断罪の∞アマツミカボシ ~死神になった僕は生者の死を守る~
様矢イサ
第1章 死神、襲来
第1話 悪夢か現実か
ハッと目を見開く。そこでようやく今まで目を閉じていたことを知った。
急速に自覚した左胸の心臓音はバクバクやかましく、それに押される形で繰り返される呼吸は浅く短い。
身体中の毛穴も気持ちの悪い冷や汗を吹き出し続けている。突如突きつけられた現実に頭が生成するのは疑問符ばかり。
「ここは……!?」
急いで身を起こし辺りを見回せば、横になっていた場所が見知らぬ屋内のベッド上であること、自分以外に人がないことくらいは把握できた。しかしそれ以外のことがまったく分からない。
だから今度は内側に解決を求めてみる。自分の名前が織部 響(オリベ ヒビキ)であること。男であること、十七歳の高校二年生であること――基本的なことはすぐに思い出せて一瞬安堵する。
次にそんな自分の記憶をたどろうとした。すると突如襲ってきたのはフラッシュバック。そして明確な死と恐怖。
急いで自分の身体に目を落とす。それでは足りず忙しなく上半身や下半身に触れ確認する。
傷なし、痛みなし、着ているカーディガンとワイシャツ、ブレザーパンツにも何の損傷や汚れもない――己の生存と無事が確定し、加えて今しがたフラッシュバックした記憶が夢であったことに胸をなでおろした。
ここがどこなのか、自分が何故眠っていたかは依然として分からなかったが、とにかく自分が無事であったことに身体の緊張が抜けていく。
「良かったぁ……全部、夢だったんだ……」
深い吐息とともにそんな独り言まで口をついて出てしまう。だが仕方がない。あまりに仕方がなかった。
だって不審人物に本物の銃を突きつけられ、何発も発砲されたのだ。家族が全員こつ然と姿を消し、また別の不審人物に心臓を貫かれ、死んだほうがマシだと思えるような激痛と苦悶を味わい。
さらにはペストマスクをつけた不審人物に首を切り落とされようとしたのだ。それが今、全部夢だと証明されたのだ。
だから仕方がない、安息の呼吸を繰り返してしまうのは。ああ夢で良かった。本当に良かった!
「残念だが夢じゃないよ」
「ッ!?」
そうやって気を緩めていたところに突如第三者の声が響く。自分以外誰もいなかったはずの部屋で、しかも己のすぐ近くから。
反射的にそちらへ首を巡らす。するとそこには――
「うわぁあああああああああ!?」
絶叫。喉が張り裂けそうなほどの大絶叫だ。だが仕方がない。それだってあまりに仕方がなかった。
何故なら視線の先には無機質なペストマスク。夢のなかで自分の首を切り落とそうとしていた彼が、こちらを静かに見下ろしていたのだから。
- 断罪の∞アマツミカボシ -
時をさかのぼること約24時間前。
日本の首都・東京、その片隅に古い一軒家を構える織部家の二階にはアラーム音が延々と鳴り響いていた。
「お兄ちゃーん、さすがに起きなよぉ」
ドアの開く音がしたかと思えば、今度は妹・乃絵莉(ノエリ)の聞き慣れた声がアラームに重なってきた。やけに重ったるいまぶたをようよう開くと、ドアを開けた姿勢で自分を見下ろす呆れ顔に出会う。だから響は反射的に苦笑してしまった。
「うわぁ……もう、朝なんだ……」
「そうだよ。昨日も眠れなかったの?」
「んー……」
「寝る前にスマホ触りすぎてるんじゃない? あれ良くないらしいよ。ていうかアラームうるさいから早く消してー。ばあちゃんもご飯冷めたって怒ってるよー」
「りょうかい。すぐ起きるよ」
ドアの閉まる音を聞いたあとでスマホのアラームを止めた。のっそりと身を起こし、次に大きなあくびをする。
そうして気だるく頭を掻き、スマホの待ち受け画面に目を落とし――現在時刻が午前7時40分を過ぎていることに気づけば一気に覚醒した。
びっくりするほど時間がない。このままでは完全に遅刻コースだ! そう気づいてからの動きは俊敏だった。だが俊敏なだけなのは否めない。
まずは顔を洗いに洗面所、しかし洗顔料だと思って顔に付けたものが実は歯磨き粉という凡ミス。
何の変哲もない茶色の双眸をスースーさせながら洗顔料を付け直し顔を洗い終え、同じく何の変哲もない茶色の短髪を手早く整えれば部屋に戻り高校のブレザーへ着替えにかかった。
しかし焦りのためかネクタイを上手く結べず階下から祖母の急かす声、スクールバッグを片手にまだネクタイをいじっていたせいで階段を転げ落ちそうになり、結局はネクタイを諦めた。
リビングルームでは祖母お手製の味噌汁で口内を痛烈にヤケド――温め直してくれていたようだ――それを見ていた祖父に「気をつけなさい」と幼児のように叱られる。
涙目で熱い朝食を流し込み、食後は歯みがき粉をたっぷり乗せた歯ブラシを口に含んだ瞬間吹き出した。一体何だと思ったら歯みがき粉ではなく洗顔料を乗せていたという不幸。吐き気がすごい。
「お兄ちゃん慌てすぎだってば。じゃ、お先ー」
登校のために玄関口で靴を履いていた乃絵莉は、既にげっそり顔の兄に軽やかな笑い声を響かせたあとで玄関ドアに手をかけた。しかし響はそれを慌てて止める。
「乃絵莉、コート忘れてる!」
「忘れてるんじゃないの。要らないのー」
「ええ? 風邪引いちゃうから着ていけよ」
「マフラーしてるからいいの。ていうか風邪なんて絶対引かないよ。私が今まで病気したことないの、お兄ちゃんも知ってるでしょ」
「……う、うん」
「じゃあ行ってきまーす」
リビングルームで茶をすする祖父とキッチンで洗い物をする祖母の遠い声に見送られ、乃絵莉は行ってしまった。
それに少しばかり浮かない心地になるものの、気を取り直した響もまた急いで用意を再開するのだった。
このとおり、織部 響はいたって普通の少年だ。
父方の祖父母、そして中学三年生の妹と四人暮らし。平凡な日々を送るごく普通の男子高校生――そのはず、だったのだ。
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【あとがき】
読んでいただきありがとうございます。
ここから数話分をアニメノベル化(ビジュアルサウンドノベル化)しています。
フルボイスですので耳で聴くことができます。
良かったら観ていただけると嬉しいです!
https://kakuyomu.jp/users/samaya_isa/news/16818093072975206023
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