第4話 ある日の帰り道
僕は木曜日の練習から、洛南ビクトリーズに参加することにした。
野球そのものにはまだ興味はあまりないが、葛西の人柄に惹かれたのは事実だ。
葛西にとって僕は大勢の友達の1人なのだろうが、僕にとっては唯一信頼を置けそうな人物に出会った気がした。
木曜日、ウォーミングアップのランニング、キャッチボールの後、僕のポジションを決めることになった。
まずは内野に入り、ノック受けたが、それなりにボールを取ることができた。
そして外野にも入ったが、やはり無難にこなすことができた。
「山崎君と言ったっけ?
君は類まれなセンスがある。
野球未経験で、いきなりこれだけのプレーをできる小学生は初めて見た」
ノックを終え、戻ってきたら北沢監督にそう声をかけられた。
僕はそれまで人からあまり褒められた経験がなかったので、こそばゆく感じたが、悪い気はしなかった。
いや正直に言うと、嬉しかった。
僕は施設では別に疎まれていたわけでもなかったが、このように周囲から注目を浴びたことも無かった。
だからこのように人から認められたことは素直に嬉しかった。
僕は肩が強いことを活かして、外野手と投手を兼務することになった。
このチームは6年生投手が2人と5年生投手が1人、そして4年生の葛西が投手をやっていたが、葛西はすでにエース格だった。
そして僕もその中に加わることになった。
僕は監督や葛西から、投手としての投げ方を教わり、自分でも日々の急激な成長を感じるようになった。
フリーバッティングにも投げるようになったが、僕よりも体格が大きい5年生、6年生が僕の投げる球にキリキリ舞いするのが、何よりも面白かった。
「フリーバッティングなのだから、打たせないと練習にならないだろう」
ある時、6年生のキャプテンから言われたが、僕は全く気にしなかった。
だって4年生の僕の球が打てないなら、試合に出ても打てないだろう。
そして監督からも手を抜くな、と言われていた。
だから特にそのキャプテンがバッターの時は力一杯投げた。
普段偉そうにしているキャプテンが、僕の投げる球に全く当たらないのが快感だった。
ある日の練習後の帰り道、僕は5年生と6年生、6人に囲まれた。
「てめぇ、何調子に乗っているんだよ」
「ちょっとばかり速い球を投げるからって、偉そうにしやがって」
口々にそんな事を言われた。
僕は黙っていた。
正直、怖かった。
するとその中の1人が余計な事を言った。
「施設暮らしの癖に」
その後の事はあまり覚えていないが、気がついた時には、僕はその少年に馬乗りになり、拳が血だらけになるくらい殴りつけていた。
周りの上級生たちは青ざめ、必死に僕を引き剥がそうとしたが、僕はまだ殴ろうとしていた。
「お前ら、何やっているんだ」
振り向くと、私服姿の北沢監督がいた。
そして状況を見て、何があったか察したようだった。
上級生たちは口々に僕がいきなり殴りかかった、というような事を言ったが、監督は静かにこう言った。
僕に殴られた少年は、鼻血を出して、泣いていた。
「4年生1人とこれだけ上級生がいて、誰がお前らの言う事を信じると思う?
山崎、何があった?話してみろ」
僕は黙っていた。
まだ体は怒りに震えており、何かを話すと泣きそうな気がしたのだ。
「もういい、わかった。
だが山崎。
お前の拳は人を殴るためにあるのではない。
お前は類まれな野球の才能がある。
だからこれからは、喧嘩なんかにその拳を使うな」
僕は静かに頷いた。
そして上級生に向かって言った。
「お前らも山崎が気に食わないなら、野球で勝負しろ。
まあ、もう山崎に手を出す奴はいないと思うが…」
上級生たちは俯きながら、泣いている少年を連れて帰っていった。
北沢監督は無言で僕の肩をポンと叩き、帰っていった。
その日以来、上級生は僕に絡んでくることは無かった。
つまり無視された。
そしてそれははっきり言って、心地よかった。
僕と葛西の二枚看板となった、洛南ビクトリーズは、僕らが5年生になる頃には地域でも無敵のチームとなっていた。
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