第32話 お、お代官さま?

 やっと代官の部屋の前へと辿りつきました。


 城のずいぶんと奥にあり、扉は重厚な造りです。

 いかにも大物が中にいそうですね。


「お兄ちゃん、ぼく緊張してきたよぅ」


「私もだわ。偉い人に会うのは初めてだもん」


 2人の年なら相応の感想です。

 相手が大人というだけで、大きな溝はありますからね。

 ここに来ただけでも大したものですよ。


 2人を落ち着かせるために、頭を撫でてあげまする。


 まずは髪の毛をワシャワシャと乱暴に。

 次に耳や襟足えりあしまむのですよ。


「あんっ」


 これが2人のお気に入りの触りかたです。

 特にカーラは耳がとても敏感なので、つい私も我を忘れます。


「おい、代官さまがお待ちだ。もたもたするな!」


「は、はい、ただいま」


 案内役の方にめっちゃ睨まれ、早く入れとかされます。

 中途半端になり、2人には申し訳ないですな。後でまたしてあげますからね。


 気持ちをきりかえ、平身低頭と笑顔を忘れません。


 中に入ると執務室のようで、大きな机しかありませんでした。

 だいぶスペースをもて余している配置ですな。


 書類にうもれ代官が座っていますが、挨拶が済んでいないのでまだ頭を上げれません。


「この度は面会の機会をいただき、誠にありがとうございます。代官さまにいたっては……」


「なーーにが、誠にだ! 適当なことを言うな、その舌を引っこ抜くぞ!」


 いきなりの叱咤しったとは!

 何かヘマをしてしまったのでしょうか。

 これはいけませんね。


 この良くないスタートを挽回すべく、手土産を渡そうと顔をあげました。

 するとそこには私の知った人がいたのです。


「あ、あなたはボッチャン・フレイムじゃないですか?」


「様をつけろ、コノヤローーーー!」


 ヴァルハラで散々からんできた貴族さんですよ。ですが事情が飲み込めません。


 だって私が会いにきたのは、この領地の代官ですよ。

 決して貴族のヘッポコ子息じゃありません。

 それにこの人はまだあの街で、昇格クエストに苦しんでいるはずです。


「坊っちゃん、それって大事な書類でしょ。部外者が勝手に触ったら怒られますよ?」


 机の上に書類が山積みにされています。

 それを何を思ったのか、この坊っちゃんはハンコを押していたのです。


 イタズラするにもほどがありますぞ。

 だって中身を見ずにテキトーにですよ。見つかったら、絶対に説教をくらっちゃうパターンですよ。


「バカか、これは俺の仕事だ。そしてここはフレイム家の拠点だぞ。そして優秀な俺がこの地位におるのは必然だ」


「えっ、仕事? それにここってフレイム伯爵領なので?」


「当たり前だ!」


 し、知らなかったですね。てっきり遊んでいるのとばかり思っていました。

 いや、初めての旅なので浮かれていたのが本当ですね。

 事前の情報収集が大切と、改めて実感させられました。


 でも考えてみれば、目的地の名前はガッデム

 普通なら気がついてもいいのに。あーーー、私はなんて抜けているのでしょう。


 ですがここで引く訳にはいきません。人の命がかかっていますもの。必ず盛り返してみせますよ。


 さあ、お仕事モードに切り換えです。


「お代官さま、こちらはつまらない物ですがお納めくださいませ」


 下卑げびた笑いと手もみはお約束です。

 手土産を差し出し、平身低頭をくずしません。

 それが良かったのか、坊っちゃんのトーンが少し落ち着きました。


「ふん、荷止めの件で来たらしいな。クエストか?」


「はい、錬金術の材料でして、それが無ければ人が死にます」


 くわしく説明していくと、坊っちゃんは段々と口を歪ませいき、最後には大笑いをしてきました。


「だろうなー。それが目的でやったのだ。テイラー家とあの町と、そしてお前への復讐だ。うまくいったわ、ざまあみろ!」


 この人はマジですか、めっちゃ私的な嫌がらせですよ。

 ひとつ間違えば戦争になってもおかしくないのに、楽しそうに笑っています。


「だがな、俺だって鬼じゃない。お前が必死に頼むなら、考えてやってもいいぞ?」


「ほ、本当ですか?」


「ああ、おれは心が広いからな。まずはいつくばって懇願しろ。それが出来なきゃ、この話はナシだ」


「ふ、ふたりの前で?」


「師匠やめてください。そこまでする必要ないですよ」


「はっはー、お仲間は優しいな。だがな、この印鑑がなければ荷物は動かない。これを押すも押さないのも、俺の気持ちひとつだよ」


 坊っちゃんは、私が頭を床にこすりつけた無様な姿を見たいのですな。

 この状況に坊っちゃんは勝ち誇っていますね。

 場所はここだと、お茶までこぼしてきましたよ。


 屈辱的だとカーラたちは殺気立ちます。


 でも私がすべきはひとつだけですよ。


「たいへん申し訳ございませんでしたーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


「ヒィーーーーッ!」


「ボッチャン・フレイム様。どうか、どうか、この哀れな小者にお慈悲を与えてくださいませーーー」


 大きく飛んでからの土下座です。

 このオーバーアクションに、皆さん呆気にとられていますな。


 ですが謝罪の極意は早さと声の大きさ、そして哀れみを誘うことなのです。


 その点、わたくしは会社で極めましたからね。

 そんじょそこらの生半可な土下座じゃありません。


 その証拠に、ホラ。


「や、やった。ついに生意気なオオイズミを謝らせたぞ。はは、はは、はは、あはははははははははははははは!」


 ご満悦ですな。あとは一気にいくだけです。


 えっ、悔しくはないのかですって?


 全然ですね。頭を下げずに人を死なす方がもっと嫌ですよ。

 額を地面に擦り付けようが、それを足で踏みつけられようが構いません。


「あはははは、どうだ、この、この、このー。俺の偉大さが分かったか!」


 ガスガスとチカラ加減に関しては、容赦を全くしてきませんな。


「は、はい、ボッチャン様の……大きさをの当たりにして、いかに自分が矮小なのかを実感いたしました。ウグッ、恥ずかしいかぎりです」


「そうだろ、そうだろ。お前は虫だ、ゴミだ、くそカビだ」


「はい、そんなゴミ虫にお慈悲を。どうか、荷止めを解いてくださいませーーーーーー」


「ふははは、どうするかなぁ。ふむ……ゴミ虫だと認める割には、まだ反省しておらんな」


「えっ、ど、どこがでしょう。気づきもしないごみ虫に、是非ともお教えくださいな」


「ふん、その兎人族と猫人族よ。そのペットを俺に渡せ。前から気になっていたんだよ。獣のくせして肉づきが良くて、いじめ甲斐がありそうだよな。ぐふふふっ、今から夜が楽しみだ」


 坊っちゃんは2人に覆い被さり、ヨダレを垂らしています。

 小さな悲鳴さえも聞き逃さず、血走る目で舐めまわすように見ています。


 2人は身動きひとつ出来ません。


「さあ、オオイズミ。お前自らの手で差し出せ。それで全てを許してやろう」


「し、師匠、イヤです」


「お兄ちゃん、助けて!」


「がははは、ペットは黙っていろ。さあ、底辺の生き物よ。俺に献上して、少しは役に立つのを証明してみせろ。でなければ荷物は動かん。クエストは失敗だ!」


「ひ、卑怯よ!」


「でもカーラちゃん。お兄ちゃんが決めたなら、僕はそれに従うよ」


「ダメよ、師匠を信じて。こんな貴族に負けないわ」


「獣人よ、それで良い。諦めと足掻きの両車輪がそろうからこそ、この世の中に享楽が走るのだ。さあ、俺のピストンを動かしてみろーーーーーーーー!」


 カ、カオスです。


 泣きじゃくるタッパくんと、守ろうとするカーラ。

 それを喜ぶ坊っちゃんの狂喜が入り交じります。


「さあ、やれ、やるのだオオイズミ。俺を満足させてみろ」


「やめてください、師匠」

「お兄ちゃんを汚さないで」


「ふははは、汚れるのはお前たちだ。存分に楽しんでやるからな。その地獄に落とすのは、お前らが信じた男だ!」


「んな訳ないでしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


「ぎゃああああああぁぁあッ!!」


 バチコン一発、かましてやりました。

 越えてはいけない一線を、坊っちゃんは越えてしまったのです。

 これは教育が必要ですな。

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