第27話 地獄の日常

 いつもなら、この熱烈な称賛は回避しようとしていました。

 それというのも、寄ってくるのはオジサンばかりでして、嬉しいことなどありません。


 でもですよ、今日は違うのです。

 ギルドには女性も多数所属しております。当然この場にもいらっしゃるのです、はい。


「きゃー、マロさんありがとう!」

「あれはズルいわ、惚れちゃうよ」

「うん、渋いしこの指もセクシーだよね」


 て、天国です。

 腕にあたる柔らかい圧迫感、私を極楽へといざないます。毎日これでお願いします。


「おおおお、俺っちも感動したぜ、マロさんよーーーー!」

「ああ、男の中の男だぜ!」


 ぬおっ、左が臭い。

 ジョリジョリと音のせいで、体の芯まで冷えてきます。

 いきなり地獄が出現です。極寒地獄コキュートスを思わせるてつきです。


「きゃー、大好きーー」

 とろけそうな天国ですな、むほっ。


「アニキと呼ばせてくれー!」

 とろけた地獄がからみつきますぞ。


「きゃーー」

 天国。

「ぬおおお」

 地獄。


 天国地獄天国地獄天国地獄天国地獄天国地獄天国地獄天国地獄天国地獄、あーーーーーーーー!


「ちょっとみなさん、師匠が何か言いたげです。すこしだけお静かに」


 カーラの一声で、天国地獄のさぶりが収まりました。

 あのまま続けていたら、きっと廃人になっていた事かと。


 カーラ、グッドジョブですぞ。


 私としてはまだフラフラしておりますが、先ほど考えていた事を話してみたいと思います。


「ふぅ、と言うことで1つ新しいルールを作りますね」


「おう、何でも言ってくれ。俺らマロさんに従うぜ」

「うんうん、私たちのリーダーだもんね」


 誰もが目を輝かせ、次の言葉を待っています。

 それではお言葉に甘えて。


「それではみなさん、明日からギルドへ行ってください」


「えっ」


「そしてその日クエストをこなした人のみ、ここで買い取りをいたします」


「ええええ、どういうこと?」

「ウソだろ、もしやマロさんはギルドの手先?」

「そんなのやつらの利益にしかならねえじゃねえかよ!」


 怒りだす者、呆れる者、中には腕にすがってくる人もいます。て、天国。


 はぅ~……だ、だめです。


 危うく夢の世界に、ディープダイブをするところでした。

 今は説明が必要なときです。呆けてなんていられません。


「手先ではないですよ。それによく考えてください。いまこの街で一番困っているのは誰なのかを。私たちやギルドではありません。助けをもとめて来る依頼主が困っているのですよ」


「あっ!」


 いまので何人かは気づいたようですな。


 世の中には一人で解決できない事が多いです。

 それを手助けするのが、私たち冒険者ですよね。


 運搬や護衛に採取や討伐と色々こなすから、みんなが助かるのです。

 でもそれを誰もしなかったら……恐ろしいですね。放ってはおけません。


「今までお世話になってきたのです。知らん顔はできないですよ」


「そうだよな、マロさんの言う通りだぜ」

「うん、明日と言わず今から行ってくるよ」

「ありがとう、気づかせてくれて」


 ここまで話すと、反対する人は一人もいませんでした。

 なんだかんだ言って、みなさんこの町が好きなのですよ。


 それにみなさんがクエストをすれば、その分こちらの負担も減るはずです。

 明日からは余裕ができそうですね。


 ◆◆◆◆◆


 と思っていたのですが、昨日より人が増えていました。

 昨日までこちらに来なかったギルドメンバーがいるではないですか。


「あのー、これは一体どういう事ですか?」


「聞いたぜ、マロさん。熱い演説だったらしいな」


「は、はい?」


「そうさ、『世界はひとつだ、みんな俺の仲間だぜ』ってさ。伝え聞いただけでも心が震えたよ!」


「はあ、何ですかそれは?」


 人伝ひとづたえの恐ろしいところです。

 尾ひれはひれと、言ってもない妄言を足され、完全にイキった人物になっていますよ。


 訂正しようにも、燃えている彼らを止めるなんて無理でした。


「だから俺たち決めたんだ。マロさんのこの店を盛り上げるって。そうだよな、みんな?」


「もちろん、毎日来るぜ」

「こんな良いところがあるなんて、もっと早く知りたかったわ」


「えええええええええええ!」


 考えもしなかったこの展開です。

 人減らしをかねて送り出したのに、お友達を連れて帰ってきましたよ。


 今まで来なかったギルドメンバーが加わり、来客数は2倍です。


 当然ですが持ち込まれる品も2倍になりまする。


 しかもクエスト完了を確認する作業までもが加わるのです。

 このあとの地獄絵図が用意に想像できます……ダメ、ムリです。


 今なら間に合います。ひと言出来ないと叫べばいいのです。


「ちょ、ちょっとみなさん……」


「おう、なんだいマロさん?」

「なになに、なんでも言って!」

「お言葉を聞けるとはありがたやー、ありがたやー」


「い、いえ、なんでも、ありま、せん」


 みなさんの私を信じきった瞳をみたら、撤回など言い出せませんでした。

 だって私は、押しと純情には弱いんですもの。


 こうして私の意思とはうらはらに、営業は始まってしまいました。

 慣れない手続きに3人は手間取り、私も数に押されっぱなしですよ。


 これはヤバいです。忙しすぎて途中の記憶がございません。


 かすかに覚えているのは、スキルの経験値が増えつづけ、それをボーッと見ていた事のみです。


 嗚呼、またヘタこきました。


 仕事終わりに、4人で緊急会議をひらきました。

 議題は増員についてです。限界の域をこえましたからね。


「ムリーー、人手が絶対にほしいですわ」


「ああ、最低でも二人。できたら鑑定のスキル持ちがいいな」


「銅貨がぁ、銅貨が襲ってくるよー」


 満身創痍の3人はまだ喋れるだけマシですよ。

 私なんか喉の奥がへばりつき、うまく口が動きません。


 ですがこの決断を伝えなくてはなりません。

 ポーションをあおり回復をします。


「じゅ、10人、ひとを雇いましょう」


「マスター、良いのかよ。それなりに経費がかかるぜ?」


「ええ、もちろんです。それと給金は一般平均の倍といきます。それだと、すぐに集まるでしょう」


「おいおい、太っ腹すぎないか?」


「何を言ってるんですか。あなたにはそれ以上払っていますよ。もし、心配ならそこから差し引いて回しますが?」


「えーーーーーっと、大盤振る舞いおおいに結構じゃね? うんうん、マロは最高の雇い主だよ、はは、はは、はは」


「これで余裕ができるね、お兄ちゃん」


 とにかく明日から募集開始です。

 なんとかなる事と、小鎚の成長を期待します。


 はぁ、本当に大丈夫かしら。


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