第37話 却下と認可と未練

「師匠、まさかと思いますが偽造をするつもりですか?」


「えっ、そんな悪い事はしませんよ」


「えっ!」


 カーラは何を言っているのでしょう。

 偽造だなんて犯罪ですよ。

 確かに坊っちゃんの振る舞いは、見習うべきではありませんよ。

 しかし、それとこれとは別物です。

 自分が悪に染まる理由にはなりません。ここは断固として否定します。


「そ、そうですか。てっきり悪ノリでやっちゃえーってくるとばかり。ごめんなさい」


「もう、しっかりして下さいよ」


 一刻もはやく患者さんを救ってはあげたいです。でもね、ズルをして得られる未来に光はありません。


 他の申請されている物だって同じです。ノリや気分で決めるなんてイケません。


 一見して無駄に見える事にも、それぞれにちゃーんとした意味があるのですから。


 例えばコレ、獣人を隔離して特別労働力をさせるって……えっ、なにこれ。


「こ、これが法案として通るのですか?」


「めちゃくちゃですよね。でも反対するにしても、キチンと正規の手続きで対抗しなくちゃイケないんですよね」


「何をノンキな事を言っているのですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


「ええええ! でもさっき悪事こそイケないって?」


「それはソレ。こんなの許されるはずありませんよ。ダメ、ダメ、絶対にさせません!」


 認可のハンコが押されていますが、斜線をひいて訂正です。

 そして打出の小槌の出番ですよ。


 たっぷりとインクを打出の小槌につけて、却下の欄に押印します。

 ふぅ、これでケモミミさんの未来は救われましたぞ。


「師匠、ソレッていいんですか?」


「もちろんですとも!」


 それにしても、なんて非道い事を考えつくのでしょうか。

 怒りがまたこみ上げてきましたよ。


「この地は何を目指しているのでしょう。これじゃあ、安心して暮らせないですよ」


「師匠、ではこの孤児院を壊して風俗店をってのは?」


「それも却下ですよ。もー、こうしてやります、エイ、エイ、エイ。なんですか、この町は!」


 他にも変な法案や申請書がたくさんありますよ。

 増税、富裕層だけへの減税、奴隷制度の推進。

 こんなの絶対にありえません、すべて却下してやりました。


「逆に貧困な村への助成金の申請とかありますけど?」


「貸しなさい、こういうのにお金は使うべきなんです。はい、認可!」


「うわーー、ハンコの押し方が格好いいですね」


 カーラの声援もあり、仕事はドンドンとはかどります。

 それにこのハンコひとつで、世の中が良くなると思うと元気がでますよ。


 わんこ蕎麦のテンポのごとく、カーラが横から書類を出してくれます。

 なんて気のきく子なのでしょう。


「ファッションショーで広場を使う申請です」

「はいな、認可です」

「お次はガタガタ道を補修願い」

「もちろんOK!」

「次は減税と……」

「ええい、面倒です。良いものは並べなさい。まとめてハンコを押しちゃいます」


 ざっと8割の申請は困ってのものばかり。

 それをすべて笑顔に変えまする。


「うりゃりゃりゃーー、認可、認可、認可、認可ーーーーーー、の、これは却下、却下、却下です!」


 あれ程あった書類の山は、きれいサッパリ片付きました。

 ちゃんと次の部署へわたるよう、仕分ける気遣いも忘れませんよ。


「ふぅ、いい汗をかきましたね」


「はい、とっても気持ちいいです」


 それと一番大事なことを忘れていました。


 イベントリにしまってあった書類を取り出し、丁寧にハンコをおします。


 これで荷どめをされていた品の、出庫許可がおりたことになりますね。

 ここまで本当に長かったです。


 あとは商業ギルドにいき、荷物を受けとればいいだけです。


「あー、2人共ここかぁ、聞いてよ。城の人たちがねぇ、1ヵ所に集まって呑気にばか騒ぎをしていたよぉ」


「ほほう、門番とかは?」


「全員だよ、だから何処どこもスッカスカなんだー」


 理由は知りませんが、これは私たちにとっては好都合ですな。


 用事は済みましたし、あわてず騒がず正面からおいとまします。


 タッパくんの情報とおり難なく出れて、商業ギルドにつきました。


「これの手続きをお願いします」


「えっ、これ本物?」


「はいな、本物の書類ですよ」


 ハンコまでとは言いません。さすがに嘘は顔にですもの。


 職員さんは信じられないようですね。

 始めに話を聞いたときには、絶対に無理だから諦めなさいと諭されましたからね。


「私だけじゃないですよ。他の人たちのも認可がおりましたから、忙しくなりますよ」


「はっはっはー、それこそあり得ない……そうだよな?」


「話せばながいですが、運が味方してくれたからね」


「そりゃ凄いね。まあ、あんたの名前は覚えておくよ」


 まだ半信半疑のようですが、あとになれば分かること。

 話はここまでにして、荷物をうけとります。

 このあと町の変わり様をみれないのは残念ですな。


 そしてすぐ、預けてあった馬車にのって出発です。

 入るときは厳重でしたが、他の町と同様に出るのは自由だから楽チンですよ。


 まだ手配はされていないでしょうが、万が一がありますからね。

 衛兵さんと顔を会わさないのは良いことです。


「でも僕、外に出るまでは安心できないよう」


「そうね、目立たないよう大人しくするのが無難よね」


「2人とも大丈夫ですよ。さあ、我が家へ帰りましょう」


 目まぐるしい町でしたが、やり残した事はありません。

 クエストは成功しましたし、お土産も買いました。


 坊っちゃんの本拠地ですし、二度と来ることはないでしょう。

 初日にお世話になった露店などが見え、車内から別れを告げます。アディオス坊っちゃん、ありがとうガッデムの町。


 本当はもっとゆっくりとしたかったですよ。

 お店だって見ていない方が多いですもの。


 ほら、あそこの店も、こっちの店も。……んん!


「あ、あ、あーーー、馬車を止めてください。さっきの店を見たいです!」


「師匠、もう門をくぐりました。今からだと入街の手続きがいります。それはちょっとヤバいですよ」


「あああ、待って、待って。あそこに〝空飛ぶ絨毯〞が売られていたんですよーーー」


「「へっ?」」


 門のすぐ脇にあった古びた雑貨屋です。

 そのショーウィンドウに飾られていて、セールの文字が見えました。


「だーかーら、空飛ぶ絨毯ですよ。ファンタジーの代表格にして、最高の乗り物。それがたった金貨1000枚で売られていたんですよ、これは買わずにはいられません!」


「いやいや、捕まりますよ。それに第一そんな大金を持っていないでしょ?」


「いや、なんとかなる。何とかさせます。後生ですから戻ってください!!!」


「やばい、タッパくん手伝って!」


 踏ん張るも2人に押さえつけられ止められました。


 地力でなら負けはしないのですが、2人は局部を押しつけてきます。

 こうなるとお手上げ、卑怯です。

 腰が引けて、無理には通れないですよ。


 ドンドンと馬車はすすみ、気づけば街ははるか後方へ。


 嗚呼、二度と来ることのできない町への未練。残した物は大きかった。

 ガッデムフレイム、その名に反しない町。悔しさだけが残りましたよ、グフッ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る