第26話 支部長を撃退します

 次の日からも、チャーチルさんの働きは素晴らしいものでした。


 買い取り業務はもちろんのこと、帳簿や税金のことまでも完ぺきにこなしています。


「マスター、今日の利益は銀貨にして415枚だ。確認してもらえるか?」


 むはっ、総額なら2200枚に迫りますな。

 あの忙しさなら納得ですが、手数料だけでえげつない金額です。


 ですがそれよりも、呼び名が変で落ち着きません。


「あのー、そのマスターって何ですか? むずがゆいからやめて下さいな」


「いいや、ケジメだよ。それにこんな大きな売り上げをしているトップを、気安くなんてできないだろ」


「きもっ!」


 だらしないチャーチルさんが、パリッとしたシャツをきて、髭までそっているんですよ。

 まるでエリートみたいで、初めて見る姿に困惑しています。


 も、もしかしたら別人かもしれません。


「と言ってもよ、時間外は別な。いつものようにマロって呼ぶからよ」


 良かったぁ、本物です。私の知っている、言葉に遠慮のない酔いどれチャーチルさんですよ。


 でも、さん付けまでぱらってきましたか。

 でもまぁ、そっちの方がしっくり来るのでいいですね。


 それにしても受付などはスムーズになりましたが、私の方がいけません。


 なにせ打出の小槌はスキルなので、物は一つです。

 手分けができず、私ひとりでは換金するスピードに限界があるのです。

 どうしても前後とのバランスが悪いのですよ。


「マスター、42番目のを置きますぜ。それと、待ち時間がそろそろ50分だ、急いでくれ」


「師匠、置くスペースが足りないです、どうしましょう?」


「お兄ちゃん、今度は銅貨が足りないよ。スライムを先にお願い。あれっ、数があわないや」


 前後の行程からのプレッシャーがキツイです。ぜんぜん追いつきません。


 このままでは限界をこえて、気持ちが決壊しそうです。


 狩りにいきたい。

 遊びたい。

 のんびりしたい。

 世界中のもふもふを堪能したいーーーーーーーーーーーー!


 ですが仕事を放り出してなど、周りが許してくれません。

 このジレンマで、ぐるぐる思考におちいるのです。


 みんな待ってはくれないので、自分なりの防御を駆使します。わずかな希望を胸に耐えるのです。


 その光とはスキルの成長です。経験値がもうすぐで、満タンになりそうなのです。


 まあ、なんだかんだいってコレが私の原動力ですな。


 次は何がくるのかと想像してニヤケます。


 例えば料理とかが、出てきてくれたらうれしいですね。

 ひさしく食べていない日本食。天ぷらに茶わん蒸しにネギ味噌焼き……ごくり。

 しくじりました、渇いた心には毒でしたね。


 その夢を叶える為にも、数をこなさないといけません。


 そんな忙しい毎日ですが、突如とつじょまねかざる客がやってきたのです。


 気を抜いていた私が悪いのですが、目の前に来るまで気づきませんでした。


「ゴラァ、トクマロ。ワシのギルドをめちゃくちゃにするつもりか。今度という今度は許さんぞ!」


「げっ、支部長。嫌なものを見ちゃいましたよ。目を洗ってこなくては」


「待たんかーーーー!」


 不覚です、あのシルエットに気づかないとは。

 町中とはいえ、サーチスキルを切っていた自分を叱ってやりたいです。


 それとこの人は、逃げているのに呼び止めてきます。


 空気を読んで欲しいのですが、放っておくと皆の迷惑になってしまいます。

 仕方ありません、終わらすために対応しますか。


「えっと、何のご用でした?」


「きさま、モンスターを買い取りしているそうだな。ウチへの営業妨害だぞ。即中止をしろ」


「えええ、そっちも買い取りを始めたのですか?」


「そんな訳あるか! 何にも使えないゴミくずを集めおって、おかげでこちらに人が来んのだ」


 そういう事とはガッカリです。

 同業者ができたのではないのですね。


 分散すれば、忙しさから解放されると思ったのに、ぬか喜びさせるにも程があります。


 でも1つ引っかかる事があります。


「んんん。支部長、人が来ないって、それは何ですか?」


「言葉通りだ。こいつらは狩りにかまけてクエストを受注せんのだ。その原因はトクマロ、お前だよ」


 そんな事になっているとは知りませんでした。

 これは放っておけないです。何とか解決しなければいけません。


 そうなると、根本を正すのが早いですな。


「それでしたら、待遇改善をお勧めします」


「た、待遇?」


「ええ、皆がこっちに来たのは、ギルドでの報酬の低さが原因です。せめて倍になりませんか? そうしたら、みなさんクエストをやりたがりますよ」


 なんてナイスな提案でしょう。

 三方良さんぽうよしとはこの事です。


 これなら支部長だって納得するはず。皆が喜び、自分の名声が高まりますよ。


 明るい未来を想像すると、自然と笑みがこぼれ、右手をすっと差し出しました。

 この握手が始まりの一歩です。


「ふざけんじゃねえええええええええええええええええ!」


「い、痛っ。何をするんですか?」


 グーで手を払いのけてきました。

 手よりも心の方が痛いです。


「ば、倍の報酬だと、このたわけ者! いまの半分でもいい位なのに、なに寝言をいっておる」


 支部長はこの話を、お気に召さなかったようです。

 逆に値下げようなんて、正気の沙汰とは思えません。


「いいか、こいつらはバカだ、ゴミクズだ。稼いだら調子にのるだけで、後先を考えないクソ野郎なんだよ。それをワシが上手く使ってやらねば、社会の役にたたないのだ。感謝としてワシに仕えるのは当たり前だ!」


「ひどい、おれら奴隷じゃねえぜ」

「そうだ、そうだ。改善しろよ」


 これに周りはショックと怒りでみたされています。

 だってクズ呼ばわりされて、下僕になれと宣告されたのです。


 一部の人が抗議をしますが、支部長の方が上手でした。

 脅しの言葉をふりかざし、みなさんを黙らせました。

 怒りの抗議は尻すぼみです。


「いいのか、ワシに逆らって? さんざん世話をかけやがったくせに。それと仕事や借金など、お前らは自分でできないだろ。それでも反抗するなら、ギルドカードを返せ、追放だ。ギルドの特典も失くなって、そのありがたみを思い知るがいい!」


 ギルドをたのみにしている人は沢山います。

 それを支部長はめざとく見つけ、個別に脅しているのです。


 高圧的ですが、みなさんあきらめ顔で悲壮感をただよわせています。


 というかこの人、他人の家に押しかけてきて、何を勝手に吠えているのでしょう。

 全くもって迷惑ですし、こらしめてやりますか。


「ちょっとお待ちを、執行猶予つきの支部長さん」


「な、な、な、失礼な!」


「だって私への罪で、次はないぞって伯爵さまに言われていますよね?」


「うっ、忘れていたのに」


 バツが悪そうな支部長ですが、きちんと思い出してもらいましょう。

 罰金と説教だけで済んだのは、ひとえに伯爵のお目こぼしです。


 それを本人は自分の徳の高さだと勘違いをし、周囲に自慢しているそうです。


 それ自体は罪ではないですが、当然ながら伯爵の耳にも入っています。

 衛兵さんはカンカンで、何かあったら容赦をしないと聞きました。


 自分を信じすぎる人ですから、私が優しく教えてあげますか。


「私のは別にして、いきなり追放はヤバいですぞ。契約上も無理ですね」


「け、けーやく?」


 ギルド入会時に説明される規約ですが、この人は覚えてないみたいですね。


 大まかに言うと、メンバーならギルドへ貢献の義務があります。

 でもね、それと同時に保護もされています。


 何の理由もなしに気分だけで追放は出来ません。支部長はそれが分かっていないようですよ。


「だ、だがワシは支部長だぞ。偉いのだ、皆を従える立場なのだ!」


「いいえ、それでもそんな権限はありません。ただの独りよがりの横暴ですね」


「ち、ちがう、ワシは……」


「それにこれだけの大量の人を辞めさせたなら、あなた自身の資質を疑われますよ。あなたのクビは確定でしょうし、下手をしたら他の支部まで崩壊しちゃいます」


「崩壊って、こいつらにそんな力が?」


 やっと事の重大さに気づきましたね。あとは一気にたたみかけますか。


「さあ選んでくださいな。ここで退くのか、それとも自滅覚悟で無理を通すのかを!」


「し、し、知るかーーーーーーーーーー、ワシはただ通りがかっただけだ。ごたごたにまきこむな!」


「おっと、逃がしませんよ」


 たじろぐ支部長の腕をムンズとつかみ、目一杯の笑顔で鼻ヅラをあてますよ。


「ヒィッ、や、や、やだ。きゃーーー、許してーーーーーー!」


 少女と聞き違うほどの悲鳴です。

 走る姿もか細くて、脇目もふらずに逃げていきました。

 よい大人の行動ではないですが、私としては楽チンです。


 もう帰ってこないようドアを閉めておきます。どうせ碌なことになりませんからね。


「ふぅ、やっと静かになりましたか。……あれ、皆さんどうかしましたか?」


 全員が私に注目しているのです。

 しかも熱っぽいのか頬を赤らめる人もチラホラ。

 カーラやタッパくんさえもなんだかおかしな雰囲気ですぞ、はて?


「「「うおおおおお、トクマローーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」」」


「ひいっ、ご、ごめんなさい!」


 空気がふるえるほどの呼び捨てですよ。

 マジであり得ません、怖すぎです。


「うわあああ、マロさん最高!」

「スッキリしたわー、ありがとう」

「かっこ良すぎよーー!」


「へっ?」


 支部長を撃退してくれたと大騒ぎになり、皆が押し寄せてきます。


 いつもなら遠慮したい状況ですが、今回はどうも毛色がちがいますよ。


 ええ、黄色い声が聞こえてくるんですよ。

 もしかしたら、ご褒美のお時間かもしれませんね。

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