第38話 回復薬は要りますか?

 ヴァルハラの町にある錬金術師さんのおうちです。

 一刻もはやく渡したくて、直接ここまで来てしまいました。


「こんなにも早くとは有り難いです。これで患者さんは救われますよ」


 作られるのは石血病せっけつびょうのお薬です。

 この病気は血が石のように固まり、あらゆる関節で激痛が走り、最後は死ぬそうです。


 まぁ、痛風の鬼くそ版ですな。


 予想外の訪問でむこうの準備はまだでした。

 お弟子さんを右往左往させてしまい、なんかスミマセン。


「いえいえ、先に報酬をお渡ししますね。金貨10枚、お受け取りください」


 破格の報酬です。

 それだけ切羽つまっていたって事ですよ。


 これでみなさん受けないなんて、帰ったら対策を立てなくちゃイケませんね。


 あと折角せっかくなので、交渉をしたいと切り出しました。


「これなのですが、こちらでの買い取りはされていますか?」


 それはあの牛鬼からドロップされた鬼の涙です。


 町の商店で売っても良いのですが、錬金術用の素材ですからね。

 買い取りをされなくても、用途が分かれば儲けものです。

 どこかにつてを探せばいいですものね。


 ただC級のドロップアイテムですし、値段は期待していませんよ。おこづかい程度に稼げるのならおんです。


「な、な、な、な、な、な、な!」


 ありゃ、錬金術師さんが半目になって呆れています。

 これは買い取りウンヌンのレベルではなさそうですぞ。

 聞いた事もない素材ですからね、要らないと言われても仕方ありません。


 ダメだと言われる前に片付けますか。


「なみだーーーーーーーーーー!」


 指がくい込むほどに握られました。

 痛くはないですが、その気迫にビビります。


「ス、スミマセン、変な物を持ち込んで。すぐに仕舞いますので」


「いえ、滅相もない。是非とも、あう、お、お願いします。その秘宝、この私に売ってくださいませ!」


「へっ?」


「何十年ぶりでしょうか。これが市場に出回るなんて。いまは下位互換の超聖水しかないですから、錬金術界が騒がしくなりますよ」


「な、なんの冗談を、はは、はは、はは」


「し、知らないのですか? これは世界樹と同じく清らかな素材でして、あのエリクサーにも使われる高級品ですよ」


「エ、エリクサー!」


「市場から絶えて久しいですし、当時の価値は金貨40枚。いや、今ならその倍の80枚になりますよ」


「きんかーーーーー!」


 なんでも通常の入手方法は、あの牛鬼を感動させ泣かせて、その濁りのない涙を優しくすくいとる。

 で、最後は笑って別れをつげ、そうやって手に入れるアイテムだそうです。


 鬼の涙が清らかなのも眉唾物まゆつばものですがね。

 でもそんなに難易度が高いアイテムとは、打出の小槌さまさまですよ。


 そこから作れる物はエリクサーの他に、各種高位の薬や、聖剣などに使われる聖付与効果の定着液、それに国家規模の結界装置と多岐にわたるそうです。


「これだけでもさっきの薬の上位の物が作れます。劇的に症状は緩和されますよ」


 他に作り手がいないので、その薬が患者にとって救いになるそうです。

 あんな恐ろしい姿の牛鬼が、そんな役に立つとは不思議ですな。


「それでしたら、買い取り金額は半分で良いですよ」


「えっ、40枚で?」


「いえいえ、その半分ですから20枚ですよ。そのぶん出来上がった薬を安くしてあげて下さいな。楽になるのに、手が届かないのでは患者さんが可哀想ですものね」


「ト、トクマロ・オオイズミ。うわさ通りに器が大きい。……感服いたしました」


 なんだか感動してくれていますが、金貨20枚でも充分ですよ。

 苦労があるとはいえ、元々はタダで手に入れた物です。


 それに物が安いのはみんな助かりますよ。

 かく言う私も、物価の高さに泣かされましたからね。

 他人事じゃあないですもの。


「ちなみに、複数個の買い取りってイケます?」


「ええええええ、ふ、二つですか。いや、もしかして三つって事はないですよね? もしそうなら、いろんな夢が叶います!」


「言いにくいのですが……51個です」


「ぎぃーーやーーーーーーーーーー!」


 錬金術師さんが倒れてしまいました。

 お弟子さんは大慌て。


 このあと錬金術師さんは、薬の精製をする予定でしたよね。なんか邪魔してしまい、ごめんなさい。


 私も焦ってしまい、気付け薬にとバオバブの実を絞って飲ませました。

 額の切れた血管も元どおり。

 すごくさわやかな笑顔です。


「わ、私は倒れたのですか?」


「スミマセン、ショックが強すぎましたね。これを飲んでもらいましたし、もう心配はないかと」


「はははっ、トクマロさんと違い私は器が小さいですな。何から何までありがとうございます」


 意識を取り戻しましたが、まだフワフワしている様子です。

 ですが、覚悟を決めたと頭を下げてきました。


「トクマロさん、私ジョニー・オオクが責任をもって、他の錬金術師に行き渡るよう致します。ですのでその全てを譲ってください」


「はいな、こちらも願ったり叶ったりです」


 かたい握手をかわします。

 合計で金貨1020枚の大商談ですな。

 大金ですし、揃ってからの交換となりました。


 振り返ると不思議な縁です。


 はじめはクエストを受けない人の代わりに、あの地に行きました。

 そこで一番会いたくない人との再会をし、その人のおかげで、より上位の薬を手に入れられたのです。


 もっとスマートな方法があったかもしれませんが、私らしい道のりです。


「ところで飲ませてもらった物ですが、なんとも良い香りがしますね」


 そしてこのジョニーさんとも知り合えました。良い人っぽいですし、これもまた良い縁ですな。


「はいな、偶然手に入れた果物で、疲労回復や心のキズにもきく優れものです。道中もすごくお世話になりました」


「ほほう、それは珍しいモノを。……ちなみに何という果物ですか?」


「バオバブの実です。果汁もいいですが、食感がまた最高ですよ。……あれ、どうしました?」


 説明している間、ジョニーさんの顔色がみるみる内に変わっていきます。

 赤から白へ、そして黄色?になっています。なんかヤバいですよね。


「ぎぃーーやーーーーーーーー、やーーーーー、やーの、やーの、やーやーやー!」


 ふざけている?


 かと思いきや突如ハグをされました。

 グハッ、私の大嫌いなおっさんのハグですよ。

 ヒョロイおっさんなのに、なぜだか力強いとは。


 いつもなら振りほどくなど造作もないのに、この人はただ者ではないですぞ。


「は、離して、ちょっとマジでさ! うっぷっ、臭っ!」


「いいえ、離しません。これこそ私が探し求めていたアイテムです。これがあれば鬼の涙と合わせて、エリクサーが作れるのですよ!」


「だーかーらー、離してって。えっ、エリクサー?」


「はい、あらゆる患者さんが治ります。この200年なかった幻のアイテムで、文献でしか知りませんでした」


 に、200年って途方もない。

 知識が豊富な錬金術師でさえ、すぐに気づかないはずですよ。


 というかあのダンジョンは何ですか?


 お城の下にありますし、内部の構造だけでなく、モンスターも樹木さえも規格外。


 おおやけにしたら、混乱が起こりますな。

 特にあの坊っちゃんだと、想像の枠をこえてきそうです。

 やはり黙っておくのが得策ですな。


「ト、ト、ト、トクマロ様。こ、このアイテムも譲ってはいただけませんか? お代は、き、金貨2000枚。有り金の全部をお渡ししますので、どーか、どーかお願いいたします」


 錬金術師なら、一度は作りたい究極の回復アイテム、エリクサー。

 そのチャンスが目の前にあるなら、全てを投げ出すって本当でしたね。


 先程の覚悟を聞きましたし、この人の本性は見極めましたよ。

 私も真摯に答えなくてはいけませんな。


「いいえ、ダメですな。そんな条件ではに譲れません!」


「ありがとうござ……えっ、ダ、ダメなんですか?」


「はいな、ダメですとも。金貨2000枚だなんてとんでもないですぞ!」


「そ、そうですよね、安すぎますよね。す、すみません、じぶん勘違いしていました……グスン」


 黄色だった顔色が紫色へとなっています。


 この人は私の言うことを聞いていなかったのですかね。

 売るのはコチラ。高飛車になるつもりはありませんがこの際です、キチンと意見は言わせてもらいます。


「有り金ぜんぶ? 金貨2000枚? トンでもないですよ。それだと最後はいくらになるのですか? 無料にしろとは言いません。ですが使う人のことを考えてください。相場が2000枚としても、それは受け入れられません。せめて半額の1000枚ですよ。それ以上はビタ一文とも高くでは売りませんよ!」


 ビシッと言ってやりました。

 言い方がキツいかもしれませんが、これも必要なことです。


 ブレない事が、商談では基本となりますからね。


「な、なんてデッカイ。トクマロ様、貴方に一生ついていきます」


 ぎぃーーやーーーーーーーーーー、またまたハグをしてきましたよ。

 なんなのですか。恩を仇で返すだなんて。


 お弟子さんもしてくるし、もーこんなの嫌ですよーーーーー。



◇◇◇◇◇


🌍️新作『忍者って合コンでモテるらしいよ?』(仮題名)を執筆中。


ここで第一章はおわりです。

第二章の最後まで書いてありますが、一旦締めさせて頂きます。


ここまでお読み頂きありがとうございました。

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おっさんの、ろくでもない異世界を楽しむライフ~気ままに最強無双をしていただけなのに、なぜか不労所得とハーレムがついてきた 桃色金太郎 @momoirokintaro

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