(仮)ドラフト1位で入団するまで

青海啓輔

第1話 野球との出会い

 僕は野球があまり好きではない。

 だが僕が野球をやると、周囲がチヤホヤしてくれるし、優越感を感じる。

 だから野球をやるだけだ。

 少なくとも最初のきっかけはそうだった。


 高校もそうだ。

 僕に選択肢など無かった。

 野球特待生として、授業料が免除になり、寮費も無料で奨学金までくれる。

 1番条件の良い学校が、群青大学付属高校であっただけの事だ。


 だが良くこんなメンバーが集まったものだ。

 僕はマウンド上から、周りを見渡した。

 ファーストの平井、セカンドの葛西、ショートの高橋、そしてサードの柳谷、外野を見渡しても、上条、井戸川、新田。

 そしてキャッチャー仲村。


 一度だけ言ってやる。

 「これまでありがとう。

 お前たちがいなければ、僕は途中で野球を辞めていた」

 僕はマウンド上でそうつぶやき、最後のバッターに向き直った。

 このバッターを押さえれば、全国制覇だ。



 僕が産まれてから最初に記憶している景色は、暗い天井だ。

 その部屋が本当に暗かったのかは知らない。

 ただ僕はそう記憶している。


 僕が物心ついた時には、すでに児童養護施設にいた。

 そこでは職員は皆、優しくしているくれた。

 職員の方は、シフトで働いているので、日々変わるが、1人とても優しい人がいた。

 僕はその人に母性を感じたし、人一倍の慈母の心を感じた。

 だがある時、その人に子供がいる事を知り、僕は幼心に物凄いショックを受けた。

 特別な人に思えていたのが、単に仕事として僕に優しく接してくれていただけだったのだ。 

 僕は、それからより一層、人に懐かなくなった。



 僕は子供ながら、自分がこの世の中で一人きりであることがわかっていた。

 だから誰にも頼らず、誰もあてにせず、自分の力で生きていきたいとずっと思っていた。


 だから僕は周りの同年代の子供達にも馴染めなかった。

 施設ではそれなりに同年代の子供同士で仲良くなるものだが、僕は誰にも心を開かなかった。


 だが大人達はそんな僕を事務的にだが、一定の愛情を持って接してくれた。

 僕は孤独ではあったが、産まれながらそれが当たり前と思っていたので、寂しいとは思わなかった。

 いや寂しいという感情が欠落していたのかもしれない。


 野球はそんな僕にとって、唯一と言える自己実現、自己肯定の手段だった。

 そんな僕の野球との出会いは、ほんのちょっとした事だった。


 小学校4年生のある放課後、僕は小学校のグラウンドの隅をぼんやりと歩いていた。

 その学校は裏門があり、僕はいつもグラウンドの隅を通って帰宅していたのだ。

 僕は学校でも周囲に殻を作り、誰とも友達にならなかったから、いつも帰り道は1人だった。


「テン、テン、テン」

 その時、僕の目の前にボールが転がってきた。

 薄汚れた白いゴムボールだった。

 なんだコレ?

 

「おーい、山崎君。

 それ取ってくれないか」

 ふと見ると、同じクラスの葛西だった。

 もちろん彼ともほとんど僕は、話したことがなかった。


 僕はボールを拾い上げ、葛西の方に投げた。

 ボールは葛西のはるか頭を越して、ホームベース後方のネットに当たった。


 その途端、急に周囲がシーンとなった。

 僕は何か悪いことをしたような気がして、足早にその場を去った。


 翌日登校し、教室に入ると、葛西が駆け寄ってきた。

 てっきり昨日の事を咎められるのかと思って、僕は身構えた。

 

「山崎君、昨日の返球凄かったね。君も野球やっているの?」

 僕は予想外の葛西の好意的な反応にちょっと戸惑った。

 

「野球?、やったことないけど」

「えー、本当?

 6年生でもあの場所から、ホームになんて全然届かないよ。

 顧問の先生だって、驚いていたよ」

 

 小学校のグラウンドなので、広さはたかが知れている。

 それでも外野の後ろから、ダイレクトでホームベース後方のネットに当てるというのは難しいことなのか?

 

「山崎君、野球の才能あるよ。

 僕のチームに入らないか」

 意外な申し出だった。

 葛西とは4年生で初めて同じクラスになったが、運動神経が良く、勉強もでき、ケンカも強く、それでいて誰とでも分け隔てなく接するので、クラスの人気者だった。


 その点僕は、ただ一人の友達もおらず、学校の成績も悪く、いつも窓の外を見ているような子供だった。

 だから人気者の葛西から、話しかけられるのは嬉しくもあり、照れくさくもあった。

 

「いや、でも僕は野球なんかやったこと無いし…。

 道具も持っていない」

「大丈夫だよ。僕ので良かったら貸すから、一度練習に来てみてよ」

 

 というように僕はほぼ強引にその週末の練習に参加させられることになった。

 これが僕の野球、そして高校まで一緒にプレーすることになる、葛西との出会いだった。

 

 

 

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