第10話 最高の恩師
「俺もそうだった…。
今でこそ、働きながらこのように少年野球のコーチをやっているが、高校に入った頃は、野球で生計を立てることを、夢見ていた。
もっと言うとプロを目指していた…」
僕は北沢監督の独白を、黙って話を聞いていた。
「高校も甲子園常連のいわゆる名門校に投手として入学し、1年生から公式戦で登板した。
そこの監督は、多く投げることで力をつけるというスタンスで、俺は練習でも毎日投げていた。
そして2年生の秋までは順調で、新チームになって俺はエースナンバーを与えられた」
北沢監督はそこで少し黙った。
僕はもはや泣き止み、北沢監督の話に耳を傾けていた。
「ある時、俺は右肩に違和感を感じた。
だが痛いだの、痒いだの言っていては、今のは地位を失う。
俺はそれを恐れていた。
だから誰にも気づかぬように投げ続けた」
「そして地区予選の決勝戦の前、俺は肩に激痛を感じた。
さすがにこれでは投げられない。
俺は監督にそれを告げた。
するとその監督は俺を病院に連れて行き、痛み止めを打ったんだ。
そしてそのまま試合で投げた…。
その試合は勝ち、チームは甲子園に行くことになった…。
だが俺はその試合で完全に肩を壊した…」
僕はあまりの話に驚いた。
そう言えば僕は北沢監督の経歴を知らなかった。
そんな過去があったのか…。
「強豪校の監督やコーチは、生活がかかっている。
実績を残さないと、いつクビを切られるかわからない立場の人が多い。
だから残念ながら、選手を駒としか見ていない指導者もいる」
北沢監督はそこで僕に再び向き直った。
「お前は成長次第では、どこまでも伸びる可能性がある。
正直、初めてお前を見た時、俺はビックリしたよ。
葛西を見た時も驚いたが、お前の才能はそれを遥かに凌ぐ。
俺はお前には大きく育って欲しい。
だから今はしっかり休んで、肩を治せ。
そしてこれからは自分の事は自分で守る人間になってくれ。
期待しているぞ」
北沢監督はそう言って、僕の頭を軽く叩いた。
僕は強く頷いた。
もはや涙は完全に乾いていた。
僕は産まれてから、特に無下にされたことも無かったが、このように愛のある言葉をかけてもらったこともなかった。
北沢監督は本当に僕のためを思って、言ってくれた。
それが小学生の僕にも伝わった。
僕にとって、今も北沢監督は生涯一番の恩師である。
北沢監督は僕が中学2年生の時に、胃がんで亡くなった。
初めて会った時、細身に見えたのもずっとがんと戦っていたからであった。
北沢監督は闘病しながら、がんをおして、週末、僕らの練習を見てくれていたのだ。
僕はそれらを後から知った。
僕は北沢監督の言葉を胸に、中学時代、高校時代、身体に異変を感じると、自分の判断で身体を休めることにした。
それは時にはサボりに見えたと思う。
僕は口下手で意思疎通が下手なので、周囲から誤解を招きやすい人間だ。
北沢監督にもし出会わなければ今の僕は無い。
そして中学、高校での仲間たちとの出会い。
僕は生来、家族には恵まれなかったが、指導者、そして仲間たちには恵まれたと思っている。
僕は今日も小学生卒業時に北沢監督からもらった、お守りを後ろポケットに入れて、カリフォルニアドルフィンズ戦のマウンドに向かう。
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