第3話 ある日の夕暮れ

 火曜日、僕は掃除当番だった。

 だが葛西達に捕まらないように、帰りのホームルームが終わると、こっそりと教室を抜け出した。

 明日、クラスのうるさ型の女子に文句を言われるが、そんな事は慣れている。


 いつもの裏口はグラウンドを通るので、やや遠回りになるが、僕は今日は表門から帰ることにした。


 うまい具合にクラスメートには誰にも会わず、学校を出ることができた。

 野球?

 何で僕が。


 僕はそれまで野球というものに、ほとんど興味がなかった。

 スポーツで興味があるとしたら、柔道とか空手、ボクシングとか一人でできるものくらいだった。


 前にも述べたように、僕には友達というものも、仲間というものもいなかったし、欲しいとも思わなかったので、一人でできないものには興味が無かった。


 適当に歩いていると、普段来たことがない地域に来てしまい、迷子になってしまった。

 もともと学校と施設、図書館くらいしか僕の行動範囲は無かったので、一度そのルートを外れると道が分からなくなったのだ。


 いつの間にか夕暮れになり、辺りが暗くなってきた。

 困ったな、と思いながら歩いていると、道の向こうから小学校6年生くらいの少年が3人横になって歩いてきた。


「おい、お前何小だ」

 その中の一人の少年が、僕に声をかけてきた。

「〇〇小」

 僕はぶっきらぼうに答えた。

 

 彼らは顔を見合わせて笑った。

 「ふん、ザコ小か。

 誰に断って俺たちの学区を歩いているんだよ」

 どうやら僕の通う小学校の隣の学区に来ていたようだ。

 

 僕は無視して足早に通り過ぎようとした。

 するとすれ違った瞬間、僕は足をかけられ、道路に転んでいた。

 膝を擦りむいたようで、血が滲んでいる。

 

「何するんだ」

 僕は膝の痛みを堪え、振り向いた。

「あーん、よそ者が偉そうに歩いているんじゃねぇよ」

 その中で一際大柄な少年が言った。


 僕はそれまでケンカというものをしたことが無かったが、膝の痛みを忘れ、飛びかかった。

 だが小学校4年生と6年生では体格差が大きい。

 しかもその頃の僕は痩せっぽっちだった。


 目の前に火花が散った。

 顔面にパンチを入れられたようだ。

 僕は立ち上がろうとしたが、膝も痛くて体が思うように動かない。


 すると横腹に鋭い痛みを感じた。

 大柄な少年の隣にいた少年が、僕の横腹を蹴ったようだ。

 僕はあまりの痛みと悔しさで、目から涙が出そうになっていた。

 

 その時だった。

「何しているんだ」

 振り向くと、ユニフォーム姿で自転車に乗った少年がいた。

 夕陽を背にしていて、良く見えなかったが、よく見ると葛西だった。

 

「どうしてここに」

「君を探していたんだよ。

 君の住んでいるところに行っても、まだ帰っていないということだったから」

 葛西は今日の練習をサボって、僕を探していたのだ。

 

「何だお前」

 大柄な少年が言った。

「一体どうしたんだい」

 葛西はその言葉を無視して、自転車を降り、道端に座り込んでいる僕にかけ寄った。

 

 「何無視しているんだよ」

 するともう一人の少年が葛西の背中を蹴った。

 葛西はもんどり打って、地面に這いつくばった。

 額を地面に打ったみたいで、少し血が滲んでいた。


 葛西は静かに立ち上がり、首を2回振った。

 そして突然、その少年に飛びかかった。

 その頃の葛西は僕と同じくらいの体格で、学年でもあまり大きな方では無かった。


 だが葛西のパンチがその少年の顔面に入り、その子は尻もちをついた。

 そして葛西は振り向きざまに、大柄な少年の股間を蹴った。


 さすがの大柄な子もその一撃は、たまらなかったようでその場にうずくまった。

 こうなると残りは一人である。

 その少年はさっきまでの威勢の良さはどこへやら、震えだしていた。


 葛西と僕はその少年に迫った。

 するとワーッと叫んで一目散に逃げ出した。

 

「お前ら、〇〇小だろう。

 今度覚えておけよ」

 大柄な少年が股間を抑えながら立ち上がって言った。


 すると葛西はその顔面に、再び思い切りパンチを打ち込んだ。

 それは見事に顔面に決まった。

 その少年はその場に崩れ落ちた。

 

「いつでも来いよ。

 僕は〇〇小、4年2組の葛西だ。

 さあ山崎君、帰ろうよ」

 葛西は僕の手を引き立ち上がらせ、自分は自転車にまたがった。


「道に迷ったのかい?

 ここは君の住んでいるところから反対側だよ。

 連れて行ってあげるから、後ろに乗りな」

 僕は膝の痛みを堪えながら、自転車の荷台に乗った。

 

「じゃあな。お前ら」

 そう言って葛西は、二人の少年をその場に残して自転車を漕ぎ出した。

 

「後から仕返しにくるんじゃないか。大丈夫かな」

 僕は心配そうに葛西に言った。

「大丈夫だよ。

 僕は6年生にも知り合いがいるし、あの程度の奴ら、何人来ても負けないよ」

 葛西は自転車を漕ぎながら言った。

 

「ねえ、次は木曜日に練習があるから、今度は来てくれよ」

「うん、考えておく」

 葛西となら、一緒に野球をやっても良いかな。

 ほんの少しそう思った。

 


 

 


 

 


 

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