにクレイちゃん達よ。選ばないわけがないじゃない!」
ミュゼさんも、疲れ果てて帰ってくるサッドさんを見てられなかったんだって。だからサッドさんとほぼ同じ思いで来てみたら……
「参ったぜ。正直クレイのスキルを侮っていたさ。まさか此処までとは思ってなかったからなぁ……」
「本当よ!間借りする事を覚悟していたら、各家族毎に部屋が割り当てられるじゃない!しかも村にいた時よりも良い部屋よ!」
サッドさんは勿論、ミュゼさんがこの部屋を自由に使って良いと理解した時、何よりテンションが高くなったんだって。
それでさっきまで赤ちゃんをイギルさんに預けて、ミュゼさんとアメリさんでじっくり部屋の隅々までチェックしてたらしいんだ。
それはもう部屋のあちこちから、興奮した黄色い声が上がったらしいよ。騒音を心配したサッドさんは、部屋の外に出てみんなの様子を見ようとしたらほぼみんな同じ感じだったんだって。
女性は受け入れると、男性より柔軟だもんね。僕も布の箱庭の扉の時で経験済みだから良くわかるよ……
「更にコレだ!見るだけでも凄いじゃないか!」
サッドさんが手にしていたのは、『コモンスペース・シェニの箱庭の扉内部案内図』と書かれたパンフレット。
「うえ⁉︎いつの間にこんなの作ったの!」
って僕の方が驚いちゃった。だって、配置図だけじゃなくて、利用方法や各箱庭の詳細まで書かれているんだ。そして開拓村の居住区と商業区の地図まであるんだよ。
思わず、ゴブさんにチームゲートホンで聞いたらね……
『必ず必要になる事だと思いまして、事前に作成させて頂きました。現在は、チーム作成登録によって得られるチームゲートホンの使い方の案内、また宿泊者名簿を作成中でございます』
……うん、ゴブさん達凄いや。スタッフルームにあるコピー魔導具、使いこなしているもん。それに宿泊者名簿って、いわば戸籍謄本みたいなものだから、お父さん達も助かるよね!
「凄えな……どんどん自分達で気付いて動くのか。それで統制が取れているのは、クレイがいるからなんだな……」
僕とゴブさんの会話を説明したら、サッドさんがこんな感想を呟いていたよ。
僕からすると、村のみんなが柔軟だからだと思うけどね。
それよりも……
「ねえ、そろそろそのパンフレットを持って、全体の見学に行こうよ!僕、案内するよ!」
「お、良いな」
「あら、嬉しい!」
僕の提案に乗ってくれたサッドさん夫婦。アメリさん夫婦はもうちょっと部屋にいるって。だって、赤ちゃんおねむに入ったからね。
そうだ!赤ちゃん用のベッドも作らなきゃ!
それに各箱庭で必要なものも仕入れないとね!
忙しくなるぞー!
でもまずは、コモンスペース・シェニの箱庭の扉からしっかり案内しないとね!
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