（仮）ドラフト１位で入団するまで

第8話 完膚なきほどの完敗

　葛西は平井選手にホームランを打たれたものの、それ以外のバッターは完璧に抑えた。

　激戦区の大阪大会で上位に来るだけあって、枚方ファイターズには平井選手以外にも良い選手が揃っていた。

　だが葛西のストレートとカーブのコンビネーションが冴え渡り、２回、３回と三者凡退に抑えた。

　そして我が洛南ビクトリーズも、平井投手の前に一人のランナーも出すことは出来ず、試合は４回表を迎えた。

　この回は２番バッターからの打順なので、平井選手に打席が回る。

　僕は葛西と平井選手の打席でピッチャーを替わることを打ち合わせしていた。

　そして葛西は２番と３番バッターを簡単に打ち取り、僕にマウンドを託した。

　投球術とコントロールなら葛西に敵わないが、ストレートの威力に関しては僕は自信があった。

　もっとも荒れ球なので、自分でも投げたボールがどこにいくかわからないが。

　マウンドから見た、平井選手はこれまで見たどのバッターよりも威圧感があった。

　こいつは本当に小学生か？

　中学生、いや高校生が歳を誤魔化しているのではないか？

　そんな風にすら感じた。

　初球。

　ストレートが指に引っかかってしまった。

　ボールは真っ直ぐに平井選手の頭に向かっている。

　平井選手は屈んで避けた。

　メンゴメンゴ。

　僕は帽子を取って詫びた。

　平井選手は僕の方を見て、睨んでいる。

　わざとじゃないのに。

　そんなに睨むなら、本当に当ててやろうか。

　僕は天邪鬼な性格なのだ。

　２球目。

　わざと内角へ投げた。

　もし当たったらごめんね。

　ボールはうまい具合に内角へ高目へ行った。

　我ながら素晴らしい球だ。

　ボールかもしれないが、これは打てないだろう。

　ところが平井選手はさっと身体を引き、強引にバットを振った。

　平井選手の身体はくるっと周り、打球は良い角度で上がった。

　嘘だろう。

　もはや打球の行方を見る必要も無かった。

　完璧なホームラン。

　２打席連続で、しかも葛西と僕の二枚看板から。

　そして試合は２対０のまま、７回を迎えた。

　僕らは６回まで平井投手の前に、パーフェクトに抑えられ、攻略の糸口さえ見いだせなかった。

　そして僕も平井投手にホームランを打たれた後は、デッドボールを一つ与えただけで、無安打に抑えていた。

（デッドボールを背中に受けた選手は、悶絶していた。ごめんね）

　７回表、この回の先頭バッターは、平井選手からである。

　ここは意地にかけてでも抑えてやる。

　だが気合いが空回りし過ぎたのか、一球もストライクが入らず、ストレートのフォアボールを与えてしまった。

　この時、一塁に向かう平井選手の目を僕は今でも忘れることはできない。

　平井選手は微かに笑みを浮かべており、それはまるで「逃げたな」と言っているかのように見えた。

　それはホームランを打たれるよりも僕にとっては屈辱的な事だった。

　決して逃げた訳ではないと、自分に言い聞かせた。

　ただコースをついたあまり、ストライクゾーンに入らなかったのだ。

　だが僕は心の底ではわかっていた。

　平井選手にホームランを打たれるのを恐れ、微妙にストライクゾーンからボールをずらしたのを。

　７回裏、最終回。

　僕は平井投手の前に、三球三振に倒れた。

　そして次の葛西は何とセーフティーバントをした。

　打球はピッチャーとサードの間にうまく転がった。

　平井投手はボールを掴んたが、ファーストに投げなかった。

　葛西は俊足であり、タイミング的に投げてもセーフだっただろう。

　だが僕は思った。

　平井投手は例え、アウトにできたとしても恐らくファーストに投げなかったであろう。

　次の新田の打席で葛西は盗塁を決めた。

　だが新田と４番に入った古川が連続三振に倒れ、僕らは近畿大会１回戦で姿を消した。

　点差は２対０。

　だが僕らは帰り道、一言も発しなかった。

　点差以上の完敗。

　完膚なきほどに叩きのめされた。

　そんな気がしていた。

　クソっ。

　次会う時は覚えていろ。

　もっと成長してやる。

　僕は帰りのバスの中から、落ちてゆく夕陽を眺めながら、そう心に誓った。