第2話 初めの一歩

 週末になったが、僕は葛西の誘いに乗る気はなかった。

 ところが朝、彼はわざわざ施設まで迎えに来た。


 これまで学校の友達が僕あてに来るなんてことは皆無だったので、職員の方々は驚いていた。

「山崎君、友達が来ているよ」

 玄関に行ってみると、葛西の他にも、揃いのユニフォームを着たクラスメートが3人来ていた。


 もっとも僕はその誰ともほとんど話をしたことがなかった。

「やあ、山崎君。

 はい、これユニフォーム。

 僕の兄ちゃんが昔使っていたやつ。

 サイズが合えば良いけど」


 面倒くさいと思ったが、職員の手前、断りづらかった。

 いや正直に言うと、目的が何であれ、クラスメートが誘いに来た事自体は嬉しくないわけではなかった。


 葛西から、ユニフォーム、帽子、アンダーウェア、ソックス、ストッキング、ベルト、スパイク、そしてグラブを受け取った。

 アンダーウェアとソックスとは新品だった。


 僕は部屋に戻り、それらに着替えた。

 部屋は6人部屋であり、ルームメイトは見慣れない僕の姿に驚いていた。

 ちなみにルームメイトは年上も年下もいたが、僕はその誰ともほとんど話をした事がなかった。

 つまりそこでも僕は孤独だった。

 

「じゃあ、行こう」

 僕はノロノロと彼らの後について行った。

 小学校までの道のりの間、葛西やその他のクラスメートから色々と話しかけられたが、僕はあまり話さなかった。

 そもそも人と話すのは得意ではない。

 いや、むしろ苦手だ。


 学校に着いた。

 ユニフォーム姿の子供が30人くらいおり、またその親と思しき大人も20人くらいいた。


 僕は葛西に連れられて、監督のところに挨拶に行った。

「監督、この間のクラスメートを連れてきました。山崎です」

「おう、君がそうか。

 はじめまして、洛南ビクトリーズ監督の北沢です」


 北沢と名乗ったその監督は、細身で30才半ばくらいに見えた。

 眼鏡をかけており、温和そうな印象を受けた。

 リトルリーグの監督は厳しい人が多いと聞いていたので、ちょっと意外だった。


「今日のところは、あまり無理せずに練習を見てくれ。

 そして気に入ったら、入部してくれれば良いから」

 僕は黙ってうなづいた。


 そしてウォーミングアップが始まり、グラウンドを5周したあと、キャッチボールとなった。

 僕は葛西と組んだ。

 

 初めは近い距離から、そして、少しずつ離れていく。

 初めは葛西もゆっくりした球を投げていたが、距離が放れるにつれ、強い球を投げるようになってきた。


 グローブをはめているのに痛い。

 僕も負けずと強い球を投げ返した。

 更に距離が離れていく。

 だが距離が放れるにつれ、葛西が投げる球は強くなっていったし、僕も意地になって強い球を投げ返した。


 ふと気がつくと、誰よりも長い距離をキャッチボールしており、しかも周りの視線を感じた。

 どうやら、僕と葛西のキャッチボールに注目しているようだ。


 僕と葛西は更に離れ、お互いに意地になって全力で投げあった。


「よし、そこまで」

 監督の声で、僕らは距離を縮めていった。

 だがお互いに強い球を投げるのは変わらなかった。

 

「おい、お前ら。

 そんなにムキになって投げるな。

 ウォーミングアップだぞ」

 監督の声で我に返った。


 気がつくと、20メートルほどの距離でほぼ全力で投げ合っていた。

 監督の声の後、僕らは球速を落とし、徐々に近づき、やがて、5メートルくらいになり、葛西がボールを受け取った。

 

「やっぱり、僕の思ったとおりだ。君は凄い球を投げるね」

 葛西がグラブからボールを取り出して、僕のグラブの中に入れた。

「僕とまともにキャッチボールできる人を初めて見たよ」


 どうやら葛西は4年生でありながら、このチームの誰よりも、つまり6年生よりも野球が上手く、ピッチャーとしてもエースとなっているようだ。

 その葛西とまともに投げあったということで、周りの子供も大人も驚いたようだった。


 練習は午前中の3時間くらいで終わった。

 僕は同級生に混ざって、ノックを受けた。

 

 そして、その後はレギュラークラスのフリーバッティングの球拾いだ。

 葛西は4年生で唯一レギュラーになっており、6年生に混ざっても誰よりも素晴らしい打球を飛ばしていた。

 

「葛西君はすごいだろ。

 将来、プロに行きたいんだってさ」

 僕がボーッと突っ立っていると、隣で守っていた少年がそう言った。

 彼は同じクラスではなく、顔は見たことはあったが、名前は知らなかった。

 

「プロ…」

 僕はその時、プロ野球選手というのがどういうもので、どうしたらプロに入れるか良くわからなかった。


 正午になり、練習が終わった。

 僕らはユニフォーム姿のまま、解散となった。

 

「ユニフォームは山崎君に貸しておくよ。

 次は火曜日の放課後ね」

 葛西にそう言われたが、僕は次は参加しないつもりだった。

 はっきり言って、野球はあまり面白いと思えなかった。

 次はどう言って断ろうか。

 僕は帰り道、そんなことばかり考えていた。

 

 


 


 

 

 

 

 

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