第9話 秋の大会に向けて
近畿大会は、平井選手を擁する枚方ファイターズが優勝した。
1回戦負けとはいえ、優勝チーム相手に2対0とスコアの上では善戦した…と周囲は、思っているようだ。
だが僕と葛西、そして新田は敗北感に打ちひしがれていた。
正直、百回戦っても、同じスコアとなる気がする。
僕らは葛西のセーフティーバントによる安打1本しか打てなかったし、葛西と僕は完璧なホームランを打たれた。
この実力差は簡単には埋められないもののように感じた。
体格差。
それももちろんある。
だがそれだけではない。
才能の差と言おうか、持って産まれたセンスの差と言おうか、ちょっとやそっとの努力では埋めがたい差。
平井選手は野球の女神の庇護を受けている。
そんな風にすら感じた。
僕は投球練習する時、いつもバッターボックスに平井選手が立っている姿を思い浮かべた。
どんなに良い球を投げても、どんな良いコースに投げても平井選手は打つ気がした。
もっと速い球を投げたい。
もっとキレの良い球を投げたい。
もっと伸びのある球を投げたい。
そうしているうちに、僕の珠は更に速くなり、投球練習しても葛西以外は取れなくなっていた。
だが僕はこの程度では平井選手には通じないと思っていた。
より速く。
より鋭く。
そのうちに夏が終わり、秋を迎えた。
秋には最後の大きな大会がある。
僕は来るべき、平井選手との対戦に向けて、更に練習に力を入れた。
秋の京都府予選。
我らの洛南ビクトリーズは無敵だった。
投は僕と葛西の二枚看板。
打は僕、葛西、新田と続く上位打線。
全ての試合をコールドで勝ち抜き、京都府大会で優勝した。
残すのは近畿大会での平井選手との対戦である。
ところがその頃、僕は肩痛に悩まされていた。
今思うと、練習量に成長盛の身体がついていかなかったのだと思う。
だが僕はそれを隠していた。
もしそれがバレれば、平井選手との対戦ができなくなる。
だから僕は肩痛を隠して、練習に参加していた。
そして近畿大会の前、練習の最後に参加メンバーが北沢監督より発表された。
「葛西」
「はい」
「新田」
「はい」
「古川
「はい」
…
「今田」
「はい」
「以上だ。
今回、入らなかったメンバーも怪我などで入れ替わることもあるから、気を抜かないように。よし、解散」
ベンチ入りのメンバーの中に僕の名前は無かった…。
北沢監督は言い終わると、背を向けて、駐車場に向かって歩きだした。
僕はしばらくの間、その場に立ち尽くしていたが、やがて意を決して北沢監督を追いかけた。
北沢監督は僕の足音に気づいて、振り返った。
「おう、どうした。山崎」
「どうしてですか?」
僕は当然、北沢監督に食ってかかった。
「わからないか?」
「わかりません」
「本当にわからないか?」
「はい、わかりません」
僕の目には涙が溜まっていた。
春から平井選手と対戦するためにあれだけ練習してきたのだ。
北沢監督は僕の方に向き直り、やや体を屈め、僕の目を見て言った。
「お前は俺を信用していないのか?」
「いえ、そんな事はありません」
それは本当だった。
僕はそれまで出会ったどんな大人よりも、北沢監督を慕っていたし、信頼できると思っていた。
だから尚更ベンチ入りメンバー外れた事が納得いかなかったのだ。
「いいか、お前は肩を怪我しているだろう。
何で言わなかった?
俺を信頼していないのか?」
「そんな事はありません…。
確かに少し肩は痛いけど、投げられます」
北沢監督は僕の肩に手をやって言った。
「いいか、俺は嘘は嫌いだ。
本当の事を言え」
僕は黙ってしまった…。
肩は痛い。
だが試合には出たい。
生まれて始めて、夢中になるものに出会ったのだ。
「お前は嘘がつけない男だと、俺は信じている。
正直に言ってくれ」
「僕は…、僕は…」
僕はもはや涙目になっていた。
「肩は全く…」
僕は俯いた。
本当は自分でもわかっていたのだ。
今は投げるべきではないと…。
「どうなんだ?」
「肩は…。全く…。…。痛いです…」
僕は泣き出していた。
もはや嘘はつけないと悟ったのだ。
「俺も葛西も新田も、お前が肩を痛めているのは前からわかっていたよ。
だからお前がいつ言い出すのか、待っていた」
「…」
僕はもはや涙が止まらなくなっていた。
「いいか、お前には類まれなる野球の才能がある。
だが、その才能を活かすも殺すもお前次第だ。
良く覚えとけ。
自分の身は自分で守るしか無い」
僕は涙を手で拭いながら、北沢監督の話を聞いていた。
「これから中学、高校と進むと、選手の事よりも、自分が実績を残すことを一番に考えている指導者に会うかもしれない。
俺はそういう指導者に潰された選手をこれまで何人も見てきた」
北沢監督はそこまで言って、一度天を仰いだ。
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