第7話 上には上がいる

 組み合わせ抽選会の結果、1回戦は大阪府のリトルリーグのチーム、枚方ファイターズとの対戦となった。

 抽選会のクジは、キャプテンの葛西が引いた。

 

「何だ、あいつ」

 泉州ブラックスタジアムで行われた開会式で、新田が何かを見て言った。

 「小学校の中に高校生が混ざっているぜ」

 

 僕は新田の指さした方角を見た。

「何だあいつ」

 新田と全く同じ感想を漏らした。

 

「何がどうしたって?」

 抽選会から戻ってきた葛西が僕らに言った。

 

「ほら、あそこのあいつ。

 身長180cm近く、あるんじゃないか?」

 新田が言った。


 そこには他の選手と比べて、頭2つ分くらい背が高く、ガッチリした色黒の選手がいた。

「顔も体格もゴリラみたいだな」

 葛西が言った。

 

「あいつ、枚方ファイターズだってよ。

 1回戦で俺等と対戦するチームじゃないか」

 先頭の選手が持つ、プラカードを見に行った新田が戻ってきて言った。

 

「マジか」

 まるで子供の中に大人が混ざっているような、そんな奇異な光景に見えた。

 見るからに打ちそうな体格をしている。

 

「あいつがあの平井か…」

 隣に並んでいたチームの選手たちが話しているのが、聞こえた。

 

「そうかあいつが平井か…」

 それを聞いた、葛西が言った。

「葛西、知っているのか?」

「ああ、この界隈では有名だ。

 ピッチャーとしても凄い球を投げるし、打ってはバットに当たればほとんどホームランらしい…」

「マジか…」

 僕と新田は改めて、その平井という選手をマジマジと眺めた。


 開会式の後、3戦目が我らの洛南ビクトリーズと、枚方ファイターズの試合だった。

 今日の先発は葛西で、僕がキャッチャーについた。


 僕らは後攻であり、1回表、葛西は簡単に3人で抑えた。

 ネクストバッターズサークルに入った平井という選手は、いかにも打ちそうなオーラを纏っていた。


 1回裏、平井がマウンドに上がった。

 投球練習を見ると、これまで見たことの無いような豪速球だ。

 それが低めにズバッと決まる。

 しかし捕球している捕手も大したものだ。


 投球練習が終わり、僕は打席に向かった。

 僕、葛西、新田という打順の並びだ。


 初球。

 低めへストレートが決まった。

 凄い球の伸びだ。


 2球目もストレート。

 僕は真芯で捉えた。

 カキーン。

 打球はボテボテのピッチャーゴロ。

 

 何だ、この球は…。

 手が痺れている。

 間違いなく、真芯で捉えたのに…。

 あえなく一塁アウト。

 速いだけでなく、とても重い球だ。


 2番は葛西である。

 葛西も初球を真芯で捉えたように見えたが、あえなくボテボテのショートゴロ。

 

「凄い球の伸びだな…」

 ベンチに戻ってきた葛西は、まだ手が痺れているのか、両手のひらを眺めていた。

「あれが同じ小学生とはな…」

 本当に同感だ。

 凄い奴がいるものだ…。


 カキーン。

 3番の新田も打ったが、平凡なセカンドフライ。

 新田も真芯で捉えたように見えたが、完全に球威に押されていた。


 これまでの試合で、僕ら3人が揃って凡退したことは無かった。

 凄い奴がいたものだ…。


 2回表、葛西がマウンドに立った。

 葛西はストレートに加えて、カーブも使う。

 そのカーブの曲がりの大きさも小学生離れしていて、ストレートとカーブのコンビネーションは、小学生レベルでは無敵だった。


 バッターは平井。

 僕はキャッチャーマスク越しに、バッターボックスに入った平井を下から上まで眺めた。

 いかにも打ちそうなオーラを感じる。

 身長以上に大きく感じ、これまで対戦したどのバッターよりも威圧感が凄かった。


 初球。

 葛西は外角にスローカーブを投げ込んだ。

 平井は見送ったが、ストライク。

 味方ながら凄い変化だ。


 2球目。

 もう一球カーブ。

 平井はこれも見送った。

 今度も外角の低めギリギリに決まった。

 素晴らしい球だ。

 ストライクツー。


 3球目。

 僕は内角高目へのストレートを要求した。

 葛西の球は僕よりは球速が無いが、その分コントロールが良い。

 見送ればボールだろうし、打ってもせいぜい内野フライだ。


 そう思った瞬間、平井は長い腕を畳んで、振り抜いた。


 打球はあっという間に、レフトフェンスを越えていた。

 あの内角の難しい球を…。


 マウンドの葛西は呆然として、打球の消えた方角を眺めていた。

 上には上がいる。

 僕はキャッチャーマスクを外し、淡々とダイヤモンドを一周する平井を眺めながら、そう思った。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

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